インディアン居留地のパインリッジをずっと走り続けてレッド・クラウドが眠る墓地に到着しました。

十字架が飾られている墓地に眠るレッド・クラウドは先住民なのか、不思議に思いました。

レッド・クラウドは白人たちとの取引役をした人物でした。つまり彼は白人たちとこれ以上の対立は無謀だと気づいた人物だったのです。伝統派のクレイジー・ホースとは対立関係にあったようです。けれど、彼の墓地に十字架が飾られているのには違和感しかありませんでした。

 

レッド・クラウドが埋葬されている墓地周辺には米政府から資金援助を受けたキリスト教の各宗派が運営していた寄宿舎が「負の遺産」としてそのまま残っていました。ある一定の期間ではありますが、先住民の子供たちは親元から離されて強制的に遠くの寄宿舎に収容されたのです。

建物の写真は嫌気がさしたので撮らなかったのですが、キリスト教の十字架が中心に飾られた、レンガで積まれた西洋風の建物でした。

子供たちは親から引き離され、彼らにとっては全くわからない英語で喋ることを強要され、英語以外の言葉で喋ると罰を与えられたそうです。先住民にとって髪を切るのは、身内が亡くなった時なのに、髪を短く切られて、子供たちは途方に暮れて泣き続けたそうです。この同化教育について、詳しくはこちらをお読みください。

 

 

この時、一人のネイティブ・アメリカンの女性とすれ違い、資料室はどこか聞いたら今日は誰もいないのでお休みだと教えてくれました。

彼女の「どこから来たの?」から私たちは長い間立ち話をすることになりました。

彼女の父親は親日家でアメリカン・インディアン運動(AIM)のリーダー、デニス・バンクスでした。彼も同化教育の被害者でした。先住民の言語、風習、魂を抜かれて、彼は空軍に入り日本に駐留していた時期がありました。その時に結婚したマチコさんという日本人女性がいたそうです。ミチコさんという女の子も授かったのですが、バンクスさんは強制的にアメリカに帰国させられてしまい、その後日本に戻り妻子を探したのですが見つからなかったそうです。

「父は数年に渡り、何度も日本に行って探したのだけれど、見つからなかったの。だから、日本には私のお姉さんがどこかで生きているのよ。」と彼女は言いました。

 

悲しい「負の遺産」である寄宿舎と十字架で飾られている墓地を跡にホテルへと車を走らせました。

途中、美しい夕焼けが空を彩りました。

帰り道、バッドランズを通るのですが、ここでは何百年もの時間が止まっているような感覚を持ちました。

ここで生まれ、ここで育ち、自然と共に、父なる空、母なる大地を崇めて暮らした先住民族。

彼らの平和な生活様式は新しい時代に引き継ぐことはできませんでした。

時は刻まれ、命あるものは生と死を繰り返し、時代は変化する。

ここの自然が何百年前と同じ風景を保っているとしても。

 

ー 続く ー