前の日記で「カノッサの屈辱」という題名を付けましたが多くの人には良く分からなかったと思います。
これは私が歴史の勉強に熱をあげているころにやっていた番組で、世界史をパロった(パロディ化することを当時そう呼びました。)現代社会の”お勉強番組”でした。身近でリアリティはあるけど、その分、無味な感じがする現代社会のマーケティング論と、カタルシスは感じる物の、親近感の沸かない歴史を上手くミックスして、一見でたらめながらも、つい次回が楽しみになる番組でした。
このオープニングの題字を見ただけで、当時わくわくしながら自室の小さいテレビの前で鎮座していた自分を思い出します。
どんな番組だったのかというと、丁度、こういうリメイクの企画が去年ありました。
既に世の中で噂になっている世界史の授業の空洞化で、ここのあるパロディの元ネタが分かる若者が減っているかもしれないと思うと残念でしかたありません。
番組の放映時期と私が音楽の魅力にはまっていく時期に、丁度タイミングが重なった為、音楽に対する魅力とともに、その趨勢の時代背景についても、あれこれ体系的に捉えようとする習慣がつきました。
私の音楽評価の物差しが、楽曲自身のもつ魅力とは別に、時代の代弁者として、大衆文化的な側面から考えてみようとする癖もここが出発点だと思います。