前立腺がんになっても楽しく暮らす徒然日記 -4ページ目

前立腺がんになっても楽しく暮らす徒然日記

前立腺がんから6回入院しても楽しく暮らす男の日記です

娘です。水曜日、今日のことです。

父が入院して退院して、緩和ケアになって、まだ1か月たっていないのに、何か月もたったような心境です。いろいろなことがありすぎて、脳が飽和状態です。
入院中、何度もお見舞いにいきましたが、そのたびによくなっていって、夫と息子と一緒にお見舞いに行ったときは、1階の待合室に歩行器を使ってでしたけど、自力で動けるくらいまで回復してました。食事も半分くらいは食べることができていたので、抗がん剤のせいで弱っていたんだと思いました。抗がん剤をやめて自宅に戻れば、少しの間はのんびりゆったりした生活ができて、ちょっとしたところなら外出もできるのでは?と、皆が思っていたのです。

今日、緩和ケアのドクターも「入院先で緩和ケア移行のカンファレンスの時はもっともっと元気で、まさかこんなに急激に進むとは思ってもいませんでした」と言ってました。
癌というのは最後の1か月になったら、進行がとても速いとは知っていましたが、本当にとてつもない速さで進んでいるので、少し前の姿とは大違いで、心が追いつきません。

今日は目のあたりに黄疸が出ているのに気付きました。今日も会話はできません。意思疎通はできているようですが、問いかけに対してうなづいてくれることはありませんでした。
ただ、父の弟二人が帰るときに声をかけると「おう」とも「あう」とも聞こえる声を発してました。これは間違いなく意思疎通できている証拠だったのだと思います。

今日もトイレに行けました。もう無理なんじゃないかと思うのですが、なんとしてもトイレに行きたいようです。今日はポータブルトイレをもってきてくれたので、ベッドの横に設置して、そこで済ませました。今日は2回行けました。昨日より量は多いように思います。
本当は3回目をチャレンジして、ずいぶんと頑張ったのですが、どうしても立ちあがることができず、「ちょっと無理だ」と言って倒れこんでしまいました。自力でトイレにいくことは、父の尊厳のようです。そんなに頑張らなくてもいいのにと思うのは、本人じゃないからなのでしょう。

気になることは、夜になってから、いままでと違う呼吸がでてきたことです。なんと表現すればいいのでしょうか?管の中を空気が通っているような、耳鼻咽喉科で吸入するときの音が一番近いような気がします。また、口をぽかんとあけて寝ているのですが、舌が落ち込んでるように思えてなりません。明日、看護師さんやドクターに聞いてみようと思います。

今日から、24時間の皮下注射をつけることになりました。中身はモルヒネと吐き気止めです。苦しそうな時は家族がボタン押下で薬が追加できます。これまでは、苦痛を取り除くのに、アンペックという座薬をさしていましたが、もう不要になるそうで家族の負担が減ります。
でも、日々、新しい薬が追加されます。次はまだあるのか?もうこれが最後なのか?聞きたいけど、怖くて聞けませんでした。

この皮下注射のおかげなのか、病状が進んでいるせいなのか、父はこれまでより穏やかです。時々うーん、うーんと呻いていますけど、昨日よりはずっと苦しくないように見えます。顔をしかめることも余りありません。

相変わらず、病衣やタオルケットを嫌がります。少し寒いのでは?と思うのですが、猛烈に嫌みたいではぎとってしまいます。調べてみたら、これも、せん妄の一種みたいです。しっかりとした優しい父が消えてしまい寂しいです。
でも、時々、しっかりした顔をして、私の顔をじーっと見ます。何も言わないのですが、辛くて言えないだけなのだと思います。私が「ずっとついてるよ、お父さん大好きだからね」とか、いつもなら照れて言わないことをいうと、じーっと涙をためてみるんです。なにか言ってほしいけど、言わなくてもわかることですよね。

それにしても、直前まで食べることができて、ちゃんと話すこともできる人もいるようですけど、全然違うものなんですね。個人差といえば、それまでですが、残念です。

今晩は母に変わって、私が父の傍らで寝ます。病院より自宅で過ごしたいのは皆同じ思いだと思うのですが、看病する家族が数人いないと無理だなと思います。母はこれまでよく一人で頑張ったものだなと思います。今晩はとても父が穏やかなので、私はこうしてブログを書くことができます。
この穏やか時がもう少し続いて、できれば、ぱっと目が覚めて、普通にいつものように私の名前を呼んでほしいです。全身の癌細胞がぱっと消滅してくれないかな。無理な話だけど、父にはずっと元気で生きていてほしい。
明日は一言でも、会話できますように!