これを追い風というのなら、その期待に応えるだけの
実力とか器量とか、果たして私にあるのかどうか、
まったくもって自信がない。
あるのはこれから忙殺されそうな日々を過ごすことになる
という淡い認識だけである。

あの運命の抜擢から1年と3ヶ月後、更なる驚きの瞬間が
訪れようとは、想像もしていなかった。




かたや兄やんも、私のまだ100倍くらい忙しくって、
たったの5分前に話したことさえ忘れるスピードで
走っている。

事務所の席替えをみんなで考えているとき
兄やんの席は出入口の近くがいいんじゃないかとか、
コピー機とプリンターも近い方がいいよね、とか
片付け下手だから収納スペースも広く要るよとか、
言いたい放題言いながら皆、兄やんを気遣っている。


隣の席にいながら、1日に5回も会話できない師弟も、
臨店のついでながらやっとゆっくり話ができて、
「前ちゃんが辞めなくて僕は助かったなー」と
何の飾りもなく言ってくれたので、それからの私は
割と元気に動き回れるようになっている。
単純なもんである。




目の前の壁は高い方がいい。
ことあるごとにそう言っていたのは、この私である。
その方が闘争心に火がついてやる気が出るんだ、と
数年前は自慢げに言ってたじゃないか。

年をとると体力が衰えるという、おばちゃんたちの話を
早くも実感し始めている最近ではありますが、
今こそメラメラと燃え上がる炎を呼び起こしてみようと
身を引き締める帰り道である。




年末、誕生日に届いた母からのメールに、
「やりたいこととやるべきことを賢く選びなさい」
とあったことを思い出した。

諦めなきゃいけないこともいっぱいあるけど、
私は私が選んだ道を進んでいる。

分かれ道じゃない、私の道である。



ちょっとかっこよくなりすぎたかなぁ。
ドリップ式のコーヒーを、何度淹れ直したかわからない。
終日事務所で座ったまま過ごす1日はほんとうに寒くて、
足は膝掛けとレッグウォーマーの二刀流もむなしく冷え、
熱いコーヒーもものの10分で冷たくなってしまう。



兄やんが休みの日に限って聞きたいことが溢れてくる。
明日は私が外出するので、朝の数分しか会えないし、
隣の席と言えど、話ができるのは貴重な時間である。

その昔、まだ兄やんが今ほどたくさん抱え込んでいない時、
面白かった本のことやよっぴー時代の爆笑だじゃれ祭を
振り返ってまた笑いが止まらなくなっていたのも、
もう懐かしい。



仕事に追われるとは、ああいうことを言うのだ。
私なんてまだまだ暇人のはしくれ。ちょっと分けてよって
思うくらい。




1ヶ月以上前に依頼されて余裕をかましていたら、
締切まで1週間を切っていたある版元さんからの原稿依頼。

書きたいことはいっぱいあるけど定まらなかったのは
兄やんの真似をしようとしていたからかもしれない。

昨日と今日、ひとりぼっちで黙々と、しかし自由に
いろんな資料を作っていたら、うまく抜け出せたのか
おお、私はやっぱりこれ書こう、ってしっくりきたのだ。


まだまだ思考力は重たいけど、長くとらわれていた何かから
ちょっとずつ解放されている心地。





どこかの所長との長電話の時みたいに笑うことって
そうないけど、ついこの間、久しぶりにそれを味わったら
少し楽になったのだ。
こんなことでそんなに笑うなんて最近笑ってないんでしょ
って、言われてハッとしたから私ももっと誰かと笑おう。


群馬に思いを巡らし、所長の大好きな歌を聞きながら帰る
雨上がりの冬の道は、寒さを忘れていた。
辛い朝が、寝れない夜も、多かった。
少なからず身に付けてきた自信という槍が
どこにも刺さらないような一年間だった気がする。


春に、兄やんが店舗からいなくなってから、
新刊の箱をあけるのが楽しくなくなった。
「お!これ入ったよ!」
「わ~この本かっこいいね」
と言い合える“書店人”が、辺りをどれだけ見回しても
見つからなくなったのだ。
新刊を誰よりも早く手にとれることが書店員の特権と、
みんな知らないのだろうか、と思う。

一昔前のメンバーは競うようにして箱を開けていたのに、
今は面倒くさがって皆あまり近づきたがらない。
私もそのうち面白くなくて嫌になっていたけど、
一人でニヤけながら開けることも覚えた最近である。



兼任のバイヤー業においては毎週締切におわれ、
頭は常にビジネス書の方向を向いていて、
他の書店にいくと、無意識にそのコーナーを
避けて通るようになっていたみたい。
だって小説のコーナーしか見た記憶がないから。



そう、小説はよく読んだ。
だいたい3日に一冊は読んでいると思う。
ハマった作家がいれば全作品を買い漁って読んだり、
何もないときは文庫の新刊コーナーから見繕って
1ヶ月ぶんを買い貯めて次から次へと読んだ。

ちなみに今は、先日お会いできた原田マハさんの著作を
制覇しようかというところである。あと1冊。



「あんたは感情がすぐ表に出るから気をつけなさい」
と言ったのは母であるが、まったくその通りで
今年もよく兄やんを困らせた。
資料がうまくできなくて、売上が思うように上がらなくて、
現場の仕事が捗らなくて、時には半狂乱になったことも。
兄やんは諦めずに背中を一押しも二押しもしてくれた。

いつか兄やんが「俺は意気地無しだ」と冗談を言っていて
「そんなことないでしょ、だって私を見捨てないもん」
とちょっと真面目に返してみたら
「なんか、前ちゃんは見捨てちゃいけないって
思わせるとこがあんだよ」
って優しい顔で言うので調子が狂ってしまった。

実家に帰りたいと頻繁に言い始めた私に、
「辞めるな」と言っているようだった。
決してその言葉は口にしないんだけど。

兄やんは店舗から離れたので、年末年始に休みがとれ、
嬉しそうに4連休へと旅立っていった。
大掃除と称して散らかった机の上を片付けて。
ついでに隣の私の席も少しだけ綺麗になっていた。




助太刀会はといえば、長男カシワギはまるで音沙汰がない。
会議でチラッと見かけるくらいで、
無理をしていないか、聞くチャンスもない。

次男、元祖ソウルメイトは相変わらずヘラヘラして、
ケラケラと笑っている。
この夏結婚して、出不精に磨きがかかったみたい。

一番の心配事は、「助太刀会」の命名者で最大の同志
よっぴーに愚痴が増えたことである。
最近は毎晩のように電話をかけてきては弱音を吐く。
今すぐにでも解決に飛んでいってあげたいけど、
県を2つもまたぐ遠隔地に、泣く泣く電話越しの日々。
行ったところで私に何ができるか、というのもある。

来年は、58年生まれ助太刀会の持つ真の力、図太さを
発揮できて笑っていられたらいいなぁと願います。




さて、明日は久しぶりの休みである。
朝は母から荷物が届くことになっている。
何でも、近所のショッピングモールをぶらついていたら
かわいい誕生石のピアスを見つけたとかで、
母は怖くて穴を開けていないので(笑)私に買ったと言う。
そのついでに(どっちがついでか分からないけど)
米やら野菜やら年越し用のそばやらを詰め込んで
送ってくれるそうだ。親はいつまでもありがたい。

今日は弟が名古屋から帰ってくるとのこと、
その弟には、父の還暦祝いのことで相談しようと
初めてメールのやりとりをしたけど、「了解しました」
と素っ気も味気も色気もない弟である。
それでも母はかわいくて仕方がないのだろう、
「5時26分に着くんだって!」と細かなところまで
嬉しそうに報告してくれた。
今日は3人で鍋をつつくらしい。




そうこうしながら今年も暮れていく。
私はいい場所に生きている、と感じられることほど
幸せなことはないと、感謝に暮れる年の瀬である。