30分で書く(12) 「面影」(ショート小説) | 作家修業@ぴろこ

作家修業@ぴろこ

幼い頃から文字に親しんで育つ。
2017年に色彩心理カウンセラーとなり、更に文章を書くことで自らを癒せることを学ぶ。
文章を通して自分のコンプレックスを解消できた経験をもとに、文筆家として活動する。

「30分で書く」集まりは

長い夏休みを終えて再開しました。

 

久しぶりに書くと

なかなか進まないのがわかります。

日々の鍛錬が必要ですね。

 

 

今回のテーマは「犬」

そして、初稿は夏の暑い盛りだったので

「怖い話」というのも加わりました。

 

30分で書いたものは「面影」

(少し手を加えています)

 

 

 

 

 

面影  

 

 

 大工の弥吉は、大きな木の根元にカップ酒を置いた。葉が風に揺れて、雨の残りが道に落ちてくる。手を合わせて木を拝んだ。ガードレールのすぐ横を車が通り過ぎる。6車線ある大きな道路はまっすぐに伸びないで、木を避けるように車線が曲がっている。弥吉が記憶している限り、昔から続いた道の形だった。

 木の陰に入る場所にある、うどん屋に入った。番犬のチロが扉の横で寝そべっていた。弥吉が入ると、チロは顔だけ上げた。うどん屋もチロも年季が入った表情を持っている、と弥吉は思った。

「月見うどんと、それから稲荷な」

 顔なじみの女将に注文をして、昼のニュースが流れるテレビを見つめた。

 弥吉は自分に仕事を仕込んでくれた棟梁を思った。棟梁の最後の仕事は、先ほど酒を備えた木を処理することだった。かつて道路の整備が行われるたびに、木を切る話が出た。最初と二度目は庭師が請け負った。木を切ろうとしたら、のこぎりの跡がつくけれども、刃は入らない。そして、切ろうとした庭師には死が訪れた。三度目は、腕を見込まれた棟梁に白羽の矢が立った。弥吉は嫌な予感がして、棟梁に止めるように何度も言った。棟梁は首を縦に振らなかった。

「怖いから逃げるってのは、わしの流儀じゃないけぇ」

 酒に酔うと、故郷の訛りが出る棟梁を見つめるしかなかった。

 棟梁が木を切る日は、誰も寄せつけなかった。自分のとばっちりで命を無くしてはいけない、というのが棟梁の言葉だった。

「月見うどんとお稲荷です」

 女将が運んだ月見うどんは、あの日の月夜を思わせた。棟梁がのこぎりを抱えたまま帰ってきた夜、弥吉と弟子たちは棟梁の家の前で待っていた。

「切れんかったわい」

 一言だけつぶやいて、棟梁は家の中に入った。あくる朝、弥吉が棟梁の家に駆けつけると、梁から紐がぶら下がっていた。棟梁は紐と同化していた。朝日を浴びた紐が白く光って、うどんのようだな、と思ったのを覚えている。

 うどんと稲荷すしを食べ終えて、扉を開けた。目の前には棟梁ののこぎり跡がある木が立っている。チロが、きつねのような尻尾を振って木を見上げていた。振り返ったチロの顔は、一瞬棟梁に見えた。