(その1)の続きです。

 

大学に入り、マレーシアから来た留学生のグループと仲良くなりました。

政府が派遣した留学生で、女性3人は海辺のコテージで暮らしていました。

ある日、彼女たちの家にご招待されて、一泊することになりました。

夕飯に魚のカレーを作ってくれたのですが、ダイニングキッチンに入るなりくしゃみが止まらなくなり、カレーを口に入れたら火を吹くような辛さで、涙を流しながら食べました。もちろん完食はできず、謝りました。

こじんまりとしたコテージにはベッドルームが二つあり、一つを2名、もう一つを1名(一番仲良しのノリザン)で使用していて、私はノリザンと一緒にダブルサイズのベッドで休むことになりました。

就寝時にノリザンから「私は夜明け前にお祈りをするのだけれど、起こしたらごめんね。」と言われて、確かにお祈りの声で目が覚めたのですが、黙って隣で寝たふりをしていました。彼女たちはムスリム(イスラム教徒)でした。

 

ムスリムは1日に5回礼拝をするそうです。けれど女子の生理中は「汚れ」があるので礼拝できません。女子は肌の露出も控えなければならず、ノリザンは首を見せないために、夏でもストールを巻いていました。くるぶしや手首から上の肌も見せてはいけません。

ノリザンは愛情溢れる女性で、誰に対しても優しく接していたのですが、その彼女が、近くでレイプ事件があった時に「アメリカ人は肌を露出しすぎるからレイプされても仕方ない。」と言った時には仰天しました。日本もアメリカに比べたら女性差別的でしたが、イスラム教では弱者である女性を守るというよりも女性を虐げているように感じました。そして女性のムスリムはその扱いを受けるのが当たり前であり、受け入れているのです。

 

それまで、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の人々と携わって、まだ10代だった私は自分の信仰は何なのだろうと思い始めていました。そして、その人自身を知るためにはその人の宗教が大きく影響するという事実もわかってきていました。日本はその辺が曖昧で、カレンダーの祝日や文化の中に宗教がある感覚で、お墓参りや神社への参拝はあるけれど、私は仏教徒なのかと聞かれたら正直よくわかりませんでした。

どの宗教がいい、とか悪い、とかそんな単純な話ではなく、人は育ててくれた両親が信仰している宗教に多大に影響され、またその宗教下の環境でインプットされた知識が色々なことを決断する時の礎になっていると思い始めていました。例えばそれで居心地の悪さを感じたとしても、私にとってユダヤ人のホストファミリーは家族でしたし、カトリックのセリーは大事な友人でしたし、何も信仰していないと言っていたローリーも大事な友人でした。もちろんムスリムのノリザンも、です。

 

それぞれの宗教観を乗り越えて、私たちは繋がっていました。繋がっていながらも、ママがよく私に言っていた「どんなに親しくなっても宗教と政治の話はタブー」の教えも守っていました。私にとって宗教はその人の一部でしかなく、大事な人は大事な人、それだけでした。

 

ユダヤ人を語る時、祖国イスラエルを追放されて、第2次世界大戦では迫害されて、それでも色々な国で誇りを持って生きている民であること、ユダヤ教を信仰することで自身の中にある尊厳が守られるのだと思いました。ホストファミリーの長女ミンディはキリスト教徒の恋人との結婚を大反対され、最終的には許されて一緒になり男の子も生まれましたが、後に離婚となりました。カトリックはカトリック同士で、とか、プロテスタントでもいくつもの宗派があって、同じ教会に通う人同士との結婚が喜ばれるのですが、それはやはり、似た環境下で育った方が根本的なところで思想が同じだからなのでしょうか。宗教が違うだけで戦争が起きてしまうこともあるくらいですから、きっとそうなのでしょう。生まれ育った環境と幼い頃に植え付けられた思想は、人生の基盤になっているのかもしれません。

 

この話は(その3)に続きます。

 

さて、今日のお客様は遠く香川県からいらっしゃいました。長旅ですね。おつかれさまでした。

夏が過ぎゆくガーデンは枯れた花々の跡なのでお客様には申し訳なく、それに加えてシンボルツリーのハルニレは相当な枚数の葉を虫に食べられています。(涙)

 

八ヶ岳の空気の中、ゆっくりとお休みになれますように。