多忙を極めて本当に秒刻みで動いている兄やんと
話をする時間は1日に5分もなくなってしまった。

だから見切りをつけたわけではない。
1年前から新たな目標を見つけてしまったというだけ。


ガールズトークも女子会も大の苦手な私は、気がつけば
いつも男性陣のなかに紛れ込んでいて、男勝りといえば
ちょっと違うような気もするけど、楽ちんなその場所に
落ち着いていることが多い。




私が自分からこんなに慕ってやまない先輩女子が、
かの親愛なるねーさん以来にできたことが嬉しくて
最近は密かにその人にべったりくっついている。



確かに兄やんは先頭にたって目立って、そりゃあ花形で
もちろん誰よりも働いて苦労もしているけど、
その人がいないと全てがうまくいかなくなることを
特に現場では知っている人は少ないと思う。
私だってこの部署に来るまで知らなかったから。


そして、最近私があまり弱音を吐かなくなったのも、
毎日帰りが遅くなってもそれほど苦ではないことも、
単なる兄やんの下っぱだからという理由だけではなく、
この、新・ねーさんに恥じない働きをしようと
気持ちを引き締めてがんばれているからということ、
まだとうていかなわないけどこの人を目指したい、と
思っているから、という背景もあまり知られていない。



冬が戻ってきたような寒さの深夜、帰り道に、
ホワイトデーのチョコたちも溶けてしまいそうなほどの
私の仕事熱である。
毎年恒例の教育書フェアを出し終えたところである。

この時期は、2年前なら何ヵ月も前からそのことだけを
考えて準備して、まあ完璧に仕上げてみせていたこと。
昨年は忙しくなりつつも、それでもその時がくると
嬉々として徹夜しながら出していたけど…

今年はこの有り様だ。
命をかけてきた教育書を、数ヵ月もほったらかしたまま
この日を迎えてしまっていた。




そんな今日は、通勤途中に鳥からフンを見舞われる、というはじまりだった。

そのことを話すと、誰もが「今日はいいことあるよ」と
口を揃えて言うのだけれど、それにまんまと期待した私は
むしろ落ち込むことばかりだった今日に、なんだか
嵌められた気分である。





新店以外で現場で作業をしたのはすごく久しぶりで
それがフェアであっても、棚を作り上げるという快感は
やはり何者にもかえられない。

本を実際に触れなくなったら。
すなわち現場を完全に離れてしまったら、と考えると
すごく怖い。何も分からなくなりそうで。

いつか兄やんに、兄やんの時はどうだったかと聞いたら
「わりとすんなり離れられたね」と言っていたけど
聞きたかったのはそこじゃないよ、と言いたい気持ちは
いずれ自分で実感しよう、と諦めてしまいこんだっけ。





うちのチーム(助太刀会ではない)のいつもの4人は、
皆だいたい帰りが23時を過ぎる。
たまにこんな時間に先に帰れることになると、
何とも悪いことをしてるような、サボっているような、
そんな感覚におそわれるから恐ろしい。

早く帰ったからといって料理をするわけでもなく
睡魔にもう勝てない。食欲をもってしても勝てない。


月に1回くらいしか飲みに行けないこんな毎日でも、
このスピードに振り落とされまいとしがみつく。

本当に皆ものすごいスピードで走るから、私は何も
できていない気持ちになりながら、でも、
今はできなくてもやってみることにしようと意を決す。

なんにも無駄じゃないと教えてくれたのは、誰でもなく
今、私がここに皆といることだから。
「今日、何時に帰るか決めよーや!」

ふと誰かが言い出した結果、チーム全員が21時退社を
目指すこととなり、カタカタとキーボードを鳴らして
兄やんを除く3人が、21時に無事パソコンを閉じた。

兄やんも荷物を持ってまわりに立ちはだかる3人に負け
10分オーバーでついに立ち上がった。


こんな時間にみんなで帰れるなんて初めてだったので、
このまま飲みにいきましょうよ、と言いかけた言葉は
明日からの激闘を想像してぐっと飲み込んだ。
そのあたりが、最近仕事で芽生えた責任感なのか、
あるいはただの体力の衰えか。




冬を意識してあたりまえのように厚着を決め込んで、
今日も店と本社を行ったり来たりしていたけど、
無意識に口から出る「寒い」という言葉と裏腹に、
うららかなる匂いを感じた昼間だった。
気づけばダウンを着ている人なんてほとんどいなくて、
取り残された気分になる。

確かに、スーツの上から上着を来て歩き回っていると
汗をかくほどだった。
そう、だって今日で2月が終わって明日は3月の始まり。
紛れもなく春なのである。





社内には「変化」という風が吹き荒れている。
また1年、手探りの状態で進んでいくわけだけど、
見かけによらず臆病者の私は、
“できた時が壊す時―”
誰かが言ったこの言葉を、まだ歓迎できずにいる。