腹が立つのを通り越して、哀れな気持ちになることがある。


昨日、電車を降りて、ホームから改札へのエレベーターに乗るとき。

40代の男性が列に並ばずに横はいり。

その後、エレベーターを降りるときにも、われ先にと出だす。

順当に行けば、私が先に降りるほうがスムーズだったので、

私も出ようとしたところ、その男性も同時に無理に出てきた。


その後、その男性がとった行動。

私の体を肘で押し、そのまま逃げるように去っていった。


しばし呆然。

腹が立つよりも、呆れ、哀れな気持ちになった。


いい歳したおじさんが、ルールを無視し、挙句、肘鉄。

さらに、堂々としていればいいものを、そのまま逃げ去るとは。


その後、乗り継いだ電車でもその男性と一緒だったのだが、

その男性は私に気づくと、読んでいたマンガで自分の顔を隠した。

情けない。


あんな大人にはなりたくない。

先週、例の彼に対してクールダウンしたい気持ちになって以来、

自然と、連絡を頻繁にとるのをやめるようにしてきた。

昔のメールも見返さなかったし、メールが来たら返事にちょっと困ったりして、

ほんとに「クールダウン」状態になっていた。

それと同時に、いよいよもう潮時だなと感じ始めていた。


その例の彼と、昨日飲み会で一緒になった。

その席で、彼は彼女の話をしていた。

彼がし始めたわけではなく、周りの友達がし始めたのだけど。


で、気になったのが、

「○○さん(彼の名前)の彼女って、ほんと細いよね。退院直後ぐらいに細い」

という、その周りの言葉。


そんなに病的に細い女、魅力があるのかどうかはわからないけど、

「下半身が太い」というコンプレックスをもっている私は嫉妬した。


やっぱり彼が好き、という気持ちではないと思う。


彼には彼女がおり、みんながそれを認めているという事実を目の当たりにしたこと。

そして、その彼女をみんな知っていて、しかも彼女は細い。


女は、恋人の過去の彼女よりも、自分の方が上だと思いたがる。

現役のライバルならなおのこと。


こうして、私は彼と会ったことで、再度心を乱されてしまった。

もう本当に会わないほうがいいと、初めて心から思った。



弊社社員は大変ルーズである。

私が体調を崩した原因はそんな社風となじめなかったから、というのは大きい要因だ。


会社に復帰して、今日もまた会議に出たのだが、

やはりとにかく時間を守らない。


私はそんな会議を仕切る立場である。


会議中に気にくわないことリストは以下。

 ①携帯電話に応答するorメールする

 ②時間を気にせず話を脱線させる

 ③時間通りに集まらない


このうち、①については、退出を促せる。

②についても、「今この話をしても仕方がないから今度にしましょう」と言える。


ただ、③の時間通り集合させる、ということをするのがなかなか難しい。


全社的にルーズなわが社。

2~3分の遅れなら許されて当たり前。

人を待ってる間に、別の人が携帯で話し始め、

今度はその人を待ってる間にさらに別の人が話し始める・・・

ということが今日も起こっていた。


ちなみに私が以前勤務していた会社では、

「14時から会議ということは、14時に議論をスタートさせる状態でいることだ」というスタンスだったもんだから、

この違いには本当に参る。


問題は、彼らにいかに時間を守らせるかだ。

ルーズな人が多い場所においては、私は完全にマイノリティ。

しかも、私は結構人からの評価が気になるという小さい人間である。

また、「コワイ」という第一印象を持たれることが大変多いため、

「おおらかに見られたい」という小さな欲もある。


さらに、彼らのほとんどが、私よりも社歴が長い。

上下関係を結構気にする私は、目上の人に対して注意をする、ということがとっても苦手。


彼らの気を悪くすることなく、時間を守らせる方法は・・・。

明日から、友人たちにヒアリングしてみようと思う。


ちなみに、先日のカウンセリングではなかなか興味深い発見ができた。


カウンセラー曰く、

「あなたがもし、時間を守ることが本当に好きなのであれば、

時間を守れない人に対して、『かわいそうな人』というような感情を抱くはずだ。

だけど、あなたが時間を守れない人に対してイライラする、ということは、

『時間を守るという負荷を自分が背負っている』という意識があるからだ。

つまり、時間を守らない、ということに対して、一種の羨みがあるのだ」とのこと。


この指摘は当たっていた。


私は、人間というものは、共同生活において、みんなある程度の節制、我慢、負荷を抱えて

存在すべきだと思っている。

それを人間に強いるものが常識、ルール、マナー、信号、法律などである。

でないと社会の最小単位、家族生活でさえも成立できないからである。

会社であれば、その度合いは結構なレベルで求められてしかるべきだと思っている。

だから時間を守るべきだし、さまざまなマナーが存在するのだ。


だから、以前の記事でも書いたが、

世の中、常識がない人などのほうが得をしている、と私は常々思っていた。

共生社会で抱えるべき負荷を放棄しているからである。

そりゃ、損より得をしたいに決まっている。


で、ここでさらに問題になるのが、この「損」「得」という考え方である。

私は恋愛関係でさえも、「損得で考えすぎだ」と過去の恋人に指摘されたほどに、

損得勘定が激しいらしい。

それが自分の時間であればなおのこと。

つまり、「私の時間を無駄にして、私に損をさせないで欲しい」と思っているのだ。


整理すると、私が人に時間を守らせたい理由は2つ。

①会社の一員として、負荷をちゃんと抱えてほしいから

②人の時間を無駄にしないでほしいから


言うなればこれは、小学生が掃除の時間に、

「○○君が掃除をサボっていてずるい。そのせいで私の帰る時間が遅くなった」

と言っているのと同じ論理構造である。


・・・レベルが低い。。

が、私がストレスなのはこの部分なのだと発見できたことは大きな収穫であった。