『リズム&ブルースの死』
かつてネルソン・ジョージという人物が80年代末期に著わした書物のタイトルです。
”死”というものの定義をどう考えるのか?
生物学的でありながら、極めて倫理的で、哲学的で、宗教的な問題ですが、たとえば「ジャズの死」、「ロックの死」と、わざとセンセーショナルな言い回しをするかのような問題提起の仕方でポップ・ミュージック界でも”死”という言葉は使われてきました。
ポップ・ミュージック界におけるひとつのジャンルの”死”とは一体どういうことを定義するのか?
たくさんの人が使ってきた表現ですが、自分としては、10年、20年先になって、その時代を振り返るときに、時代の象徴として、ノスタルジーを持って映画などに使用される曲がそのジャンルにあるのかどうか?という切り口が一番しっくりきます。
そして、この切り口で考えたとき、R&Bのジャンルで括られる音楽は死んでしまったのだと思います。
80年代末にネルソン・ジョージが書いたように、R&Bは一度死にました。
ところがそれ以降、アンダーグラウンドから急激にオーバーグラウンドにのし上がり、スポーツ産業と同様にアパレル産業に取り込まれてファッション化したヒップホップはポップ・ミュージック界の最新鋭の音楽ジャンルとして重宝され、R&Bはそのエキスを骨髄移植して生まれ変わり、90年代に奇跡的な復興を果たしました。
しかし、その後の、ポップ・ミュージック界自体の地盤沈下や、ヒップホップに取って代わるように勃興してきたEDMのセレブミュージック化によって立ち位置を次第に失っていきました。
この流れに加え、ラッパーのシンガー化と、ジャスティン・ティンバーレイク、アデルらの新進のブルー・アイド・ソウルの台頭によって、更に足場を失っていきました。
具体的にいつ?という表現は難しいにしても、最後にR&Bがメインストリームの音楽として商業的に成果を上げたのはアッシャーの『コンフェッションズ』までで、リリースから10年が過ぎた今、リアーナでさえ結局その境地にはいまだ至っていません。
そしてまた、これは同時にヒップホップ・ミュージックの死をも意味し、このジャンルでも50セントの『ザ・マッサカー』以降、メインストリームの音楽として商業的に成功したアルバムは出てきていません。
このように80年代に起こった白人・黒人音楽の壁が崩落するクロスオーヴァー現象が、00年代に再び席巻し、R&Bは2度目の壊滅的状況に陥ってしまいました。
かつてヘーゲルは
”一体に国家革命などというものは、それが繰り返して行われる時にはじめて、世人に納得されるものであることが、これを見てもわかる。この意味で、ナポレオンは二度敗北する必要があったし、ブルボン王朝も二度廃止されねばならなかった。要するに、はじめは単に偶然的、可能的なものとしか見えなかったものも、反復されることによってはじめて現実的なものとなり、確認されることになるのである。”
と言っています。
R&Bも2度死ぬことによって、命脈が尽きようとしています。
決してR&Bが消滅するわけではありません。
ブルースやジャズのようにこれからも多くの人を魅了し続けることでしょう。
R&Bシンガーが姿を消すわけではありません。
メインストリームのポップ・ミュージックの舞台で白人アーティストと区別されることなく活動してゆくことでしょう。
黒人大統領であるバラク・オバマの在任中にR&Bが終わったことを確認できたのは、何か運命的なものを感じます。
まだまだ黒人差別は残る米国ですが、少なくともポップ・ミュージックの世界のリスナーはもうそこにこだわらなくなってきたということでしょう。
ベルリンの壁をこわして実現した冷戦時代の終結のように、かつてマイケル・ジャクソンがポップ・ミュージック界に空けた風穴は、30年かけてついにその壁を破壊するに至りました。
時代の終わりは新しい歴史の始まり。
最後にマイケルの歌"Black or White"からの一節を
" If You're Thinkin' of Being My Baby, It Don't Matter If You're Black or White"