テレビで高校生のマーチングをやってた。
すごいわ。乱れぬ隊列もすごいけど、何より一生懸命なのがすごい。
中高とバレーボールをやったけど、いま思えば部活はもっと一生懸命にやれたかなぁと思う。
最後の日ってどんな感じだったかなと思い返してみた。今日はただの思い出話です。
僕らにとって高校3年の最後の大会は総合体育大会。いわゆる総体。会場は市立体育館だ。県内でも有数の大きな体育館。そこが毎年、バレーボールの会場になる。
トーナメント戦なので、負ければそこで高校の部活は終わり。
僕は、なんとしても1試合でも多く少しでも長く戦いたかった。
1試合でも多く戦うには、策を練らねばならなかった。
初戦は勝てると見込んで、次の対戦相手チームの研究をした。
その相手は、強い高校だった。県大会ベスト8はもちろん、ベスト4をうかがうチーム。
うちは弱小チーム。
勝つにはどうしたらよいか。僕は、ベンチメンバーだったが、チームのブレイン(?)として二つの策を提示した。
・レシーブがうまくない選手をサーブで狙え
(その選手は、唯一2年生で精神的な揺さぶりをかけた)
・相手の得点源の対角にブロックの高い選手をぶつけろ
(ローテーションをまわしてスタートすることにした)
・あとは野となれ山となれ
そして試合が始まった。
二つの策は大当たり。
相手のレシーブミスを誘い、ブロックでシャットアウト。見事にはまった。
負けて当然の下馬評だったと思うが、うちが1セット奪った。
けど、1セット奪うにとどまった。
勝てる試合だった。
気づくのが遅かった。うちは、そんなに弱小じゃなかった。
もっと自信をもって臨んでいれば、結果は変わったかもしれない。
「過信」は不要だが「自信」は持つべきだった。
僕らの部活は、2年生セッターのドリブルで幕を閉じた。
先輩らに申し訳ないと、彼は泣きじゃくっていた。
僕も泣いた。
このメンバーで毎日バレーボールをやることはないと思うと、悲しくてしかたなかった。
でも、メンバーがボールを追いかける姿に感動した。
スパイクにブロックに一喜一憂した。あんなに面白い試合はなかった。
そう思えるのも、わりと一生懸命やっていたからかもしれない。みんな一生懸命やっていることを知っていたからかもしれない。
一生懸命やった分、感動も大きいし、落胆も激しい。
いま、感動することはあるだろうか?
激しく落胆することはあるだろうか?
どこかドライに生きていないだろうか?
そんなことを考えてしまいました。
アメブロでは、アクセス解析というものがあります。検索エンジンから僕のブログに訪れた場合、その検索ワードが分かります。
最近で言うと、
・江畑
・阿部
・福澤選手
といった、バレーボールの選手。これはワールドカップの感想を書いたときに登場した方々です。
また、
・水郡線 袋田 スイカ
・袋田の滝 紅葉 近況
という組み合わせで訪れた方もいます。
水郡線にのって、袋田まで行きたいけど、スイカは使えるのか?というものなのでしょう。紅葉も有名ですからね。
で、袋田の滝(1):水郡線の記事にたどりついたのでしょうね。いま、この記事をみたらSuica使っていませんでした。親切な駅員さんとの出会いがありました。
これらは、検索ワードとしては、いつもどおりの感じです。ところが、最近新たな検索ワードで、この「近況のーと」を訪れる方が増えてきました。
どんな検索ワードだと思います?
普段は、ほぼ日記を書いてるから、このブログには珍しい言葉は入りません。
また、カープの記事も多く書いてきましたが、カープ関連の検索ワードはほとんどありませんでした。これはカープの躍進を書いたブログ数が多いからでしょう。
さぁ、何でしょうか?
答えは「ギガゼウス」。
これね、ギガゼウスで検索して、このブログがヒットするってどうなんでしょ?欲しい情報が得られるとは思えません。まだまだ、記事を書いている人が少ないということでしょうか?
ちなみに、静岡でギガゼウスをみたという記事を書きましたが、静岡で僕がみたのは、
「ギガゼウス エピソード2 受け継がれる遺志」
のワンシーンでした。やっぱギガゼウスでした。そのシーンは、古賀さんが部下を叱るシーンでしたが、面白かった。ここに書きたいが、書けん。
もっとギガゼウスがメジャーになれば、このブログがギガゼウスの上位でヒットすることもなくなるでしょうね。
ギガゼウスについて、どんな感想をもっているか知りたいので、僕もギガゼウスで検索してみようと思います。
ネット社会の一端をみた気がしました。
最近で言うと、
・江畑
・阿部
・福澤選手
といった、バレーボールの選手。これはワールドカップの感想を書いたときに登場した方々です。
また、
・水郡線 袋田 スイカ
・袋田の滝 紅葉 近況
という組み合わせで訪れた方もいます。
水郡線にのって、袋田まで行きたいけど、スイカは使えるのか?というものなのでしょう。紅葉も有名ですからね。
で、袋田の滝(1):水郡線の記事にたどりついたのでしょうね。いま、この記事をみたらSuica使っていませんでした。親切な駅員さんとの出会いがありました。
これらは、検索ワードとしては、いつもどおりの感じです。ところが、最近新たな検索ワードで、この「近況のーと」を訪れる方が増えてきました。
どんな検索ワードだと思います?
普段は、ほぼ日記を書いてるから、このブログには珍しい言葉は入りません。
また、カープの記事も多く書いてきましたが、カープ関連の検索ワードはほとんどありませんでした。これはカープの躍進を書いたブログ数が多いからでしょう。
さぁ、何でしょうか?
答えは「ギガゼウス」。
これね、ギガゼウスで検索して、このブログがヒットするってどうなんでしょ?欲しい情報が得られるとは思えません。まだまだ、記事を書いている人が少ないということでしょうか?
ちなみに、静岡でギガゼウスをみたという記事を書きましたが、静岡で僕がみたのは、
「ギガゼウス エピソード2 受け継がれる遺志」
のワンシーンでした。やっぱギガゼウスでした。そのシーンは、古賀さんが部下を叱るシーンでしたが、面白かった。ここに書きたいが、書けん。
もっとギガゼウスがメジャーになれば、このブログがギガゼウスの上位でヒットすることもなくなるでしょうね。
ギガゼウスについて、どんな感想をもっているか知りたいので、僕もギガゼウスで検索してみようと思います。
ネット社会の一端をみた気がしました。
生涯スポーツであるソフトバレーボールにも大会があります。
地域の大会から、市町村、さらには都道府県大会、全国大会まで行われています。
ふつうは、男女混合チームか女性のみのチームの対戦で行われます。
ところが、女性のみのチームの出場が少ない場合には、男女混合チームに混じって試合をやることがあります。これが、非常にやりにくい。
相手は、女性ばかり。強烈なスパイクを打とうものなら、冷たい視線が容赦なくそそがれる。
その視線に負けたら、試合に負けたも同然。
スパイクを打とうにも、ブロックされてしまうし、フェイントをしても簡単に拾われてしまう。
ボールを顔面にぶつけようものなら、
「責任とれるの?」
と言わんばかりの・・・。いやまぁ、既婚者のお姉様方が多いのですが。
こないだも女性のみのチームとの対戦がありました。
これが、見事に負けてしまった。くやしいったらありゃしない。1セット15点先取で、6点だかリードしてたのに!試合後、あまりにくやしかったので、ちょっと言い訳を。
僕:「今日はありがとうございました。すっかりやられてしまいました。」
Aさん:「いえいえこちらこそ。」
僕:「でも、今日のうち、ベストメンバーじゃないんでぇ・・・。」
Aさん:「いやいや、うちもベストメンバーじゃないから。」
僕:「あぁ、そうなんですか。うちは今日でてたのも、ひとりは病人でしたし。」
Aさん:「いやいや、うちのチーム、男いないからねぇ。」
僕:「あはははは。」
くやしいが、この程度の負け惜しみしか出てこなかった。もうね、あまりにくやしいので、さらなる負け惜しみを考えましたよ。
・試合にあまり僕がでていなかった
(相手のミスを誘うフローターサーブと、得点源のスパイクをお届けすることができなかった)
・優勝賞品は、僕が食べられないもので、魅力に乏しかった
(食べるとアレルギー症状で大変なことになる)
・いまバレーなんて、女子のほうが強いですからね!
(女子大会で強くて、女子が強いわけじゃないか・・・)
何をいっても、完全に負け惜しみです。
相手は、確実に策を練ってきてます。
負け惜しみよりも、負けを認めていかにしたら勝てるか、策を考えます。
地域の大会から、市町村、さらには都道府県大会、全国大会まで行われています。
ふつうは、男女混合チームか女性のみのチームの対戦で行われます。
ところが、女性のみのチームの出場が少ない場合には、男女混合チームに混じって試合をやることがあります。これが、非常にやりにくい。
相手は、女性ばかり。強烈なスパイクを打とうものなら、冷たい視線が容赦なくそそがれる。
その視線に負けたら、試合に負けたも同然。
スパイクを打とうにも、ブロックされてしまうし、フェイントをしても簡単に拾われてしまう。
ボールを顔面にぶつけようものなら、
「責任とれるの?」
と言わんばかりの・・・。いやまぁ、既婚者のお姉様方が多いのですが。
こないだも女性のみのチームとの対戦がありました。
これが、見事に負けてしまった。くやしいったらありゃしない。1セット15点先取で、6点だかリードしてたのに!試合後、あまりにくやしかったので、ちょっと言い訳を。
僕:「今日はありがとうございました。すっかりやられてしまいました。」
Aさん:「いえいえこちらこそ。」
僕:「でも、今日のうち、ベストメンバーじゃないんでぇ・・・。」
Aさん:「いやいや、うちもベストメンバーじゃないから。」
僕:「あぁ、そうなんですか。うちは今日でてたのも、ひとりは病人でしたし。」
Aさん:「いやいや、うちのチーム、男いないからねぇ。」
僕:「あはははは。」
くやしいが、この程度の負け惜しみしか出てこなかった。もうね、あまりにくやしいので、さらなる負け惜しみを考えましたよ。
・試合にあまり僕がでていなかった
(相手のミスを誘うフローターサーブと、得点源のスパイクをお届けすることができなかった)
・優勝賞品は、僕が食べられないもので、魅力に乏しかった
(食べるとアレルギー症状で大変なことになる)
・いまバレーなんて、女子のほうが強いですからね!
(女子大会で強くて、女子が強いわけじゃないか・・・)
何をいっても、完全に負け惜しみです。
相手は、確実に策を練ってきてます。
負け惜しみよりも、負けを認めていかにしたら勝てるか、策を考えます。
会話における質問への答え方は難しいものです。先日、こんな会話がありました。
Aさん:「今度の海外出張は、行かれるんですか?」
僕:「私は、行かないです。」
Aさん:「じゃあ、のんびりですね。」
僕:「いやぁ、別にのんびりできるわけじゃないんですけど。」
僕は、ちょっとイラッとしてそう答えた。イラッとしたその理由は、
・海外出張に行かない人がのんびりするわけではない。
・そんなに僕はのんびり屋にみえるのか?
こんなことも思った。
・海外出張に行く人がのんびりできないわけではない。
・むしろ、海外出張のほうがのんびりできる場合もある。
なんにせよ、心穏やかではない。で、どうしたもんかと思って、いま記事にまとめているわけですが、この会話をちょっと分析して、どう考えどう答えるべきだったかを考えてみました。
その1 答えているようで核心にはふれない
Aさん:「じゃあ、のんびりですね。」
僕:「いえいえ。何があろうと、いつもどおりですよ。」
「いえいえ。」の部分で、「じゃあ、のんびりですね」という相手の答えをやんわりと否定します。これは、「のんびり」を否定しているのではなく、相手方がそのような考えに至ったことを、まずは否定するという意味です。
さらに、いつもどおりです、と答えることで、「のんびり」なのか「のんびりでない」かには直接的に答えないという方法。いつもどおりが、「のんびり」なのか「のんびりでない」かは、ご想像におまかせしますという感じです。
海外出張なんぞで、自分のペースは乱されないという大物ぶりがうかがえるかもしれません。海外出張なんて当たり前♪
その2 相手の言い方をちょっとかえてみる
Aさん:「じゃあ、のんびりですね。」
僕:「そうなんですよ、焦らなくてすむんですよ。」
「そうなんですよ」で、のんびりを肯定しつつも、そのあとに、「焦らない」という言い方をすることで、のんびりと言われたことはやっぱり否定。相手が受ける印象としてもさほど悪くないと思われます。
その3 そもそもの質問に答えない
Aさん:「今度の海外出張は、行かれるんですか?」
僕:「さぁ、どうでしょうね。しばらくしたら分かりますよ。」
「行かない」と答えた場合の相手の反応を予測し、嫌な答えが返ってくるかもしれないと事前に察するわけだ。これは、多少なりとも相手のことを知ったうえで答えねばならないので、高度です。ときどき使います。
いろんな答えを考えてみましたが、そもそも僕の受け取り方が悪いのかもしれない。
「のんびりですね」→「暇なんですね」→「いつものように暇なんですね」
という、明らかに負の思考が働いていた。こう考えてしまったのは、
・のんびりが悪いことだ
・自分の行いはまだまだ不十分である
いわば、普段の自分の行いに自信がないからなのかもしれない。のんびり屋の自分の行いはまだまだ。・・・ということは、もう少し急げば成果もでてくる。つまりは、僕はのびざかりなのである。
質問にこたえるときは、
・まず自分自身に自信をもつ(それを探しておく)
・瞬時に深く考える
ことが大事なのかもしれない。意識しないとできるようにならないな、これは。やっぱり僕はのびざかりなのである。
Aさん:「今度の海外出張は、行かれるんですか?」
僕:「私は、行かないです。」
Aさん:「じゃあ、のんびりですね。」
僕:「いやぁ、別にのんびりできるわけじゃないんですけど。」
僕は、ちょっとイラッとしてそう答えた。イラッとしたその理由は、
・海外出張に行かない人がのんびりするわけではない。
・そんなに僕はのんびり屋にみえるのか?
こんなことも思った。
・海外出張に行く人がのんびりできないわけではない。
・むしろ、海外出張のほうがのんびりできる場合もある。
なんにせよ、心穏やかではない。で、どうしたもんかと思って、いま記事にまとめているわけですが、この会話をちょっと分析して、どう考えどう答えるべきだったかを考えてみました。
その1 答えているようで核心にはふれない
Aさん:「じゃあ、のんびりですね。」
僕:「いえいえ。何があろうと、いつもどおりですよ。」
「いえいえ。」の部分で、「じゃあ、のんびりですね」という相手の答えをやんわりと否定します。これは、「のんびり」を否定しているのではなく、相手方がそのような考えに至ったことを、まずは否定するという意味です。
さらに、いつもどおりです、と答えることで、「のんびり」なのか「のんびりでない」かには直接的に答えないという方法。いつもどおりが、「のんびり」なのか「のんびりでない」かは、ご想像におまかせしますという感じです。
海外出張なんぞで、自分のペースは乱されないという大物ぶりがうかがえるかもしれません。海外出張なんて当たり前♪
その2 相手の言い方をちょっとかえてみる
Aさん:「じゃあ、のんびりですね。」
僕:「そうなんですよ、焦らなくてすむんですよ。」
「そうなんですよ」で、のんびりを肯定しつつも、そのあとに、「焦らない」という言い方をすることで、のんびりと言われたことはやっぱり否定。相手が受ける印象としてもさほど悪くないと思われます。
その3 そもそもの質問に答えない
Aさん:「今度の海外出張は、行かれるんですか?」
僕:「さぁ、どうでしょうね。しばらくしたら分かりますよ。」
「行かない」と答えた場合の相手の反応を予測し、嫌な答えが返ってくるかもしれないと事前に察するわけだ。これは、多少なりとも相手のことを知ったうえで答えねばならないので、高度です。ときどき使います。
いろんな答えを考えてみましたが、そもそも僕の受け取り方が悪いのかもしれない。
「のんびりですね」→「暇なんですね」→「いつものように暇なんですね」
という、明らかに負の思考が働いていた。こう考えてしまったのは、
・のんびりが悪いことだ
・自分の行いはまだまだ不十分である
いわば、普段の自分の行いに自信がないからなのかもしれない。のんびり屋の自分の行いはまだまだ。・・・ということは、もう少し急げば成果もでてくる。つまりは、僕はのびざかりなのである。
質問にこたえるときは、
・まず自分自身に自信をもつ(それを探しておく)
・瞬時に深く考える
ことが大事なのかもしれない。意識しないとできるようにならないな、これは。やっぱり僕はのびざかりなのである。
先日、ギガゼウスが手元に届きました。
多忙で眠い目をこすりつつ、まず1巻をみました。よくぞこれを作ったと思います。
あまりここに書いてしまうと、これからDVDをみる方の楽しみを奪うことになるので、さほど書けませんが、目のつけどころというか発想が面白いと思いました。
面白いところはホントにいろいろありますが、最も根本的なところで、地球を守る組織が「株式会社」という点。「株式会社ゼウス技研」って何やねん・・・。なんやろ、めっちゃ敵が攻めてきて、あちこちにそんな民間会社があるんやろか?あるいは、民間でできることは民間でという発想?
地球防衛という、それこそ世界の国々の公共事業ともいうべき役割を、なんで民間がやるんじゃ?防衛省的なところが、地球防衛業務を外注するのか?いやぁ、いろんな展開が生まれそうです。
「大変です、総理!ヘルザスター(敵)が総攻撃をかけてきました!!」
「至急、ゼウス技研にゼウス隊の出動を要請しろ!!」
「了解しました!」
「大変です、総理!ヘルザスターの攻撃で大停電!ゼウス技研に連絡がとれません!」
「直接、ゼウス技研に行ってこい!」
「大変です、総理!昨日で契約切れてました!出動要請できませんでした!!」
とか?
昨今、なんでもかんでも民間に移行されてますが、そこへの疑問をなげかけているのかもしれない、そう思った。ギガゼウスは3.11地震の前の作品ですが、国策の原発が民間てどうだろうという疑問にもリンクしてる気がします。
・・・そんな疑問を投げかける作品でもないのかもしれない。ま、よくわかりませんが、とにかく最近の日本社会の問題点が、ギガゼウスのあちこちにちりばめられていると思います。これは、すごい作品だって。
最近、あんな巨大地震・津波があって、このままではいかんと思って、ずっと自分の仕事への姿勢について自問自答してます。いろいろ思うようにいかないこともあります。
なかなか自分じゃ分からず、だんだん行き詰まってきたなぁってときに水野先生の『バッドラック』を思い出し、水野先生の作品を読み始めました。
水野先生の本を読んだり、この作品をみて、強いメッセージ性のある仕事をやりたいと思うようになり、それを通じて、人の役に立てればと考えるようになりつつあります。
なんとなく答えっぽいものがみえはじめているのですが、もうしばらくかかりそうです。答えが見つかるかもしれないし、答えを探すのが答えかもしれないとも思います。
なんだか、水野先生とその仲間達にあれよあれよとはまっていて、一種の宗教じゃなかろうかとさえ思えてくるのですが、こないだのアトリエごはん誕生日スペシャルをみて分かったことは、とどのつまり水野先生はゾウってことだ。
僕が日本を動かす!
多忙で眠い目をこすりつつ、まず1巻をみました。よくぞこれを作ったと思います。
あまりここに書いてしまうと、これからDVDをみる方の楽しみを奪うことになるので、さほど書けませんが、目のつけどころというか発想が面白いと思いました。
面白いところはホントにいろいろありますが、最も根本的なところで、地球を守る組織が「株式会社」という点。「株式会社ゼウス技研」って何やねん・・・。なんやろ、めっちゃ敵が攻めてきて、あちこちにそんな民間会社があるんやろか?あるいは、民間でできることは民間でという発想?
地球防衛という、それこそ世界の国々の公共事業ともいうべき役割を、なんで民間がやるんじゃ?防衛省的なところが、地球防衛業務を外注するのか?いやぁ、いろんな展開が生まれそうです。
「大変です、総理!ヘルザスター(敵)が総攻撃をかけてきました!!」
「至急、ゼウス技研にゼウス隊の出動を要請しろ!!」
「了解しました!」
「大変です、総理!ヘルザスターの攻撃で大停電!ゼウス技研に連絡がとれません!」
「直接、ゼウス技研に行ってこい!」
「大変です、総理!昨日で契約切れてました!出動要請できませんでした!!」
とか?
昨今、なんでもかんでも民間に移行されてますが、そこへの疑問をなげかけているのかもしれない、そう思った。ギガゼウスは3.11地震の前の作品ですが、国策の原発が民間てどうだろうという疑問にもリンクしてる気がします。
・・・そんな疑問を投げかける作品でもないのかもしれない。ま、よくわかりませんが、とにかく最近の日本社会の問題点が、ギガゼウスのあちこちにちりばめられていると思います。これは、すごい作品だって。
最近、あんな巨大地震・津波があって、このままではいかんと思って、ずっと自分の仕事への姿勢について自問自答してます。いろいろ思うようにいかないこともあります。
なかなか自分じゃ分からず、だんだん行き詰まってきたなぁってときに水野先生の『バッドラック』を思い出し、水野先生の作品を読み始めました。
水野先生の本を読んだり、この作品をみて、強いメッセージ性のある仕事をやりたいと思うようになり、それを通じて、人の役に立てればと考えるようになりつつあります。
なんとなく答えっぽいものがみえはじめているのですが、もうしばらくかかりそうです。答えが見つかるかもしれないし、答えを探すのが答えかもしれないとも思います。
なんだか、水野先生とその仲間達にあれよあれよとはまっていて、一種の宗教じゃなかろうかとさえ思えてくるのですが、こないだのアトリエごはん誕生日スペシャルをみて分かったことは、とどのつまり水野先生はゾウってことだ。
僕が日本を動かす!