お隣の換気扇から出つづけている吐き気のするような臭い。
下水と芳香剤のまじったような。
とうとうきのうの朝、苦情を言いにいったの。
出てきたのは大家さんの娘さんだったの。
ごっつい顔でてかてかと光沢もあってひときわ逞しくなっていたの。
まず「大家さんを最近見ないのですがどうされたのですか?」 と訊いたの。
去年なくなりました、と小声で一言。
「ああ・・・そうなんですか・・・」
「たしか頭を打って?」
それ以上は無視されてしまって、だから何? って言いたそうだったの。
でも家で生活してる人が頭うって死ぬのはおかしいと思うの。
意識を失ったから倒れて頭を打つ、の順でしょう。
間があきそうだったので本題に移ったの。
「実は苦情なのですが」
「隣の部屋の換気扇がずっとついてて(以下略)」
聞き終わったところで「これから仕事なので今忙しいので」
といって、あたしがごめんなさいって言おうとしてる前でばたんっと扉をしめて、かちゃっと鍵をかける音がしたの。
まあ、いいわ。
やっと伝えられたのだし。
そうして自分の部屋にもどってお昼ころだったか試しに扉をあけてみるとあの臭いがしなくなってたの。
長かったわ・・・。
部屋の中で何がおきていたのかは結局、わからずじまい。
それより亡くなったことがはっきりしたことであたしは動揺しているの。
人の意識っていうのはきえる物なのだと。
まるで物のようにたしかにそこにあるとあたしたちだれもが認識している、人の意識は。
あたしの意識も、束の間のもので、おんなじようにちっぽけなものであっけなく消えてしまうものなのだと。
そう思って怖く思ってる今の意識もなくなるので結局、おわったあとの事は自分には感じとることができないのね。
そんなの当たり前で、例えるなら生まれる前どうだったを考えればわかるでしょう。
自分にとっては、生まれる前にもどるだけ。
本当に何もない。
それってとってもふつうの人には認めることはたえられない事だと思うのね。
だからあの世があるとか天国があるとかどこかにまだいるとか、一所懸命、人は美化しようとするけれど。
きびしい現実をすぐそばに見せつけられてうろたえているの。
というより具合わるい。
そういえば寝るってことも死ぬ事にちょっと似てるかも。
違いは、起きるか、起きないかだけ。
寝たっていう事はわからない。
自分が死んだ事はわからない。
▼ 2024年4月16日に追記
異音は隣からしていた事 へ。