ポップ・ミュージックのトリコ -38ページ目

ポップ・ミュージックのトリコ

流行音楽を聴きながら、人生を音楽で豊かにしたいと願う、私的でミーハーなブログです。

監督
ポン・ジュノ

ジャンル
アドベンチャー/冒険 SF

出演
ロバート・パティンソン  as  ミッキー
スティーヴン・ユァン
キャメロン・ブリットン
ホリデイ・グレインジャー
 
鑑賞方法
映画館 IMAX

 

なんだか事前情報で評判があまりよろしくない感じだったので心配だったのですが、やはり映画館はそれほどお客さんがいない感じでした。

ただ、それだけにゆったり観れましたね。

前週に観た『教皇選挙』は久しぶりに両隣の人が気になって肘かけ使えなかったので、しっかり今週は肘かけ使いました。

 

結論から言えば聴いていたほどジブリの意匠も強くは感じず、強いB級テイストを感じさせる娯楽大作でした。

なんだかノリはジェームズ・ガンの作品のようなバカバカしいコメディ色のが強い作品でポン・ジュノが思うように作ろうとしたら偉いさんからアメリカ人の観客はもっとアホやからわかりやすくしないと理解できないよ、とアドバイスを受けたような仕上がり。

きちんとポン・ジュノらしい階級社会の風刺のテイストが根底にはありますが、その入門編にあたるようなマイルドさでした。

 

いくらカンヌでの実績はあるとはいえ、ハリウッドの世界では1年生の彼だけに、初心に帰って映画作りをしたのでしょう。

ターゲットも若者向けに絞ったところからも、そのチャレンジ精神は伝わってきます。

ダークでシュールなテイストのジュブナイル作品、というのが狙った路線なのだと思います。

 

それだけにカンヌで受けそうな映画マニアも納得の世界観でうならせてきたポン・ジュノの作品群とは違うテイストです。

 

世界一おいしい柿ピーを作ったお菓子メーカーがモンドグランプリを受賞して、その流れで米国資本と組んでトリュフ入りの甘い柿ピーを作ってみた感じ。

”トリュフ”として参加したロバート・パティンソンはとてもいい仕事をしましたが、甘い柿ピーというチャレンジが少なくともリリース時にはあまり受け入れられなかった、という感じでしょう。

 

世間的にはポン・ジュノらしくない映画、ということを言われていますが、個人的にはとても面白く観れました。

そもそもクリエイターの難しいところは変わらずにいることと変わっていくことの両輪が必要なこと。

しかも、彼のように新進気鋭としての役割を期待される場合、成功した金脈を掘り続けることはクリエイターとしての”死”を意味することさえあります。

 

ポン・ジュノの作風の根底にある格差社会の描き方は、ジブリ作品と同様、マルクス主義に基づく、資本家と労働者という二項対立が下敷きになっています。

ところがいまや労働者は仕事すらまともにない危機に直面することも多く、労働力として搾取されるのではなく、消費者として搾取されるという新しい局面を迎えています。

要は騙されてまんまとだまし取られる舞台は厳しい労働環境ではなく、どんどん物価や消費税・関税があがる厳しい消費環境になってきています。

これでこの先起こるのは、平安時代に農民たちが国から与えられた農地を捨てて、荘園領主の元に農奴として囲われていった中世の再現ということになるでしょう。

デジタル化してサブスクリプションを支払いながら、デジタル的に私的企業にかこわれて生きるデジタル中世が始まる中では、今回のミッキーのように自分からこの抜け出せない仕組みに逃げるように入り込むしかなく、むしろマシな生き方として搾取される身分を自らが選び取ってしまう世界になっています。

ポン・ジュノはその時代の変化に合わせて、自信の持つ階級社会の思想そのものをアップデートさせているので、旧態依然とした”格差社会→抵抗→民主化”という思想ではもはや解決にたどり着けない現在社会におけるものの見方をしないと、映画の価値そのものを見誤ってしまう可能性があります。

 

本作ではそういう見方をすれば、ギリギリ”各社社会→抵抗→民主化”のフロー自体は踏襲しているので監督自体の立ち位置から見れば三幕構成的にはそれほど大きなテイストの変更はしていないと考えているのでしょう。

 

ミッキー17では一応荘園領主は倒され民主化されたところまでを描いていますが、大資本家がいなくなった後、星を開拓する資本がどのように供給されるのかについて言及されません。

これは労働力が労働者の持つ唯一の資本とされる思想にあって、そういうことでは解決できない圧倒的な資金が何をするにも必要となっている現代において結局大きな権力によって抑圧的に収奪しないと前に進めないという問題には触れていないジュブナイル向け作品であることが理解できます。

 

だからこそ大きなカタルシスを得られないモノローグによって物語は閉じられるのは、そうせざるを得ない部分もあるのでしょう。

 

むしろその先の問題にはポン・ジュノはこれから取り組む作品で向き合っていくことになるはずです。

この作品はそうしたポン・ジュノの作品群のエピソード1として作られた作品なのだと思います。

監督
エドワード・ベルガー

ジャンル
ミステリー

出演
レイフ・ファインズ
スタンリー・トゥッチ
ジョン・リスゴー
イザベラ・ロッセリーニ
 
鑑賞方法
映画館 ミニシアター

 

なんだか近くの映画館で普段利用するところではやってなくて、昨年リニューアルオープンしたミニシアターに行くことに。

大手シネコンでもやっていたんだけどかかってるスクリーンが小さくてミニシアターより箱が小さかったのでそれなら・・・という感じで。

 

で、びっくりしたのが何と早めに行ったのに満席の案内。

予約しておいてよかった。久しぶりですよ満席の映画館なんて。

 

で、まるで全盛期のMCU映画のような熱気を感じながら臨んだのがオールジジイキャストとでもいうべき『教皇選挙』。

 

なぜかアルファベットの「I」の字だけ色が違う謎のオープニングクレジットで幕を開けたこの映画、冒頭はみんな爺さんで、服装も似たような僧侶の服装をしているので誰が誰か見分けつかんかも、と心配しましたがだんだん注目すべき人物が絞れてきてその人物は必ず名前を呼ばれたらアップで画面に映るので一安心。

そのうち見わけもついて無事ストーリーに没頭できるように。

何しろミステリー映画なのでそこが追えてないと楽しめないですからね。

 

世界中のほとんどすべての人が知らないバチカンの内部を映す映画だけに、海外の映画に出てくる忍者のような誇張もずいぶんありそうだということはさすがにわかりましたが、その分早々に、”これは漫画のようなフィクション寄りの話なんだと理解ができました。

ただ、人物設定はかなりリアルで、前教皇がかなりの改革派だったこと、その教皇の死によって、側近中の側近だった主人公のローレンスはすっかり信仰心が失われてしまっていることなんかが明らかになってゆきます。

次の教皇候補は前教皇とはずいぶん意見が違う保守派のテデスコ、これまた前教皇とは意見が合わないながら有力候補のトランブレ、教皇に即位すれば初の黒人教皇となるアデイエミ、そしてローレンスと同じく前教皇の側近中の側近だった主人公の盟友ベリーニ、そして前教皇が存在を伏せて秘密裏に枢機卿に任命していたといういかにもミステリー映画らしい設定で戦乱の地アフガニスタンのカブールから選挙に参加してきたベニテス。

 

彼らから一人の教皇が選ばれるまで選挙は密室状態で何度も繰り返されるというから気分はやっぱりミステリー小説を読んでいるときのような感じになります。

 

教皇を選ぶということで、もっと宗教色の強いものかもと思っていた印象自体は、映画の随所に登場する「そんなわけないやん」という描写、例えば指輪の金具を外すためだけのための仰々しい道具、亡き教皇の部屋を封印するのにつかわれるシーリングワックスとかで薄れて、『名探偵コナン』のような謎解きがメインであること自体は最初にチューニングされるので、レイフ・ファインズ扮するローレンスが候補者たちの教皇にふさわしくない一面を探り当てては徹底的に調べ上げて排除してゆく過程に没頭できます。

 

最後の最後にはアッと驚くどんでん返しもあり、最後までミステリー映画の楽しさを徹底的に味わわせてくれる作品でした。

まあ、とにかく服装が登場人物ほぼ全員が枢機卿という偉いさんばっかりなので豪華。

しかもそれを白昼堂々と描くよりは暗い部屋で陰影を強くして撮影しているので、ルネサンス期の宗教画のように重厚で美麗。

 

おじさん群像劇をこんなに荘厳な絵作りで見せてくれる映画って70年代のマフィアもの以来じゃないかな?

 

あと、おじさんばかりの中で日の丸弁当の梅干しのようにくっきりしっかりアクセントをつけてくれるのがイザベラ・ロッセリーニ。文字通り紅一点というべき配役ですが、その重責に応えるしっかりした演技でした。

 

テイストを宗教色を消したり人間の闇を深堀しないライトな感じにした分、120分という尺に収められていたのはいいのですが、個人的にはもう少しポップ寄りではなくて、丁寧に時系列を見せて叙事的な感じに仕上げても良かったんじゃないかな?と感じました。ただそれだと上映時間が150分は必要になるだろうから、最近の上映時間長すぎ問題からするとちょうどいい塩梅だったのだと思います。

 

レイフ・ファインズとはアカデミー受賞作『シンドラーのリスト』からの付き合い。

お互い年を取ったものです(笑)

 

監督
ジョン・M・チュウ

ジャンル
恋愛/ファンタジー/ミュージカル

出演
シンシア・エリヴォ  as  エルファバ
アリアナ・グランデ  as  グリンダ
ジョナサン・ベイリー  as  フィエロ
イーサン・スレイター  as  ボック
 
鑑賞方法
映画館 ドルビーシネマ
 

ちょっと遅いレビューになりますが、どうしても観ておくべき作品であると思うので当ブログでも取り上げます。

久しぶりにお客さんが多い映画館体験でした。お客さんは女性が多かったですね。

本作を観るにあたり『オズの魔法使い』を一応観直したのですが、そうしておいてよかった。

もうすっかりどんな話かうっすらとしか記憶がなかったのですが、もしその状態ならオープニング早々にいきなりテンションがマックスになることはなかったでしょう。

 

ここからはなんとも能天気で明るい希望に満ちたメロディに乗せて歌われる魔女殺害成功を讃える歌がこの映画の語り口を告げてきます。

本当にみんなが口を揃えて「死んでよかった」と喜べる人間はいるのだろうか?

そうだとしてどんな理由でそう思えたのか?

という問題を子供にもわかる方法で訴えかけてきます。

 

この作品はミュージカルなので歌が随所で歌われますが、その多くは明るい曲調なのに訴える内容は「ほんとにそうなのか?」という違和感が常に漂います。

 

湾岸戦争を通じて感じたことを『オズの魔法使い』のヴィランである”西の魔女”にウィキッドの著者は託したらしく、西側から見たサダム・フセインやウサマ・ビン・ラディンのように政治的な理由で悪として裁かれているんじゃないかと感じずにはいられません。

 

とはいえ本作の魅力のひとつはまさに”オズの世界”そのもの。

ハリー・ポッターの世界は同じ魔法使いの世界を描いているもののちょっと汚くておどろおどろしいのですが、こちらは同じ怪しさでも「チャーリーとチョコレート工場」みたいなカワイイデザイン。

本作はユニヴァーサルの作品ですが、ユニヴァーサルスタジオジャパンはできればワーナーのハリーではなくこちらのテーマパークを作ってほしい。

 

世界だけでも魅力的なのにそこでこれまた超絶歌が上手いシンシア・エリヴォとアリアナ・グランデの演技も良く、ストーリーにどんどん引き込まれるのだからそりゃ観た人は絶賛することになってしまいます。

 

本作品はパート1ということで、パート2に続くわけですが、こんなにワクワクする続編への期待は、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の2から3へとつながる展開の時以来ですね。