Perfumeを聴いて、妙に懐かしくなった、テクノ歌謡と呼ばれる音楽。
YMOの大流行によって、シンセサイザーを多用した音楽が日本でも大流行しましたが、それを、ニュー・ウェーブとも、シンセ・ポップとも呼ばれず、テクノに影響を受けたサウンドとして当時の音楽界を席巻しました。ただ、今テクノというと、もっと”ハウス”に近い”テクノ”を限定して思い起こしてしまいますので、これら、YMOなどに影響を受けた、ニュー・ウェーヴなサウンドをテクノ歌謡と定義されています。
90年代には、過去の遺物として、ダサいものの代名詞にさえなっていたこれらの音楽が再評価されるのは音楽20年周期の賜物であると思いますが、暗黒の歴史となっていたものに、再び光が当てられてほっとしています。
当時最先端だった、シンセサイザーを取り入れた音楽を、オリコンの左側のページに定着させた名曲の数々を抽出しながら振り返ります。
まだまだ歌謡曲サイドからのシンセサウンドへの回答ということで、今みても微妙なサウンドですが、こういう勇気有る一歩一歩が重なって流行への下地が作られていくわけです。TOKIOなんかは、ホントかっこよかったですから。
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」
私の好きな言葉です。
”ジェニーはご機嫌ななめ ”ジューシィ・フルーツ
懐かしい!!!いよいよシンセ・サウンドの咀嚼ができつつあるサウンドの登場です。
1981年
”ハイスクール・ララバイ ”イモ欽トリオ
YMOの細野晴臣の作曲・プロデュースということで、本家が参入して、いよいよテクノ歌謡本番開始ですね。全編打ち込みのサウンド。
”春咲小紅 ”矢野顕子
こちらもYMOの全面的なバックアップで登場。
”コンピューターおばあちゃん ”酒井司優子
阪本教授による「みんなのうた」提供曲。
”ラムのラブソング ”松谷祐子
YMOの衝撃波のすさまじさはこんなところにまでおよんでいます。本家YMOのレベルには到達しきらないものの、十分テクノな歌です。
1983年
”君に、胸キュン。 ”YMO
YMOの再始動はグッとポップ寄りに。80年代らしい、軽くポップなサウンドに。日本のポップ界にシンセサウンドを
定着させたことが良くわかります。
”天国のキッス ”松田聖子
細野氏による作曲・プロデュース。それほどテクノらしさはないものの、当時最新にして最高潮のシンガーに、テクノが受容された瞬間。
”禁区 ”中森明菜
細野氏の作曲。1984年がマドンナの”ライク・ア・ヴァージン”の登場であることから、この年ぐらいまでは、この手のサウンドでは世界をリードしていたともいえます。
1984年
”ふられ気分でRock'n' Roll ”TOM☆CAT
以前も一度取り上げましたね。名曲です。
1985年
”Romanticが止まらない ”C-C-B
最近、電車男の劇中で使用されて、注目を受けていました。80年代の気分たっぷりですね。
この年にZガンダムスタート。ユーロビートが流行し始め、シンセサウンドは、ダンスミュージックにとってかわられました。