「こてんぱん」と言おうとするといつもどうしても
「こてんぱてん」と言ってしまう。
わかっていてもできないことってあるものだ。


今朝の会議では、兄やんが槍玉にあがり、まさしく
こてんぱんに絞られてしまった。
私は助け船なんて出せるはずもなく、隣でじっと
議事録をとっていただけ。

毎日まいにち怒られるばかりの兄やんは、
上にいる大ボスが後継者として育てたいと思って
心を鬼にして叱っているのを知っているからか、
驚くくらいの激務にも、あの耐えっぷりである。


さてそれをすごく心配している兄やんの同期がいて、
私にときどき様子を聞いてくる。
あいつは真面目すぎるから、と気遣っているのを見て
少しうらやましくなった。
だからきっと兄やんは大丈夫なんだな。


「あんな同期がいていいなぁー」という私に兄やんは
「君には助太刀会があるでしょ」って言う。


実は助太刀会の名前の由来に“兄やんを助ける”
という意味が含まれているのを、知らないくせに
よく言うよ!と思う。

今日だって、助太刀会の元祖次男と話していたら
「あんたは兄やんを笑わせることが役目だよ!」と
言われたばかり。
あんた呼ばわりされたのなんて初めてなのに。


こんなにも愛されて思われている兄やんだけど、
人を頼ることだけは苦手な質で一人で抱え込む。
隣にいる私が自分からサポートに入れればいいのだけど
そうするには私はなかなかの未熟さとあって、
人のことにまで手が回らず悶々とした日々なのである。

おまけに、どこかのドラマの決め台詞じゃないけど
「やられたら倍返し」という性分の私は、
兄やんのイライラにおまけをつけて返してしまうので
さぞかし手を焼いていることと思う。

大人げない、とたぶんお互い思っているけど。


わかっていてもやっちゃうことってあるのだ。
真っ直ぐに歩いて行けたらなぁと思う。
常に何かに目を奪われ心を奪われ、吸い寄せられ、
もとの場所に戻るのに時間がかかってしまう。
でもそこで得るものもあって、自分に影響を与えていたら
よしとすることにしている甘えた人生である。



土日が休みになったはいいけど、どこに行っても
人の多さにぐったりしてしまう。まだ20代なのに。


そんな中、父が仕事で広島に出てきた土曜日は、
初めてじゃないだろうか、二人でご飯を食べに行った。

ついこの間、還暦を迎えた父は、独立して20年、
経験も人脈も積み重ねている。勤勉なひとである。
私もこの数年いろんな人を見てきたから、父の凄さを
今更ながらに理解したところである。

自営業はボーナスも退職金もないから、これからまだ、
死ぬまで働かないといけない、と言っていた眼差しは
60歳にして輝いて、楽しそうでもあった。

母に、あんたはお父さんの血が流れとるよねぇと
よく言われることが、密かな自慢だったりする。



そうやって、父とは対等に近く語り合えるようになった
傍らで、母は逆に幼くなっていくような気がしている。

ほぼ毎日、電話で話すという親密さであるけれど、
大学で広島に出てきたときと比べると、心配の矢印が
逆になったような気もするし、親子と言うよりは
姉妹のような感じで、姉と妹はよく入れ替わる。

しかしこの母も働き者で真面目な人である。
私が中学生の頃に自宅で始めた教室をもう15年以上
続けている。幼稚園児から中学生までの30人前後の
生徒さんに囲まれてワイワイとやっているみたいだが、
まぁだから幼くなっていくのかもしれない。
国語、算数、英語をあれだけ毎日やっていたら、
当分はボケそうにない。

ただ終わるのが夜遅くになるということだけ、
できの悪い娘ながら心配の種なのである。



この人たちに恥じない働きを、生き方をすることは、
一生の目標であり課題である。

はやく孫の顔が見たいと、すごくすごく遠回しに
言われている気もするが、私としては、まだ当分の間は
仕事に溺れているみたいだ。(笑)
10年も前というと原始時代くらい昔に思えるものだけど
実際は19歳大学生、すでに広島に出てきていたわけで、
そう考えるとそんなに昔でもない気がする。
思い出す若気の至りっぷりは恥ずかしいけど、
その自由さが少し羨ましかったりもする。



「10年」と口に出してみると余計に、それが長いのか
短いのかわからなくなってきた。

早かったと言われれば一瞬だった気もするし、
長いと思えばそりゃあもう思い出は山積みである。




現場での最後の日は、あっけなく終わってしまった。
私ひとりソワソワして事務所と店舗を行ったり来たり。

いつも通り本を棚に出して問い合わせを受けて、
朝礼や夕礼で挨拶をしても、涙が出るわけでもなく、
この店を離れるという実感は最後までわかなかった。
(まぁ、これからも同じ建物にはいるんだけど)



そうか、10年もいると生活の一部になってしまって、
終わるとか最後とかそりゃ分からんよなぁと、ひとり
納得した今である。



それに実際、物思いにふける暇はたぶんどこにもなく、
明日から新しい場所で、新しい責任と、忙しく過ごして
いくんだろう。


ちょっと前に、少しだけ不安で弱気になったとき、
助太刀会の次男、子分一号が言ってくれた、
「大丈夫、立場が人をつくるよ」
という言葉が、悔しくも今の私の勇気の源だ。



そして、帰りがけに兄やんからきたメール。
「長い間ありがとう。明日からまた頑張ろう」

どうして、やっぱりうまいよなぁこの人は。
と、心が震えたのでした。


ついていくべき人を見失わず、ここまで来れてよかった
と、気持ちが固まった、桜満開の春の夜。少し肌寒い。