永遠のテーマである。


例の彼の彼女が細いと聞いて以来、

真剣に取り組むようになった、ダイエット。

これが女心というものか。。


と言っても、ストイックにやっているわけではない。

三食とも、できるだけ和食を選び、カフェモカは頼まず、間食もできるだけ避ける。

さらに週末は最低30分はウォーキングをしていたこの数週間。

先週末はついにジョギングを始めた。


ダイエットに求めるもの、それは自信、そしてその先にあるに違いない「幸福感」である。

一度たりとも自分が満足する体型になったことがないおかげで、

ある意味それは「希望」と化している。

つまり、「痩せたら幸せになるはずだ」という。

ということはつまり、痩せて幸せにならなかったときには失望が待っているということだ。


ここまで考えて気がついた。

私が期待している「幸せ」とは何か。

自信なのか、満足感なのか。


結局、ダイエットとは、希望を抱きながら努力している自分へのナルシズムなのかもしれない。

希望がある状態で、努力をしている自分が好きなのだ。


だったらこれはプロセスを楽しむしかない。


となるとまずはカタチから。

ということで、今週末はウェアを買いにアウトレットへ行くことにしよう。





はじめに断っておくが、私は子供が好きである。


しかし、躾のなっていない子供を見ると不快になる。

それは子供に対してではなく、その親に対してである。


本日の電車の中。

明らかに歩くことはもちろん、走ることすらできそうな3~4才児がベビーカーにふんぞりかえっていた。

その子はベビーカーから足を上げ、出入り口扉やその横の手すりを蹴りまくっていた。

そしてボリボリおせんべいを食べていた。


手すりは、人が手で掴むものである。

ラッシュ時などは、扉に人の体が押し付けられることもある。

そんな人の手や服が汚れてしまうかもしれないという迷惑になぜ親は気づかないのだろう。


いや、その前に、そもそも座っている状態で足を振り上げること自体、行儀が悪すぎる。

ましてモノを食べながら。


その子の親は子供の言いなり。

お菓子が食べたいと言われれば「どうぞ」と言って与え、

もう飲み終わったジュースがまた飲みたいと言われれば必至でなだめる。


時刻は19時である。

私が子供の頃は夕食前にお菓子を食べることはありえなかった。

ましてジュースなんて、滅多に飲ませてもらえなかった。

ちなみに電車の中でモノを食べることも大声を出すことももちろん禁じられていた。

それは親の正しい判断だったと思う。


そしてもっと言えば、そもそも電車が混み合う時間に、立てる子をベビーカーに乗せないで欲しい。


なぜそこまで無神経になれるのだろうか。


親の教育レベルが低いのか?

周りが見えなさすぎなのか?

その常識のなさはどこからくるのか、不可解である。


彼らはどういう教育を受けてきて、どういう仕事を経て、

どんな生活をしているのか、一度見てみたい。

そしてその非常識さの原因は何なのか、発見してみたいものである。

普通の人間である私からすると謎でしかない。


そういえば、以前、飛行機に乗っていた際、

「子供が狭いと言っているのでリクライニングを元に戻して欲しい」と言われたことがあった。


私だって狭い。



幸せな恋愛をすると、人はこうも変わるのか、と驚いた連休。


仲の良かった彼女は、27~29の3年間、とある男性と不倫関係にあった。

昨年、彼女のいる男性と付き合っていた私とは話が妙に合い、

「上に登った、と思ったらまたずり落ちる。ほんと、蟻地獄だよね」という名言を吐いていたのに。


久しぶりに会った彼女はなんか雰囲気が違った。

どうやら彼氏ができたらしい。

しかもその相手は、私と彼女が「あの人かっこいいよね」と噂していた男性!


「願いって、本気で願えば叶うんだなぁって思った」

「私も彼も山羊座のA型なの。山羊座のA型って、今年一番運勢がいいらしいんだけど、

ほんとに当たるんだって思った」

…など、出てくる言葉は「蟻地獄」時代からは考えられないほど、恋をしている人間のそれだった。

そしてそんな彼女の様子は、まさに「幸せな恋愛のかたち」だった。


この1年、私は幸せとは遠かった。


楽しかったこともあったけど、大半の時間は嫉妬をしていた。

彼が彼女と会いそうな連休などは、

わざわざ新幹線に乗って遠く離れた実家まで帰省したりしていた。

ひとりで東京に居ると辛いから。


幸せオーラに包まれた彼女を見て、恋愛ってそういえば幸せなものだった、と思出だした私。

いかに程遠い位置にいたかとわかった。


前の恋を断ち切って約1ヶ月。

その理由は、自分のなかでずっとモヤモヤしていた。

好きじゃなくなったような気もするし、もういい加減疲れた気もしている。

でも一言で表せない。なんだろう…と思っていた。

こんな状態で、もし彼から連絡が来てしまったら、また揺れてしまうのではないかと怯えていた。


でも、やっとわかった気がした。

「私は幸せではないことに気づいたから、断ち切った。」

一言で言えた!


そう、私はこの1年、まさに「不幸せ」を体現していた。

また一つ殻がむけた。