財布は堤防と同じで、一度決壊するととめどなく中身が溢れだすものである。


もともと買い物好きの私。

学生時代は服や靴のために一生懸命バイトに励んだ。

しかも「いいもの」好きなので、社会人になってからのお金の遣いっぷりは半端ではなかった。

昨年の今頃はダイアン・フォン・ファステンバーグのワンピに7万円弱遣ってたっけ。

すべて「いいもの」「一生モノ」を買っているので、という言い訳つきで、惜しみなくお金をつぎ込んでいた。

一旦買い始めると、あれも、これも、となり、毎週末バーニーズやエストネーションに行ってた時期もある。


そんな私が昨年の暮れから、全く消費意欲が沸かなくなっている。

買う雑誌は洋モノファッション誌から日経ヘルス・世田谷ライフという、生活情報誌に変化。

コスメなんて必需品以外買ってない。


今まで買いすぎたおかげでそろそろ満足するフェーズに入った、ということもあるのかもしれないが、

昨日書いたとおり、精神的に落ち着いてきたのかもしれない。


そんな最近、「買う」という行為はストレス発散のようでいて、新たなストレスを生んでいた、ということに気づく。

それは少しの罪悪感と、金銭的余裕が少なくなることに対する不安である。

それは同時に現状の自分を追い込むことにもなっていた。

つまり、「お金のために働かないといけない」という意識が強まるのである。


本当に気に入ったものを大切に使うことの満足感は、精神的充足感をも生み出す。

幸い、私の堤防はまだ決壊していない。


2週間おきに通っていたカウンセリングだが、次は1ヶ月後になった。

体調はまだ不安定ではあるものの、だいぶ自分の心に整理がついてきたと今日実感できた。


通い始めた頃は、「こんなことやって何になるんだろう」と思うこともあったけど、

自分の考え方のクセや、その背景を知ることによって、

なんとなく、自分に対して、変な言い方だけど安心感を持てるようになったような気がする。


思い返せば、やはり秋頃の自分は病んでいた。

でもその状態にも自分で気づけず、頭痛や吐き気といった身体症状に苦しむ日々だった。

それでも自分は甘えているのではないか、と益々自分を追い込んでいた。


カウンセリングを通して初めて、自分が「周りに合わせること」ばかり考えていること、

「人からよく思われたい」思いが強いこと、

「ルールや常識を守ることは負荷、損である」という考えが強いことがわかった。


そして何より、そんな自分自身に向き合うことなく、解決方法を他に求めていたように思う。


物事の本質が見えたときに、なんとなく、地に足が着いた気がした。


焦って週末の予定を埋めることも、

ストレスの代償であるかのように高価な靴や服を買うことも、

仕事で取り越し苦労をすることも、自然と消えていった。

そして、例の彼に対して執着することも不思議となくなった。


自分自身のことは、やはり自分自身の中に答を求めるのが自然なのだろう。

愛用しているインコテックスのパンツの裾がほつれたので、

修理に出さねばと思っていたが、なかなか持っていけないでいた。

いや、別に全く忙しくないのだけど、なんとなく、億劫で。


いつも出す、西友のなかの修理屋は、預けた服を工場に送ってしまうので、

悪く扱われるのではないかと心配だったのもあるし、

なにより日数がかかるのがイヤだったのだ。


そうこうしてるうちに近所に「寸法直し」という旗があったことを思い出した。


行ってみると、そこは昭和の寸法直し店。

私の住んでいる地域は都内でも古い場所で、こんな店が結構ある。

古い民家の引き戸を開けると、小さな番台の向こうに2畳ほどの畳があり、年代モノのミシンが一台。

80歳くらいのおじいさんが「いらっしゃいませ」と迎えてくれた。

パンツを差し出すと、「500円。夕方にあがりますからね。お名前は?」

夕方!早!!しかも安い。


夕方に取りに行ったら、ちゃんと番台の上に畳んで置かれていた。

ほつれてる方だけじゃなくて、両裾とも直してくれていた。


その後、いつもの商店街で夕食のお買い物。

最近はあまり行ってなかったベーグル屋に寄った。

ドアを開けると、「いらっしゃいませ。あっ、シナモンレーズンですよね、お待ちください!」と店員さん。


この町に引っ越してきたてのときによく買いに来ていて、

いつもシナモンレーズンを買っていた私。

最近あまり来ていなかったのに、覚えていてくれてたとは。

「シナモンレーズン切らしてしまいました、ごめんなさい」と言われても、

覚えていてくれたことが嬉しくて、残っていたベーグル2個を買ってきた。


私はこの町の古さと温かさが好きだ。

お米屋さん、履物屋さん、ミシン屋さんなど、昔ながらの店が多く残る。

駅でも、顔なじみの人同士が話をする光景が見られる。


この町では、自分も善いことをしたいと思う。

ゴミはちゃんと当日の朝に出したりとか。

この町が「どこにでもある町」にならないように、

できるだけ個人商店で買い物をしたりとか。


曇でどんより寒い日だったけど、心温かかった。