前立腺がんになっても楽しく暮らす徒然日記 -3ページ目

前立腺がんになっても楽しく暮らす徒然日記

前立腺がんから6回入院しても楽しく暮らす男の日記です

娘です。木曜日のことです。

今日も父はほぼ静かに過ごしています。寝がえりをうったり、時々、うーといいますが、ほとんど静かに寝息をたてて寝ています。今日も残念ですが、会話はできませんでした。
朝、私がいろいろと話しかけてみたら、かすかに頷きました!すごく嬉しくなって母を呼んだけど、母が駆け付けた時、父の意識はあっち側にいってしまっていて、こちら側には帰ってきませんでした。

呼吸が変わったことを、朝きてくれる訪問介護の看護師さんに話したら、やはり、お別れが近づいてきていることの前兆だそうで、会わせてあげたい人がいたら会わせてあげたほうがいいと言われました。ただ、その時期がいつなのかは神様のみがご存知で、いつとは言えないそうです。だけど、父は強靭な精神の持ち主なので、もう少し頑張ってくれると思います。

弟が大事な仕事で出張でして、木曜から日曜までいないのです。そのことを父は知ってます。まだ会話ができたころ、「今日は何曜日だ?今日は何曜日だ?」と尋ねてきました。それから、唐突にいきなり「後何日だ?」と聞いてきたこともあり、息子の到着を待っているんです。父は仕事にまじめな人でした。仕事をすることの大変さをわかっているので、弟が仕事をがんばってから駆け付けてこれるように、その日まで持ちこたえようと頑張ってくれているのだと思います。
どうか、このブログを読んでくれている皆さん、父がどうにか日曜まで持ちこたえることができるように祈ってあげてください。人の思いというのは、時として奇跡をおこすものだと思います。

昨日、これからのことを考えて、看護師さんが着替えの時におむつを掃かせてくれました。父はすんなりと履いてくれました。そして、今日はトイレに行くことはなく、おむつでしていました。もうトイレに行くことはあきらめたようです。意識がちゃんとある間はトイレに行けました!すごい根性です。支えはしましたが、本人が立ち上がってくれないと、とてもじゃないけど、トイレさせることなんてできません。父がトイレでできていたのは、すべて父の力です。直前までトイレでしたいって口癖のようにいっていた父でした。我が父ながら尊敬します。

朝の血圧は108で、いつもは130弱だったので、ずいぶんと下がったものだなと心配になりました。ですが、夕方のドクターの診察では118で、体温も今朝は冷たくて心配だったのですが、昼以降は普通に暖かかったです。まだいけそうです!
布団を払いのける力は減ってきましたが、まだ、やっぱり嫌なようで払いのけます。

夜、弟の一家と、私の夫と息子がやってきました。そして、父の側にたって、口々にみなが自分の名前を言いました。そうしたら、眠っていた父の体がブルっと震えて、目がぱっと開いたのです!まだ父は意識を失ってはいないようです。大好きな孫達の声を聞いて、大喜びだったのでしょう。子供が大好きな父です。なによりも嬉しかったに違いありません。

今日は、午前中に親戚のおばさんが来てくれました。いつもいつも気にかけてくれるおばさんです。血縁関係は遠いのですが、つながりは強くて、何かと気にかけてくれます。こういう時に、優しさにふれると胸がぎゅっとします。また明日も来てくれるそうです。

こうやってブログを書いている間も、父は静かに寝ています。うーんうーんと唸って苦しそうな時も心配でしたが、静かなら静かでまた心配です。
呼吸は、ふーっと吸って、そのあと、うーーーーーーーーっと長く息を吐きます。これまでと違ってきています。癌は肺にも転移していて、その転移の数がかなりたくさんで、個々は小さいのだけど、数が多いので、それらがそれぞれで大きくなってしまっていると思われ、それで苦しくなっているそうです。

父は71歳です。まだ死ぬには早いと思います。もっともっと元気で長生きしてほしい。でも、何歳なら十分なのか?と思うと、程よい年齢なんてないですよね。
親の死というのは、親からの最後の教えだと、なにかの本で読みました。生きること、死ぬこと、命について、さまざまなことを学ぶことができる。親は自らの命でもって子供に教えるのだと。その言葉の意味をかみしめています。実際、本当にいっぱい考えました。今も考えています。