財布は堤防と同じで、一度決壊するととめどなく中身が溢れだすものである。
もともと買い物好きの私。
学生時代は服や靴のために一生懸命バイトに励んだ。
しかも「いいもの」好きなので、社会人になってからのお金の遣いっぷりは半端ではなかった。
昨年の今頃はダイアン・フォン・ファステンバーグのワンピに7万円弱遣ってたっけ。
すべて「いいもの」「一生モノ」を買っているので、という言い訳つきで、惜しみなくお金をつぎ込んでいた。
一旦買い始めると、あれも、これも、となり、毎週末バーニーズやエストネーションに行ってた時期もある。
そんな私が昨年の暮れから、全く消費意欲が沸かなくなっている。
買う雑誌は洋モノファッション誌から日経ヘルス・世田谷ライフという、生活情報誌に変化。
コスメなんて必需品以外買ってない。
今まで買いすぎたおかげでそろそろ満足するフェーズに入った、ということもあるのかもしれないが、
昨日書いたとおり、精神的に落ち着いてきたのかもしれない。
そんな最近、「買う」という行為はストレス発散のようでいて、新たなストレスを生んでいた、ということに気づく。
それは少しの罪悪感と、金銭的余裕が少なくなることに対する不安である。
それは同時に現状の自分を追い込むことにもなっていた。
つまり、「お金のために働かないといけない」という意識が強まるのである。
本当に気に入ったものを大切に使うことの満足感は、精神的充足感をも生み出す。
幸い、私の堤防はまだ決壊していない。