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Turmuhammet(トゥール ムハメット)のブログ

東トルキスタンは、テュルク(突厥)系民族が居住する中央アジアの地域、すなわちテュルクの土地を意味するトルキスタンの東部地域を指す地域概念。現在では中華人民共和国に占領され“新疆ウイグル自治区”と呼ばれる。“ウイグル”とも呼ばれる。

 

中国ウイルス(武漢新型コロナ肺炎ウイルス、COVID-19としても知られている)が原因で世界の各国の民衆が多大な損失を被っております。アメリカ等は、中国ウイルスが発生する前に、中国共産党(CCP)が流行を隠蔽し、中国ウイルスの実態を世界に知らせるのを遅延させていたと非難しています。中国は当時ウイルスの流行状況をどのように隠蔽したのか、数日前、「内部告発者」がCCPの内部文書を暴露しました。

 

「新新聞」という台湾で出版される情報誌で得られたCCP公式文書によれば、1月3日に中国国家保健衛生委員会が出した「第3号文書」では、今回の疫病の生物試料資源および関連する科学研究活動の管理を強化することが通知され、武漢新型コロナ肺炎の症例試料は当時「高病原性病原微生物(タイプ2)」に分類されていました。

 

「第3号文書」は、すべての関連機関が指定された病原体検査機関に生物学的サンプルを提供し、省レベル以上の保健管理部門の要求に従って病因検査を実施し、引き継ぎ必要な措置を講じることを規定していました。 

 

これからわか​​るように、中国国家保健衛生委員会は早くも1月に関連する伝染病対策を展開し、外部には情報を非公開にすることを決定していました。

 

 

これと同じ時に、中国共産党の公式メディアは、李文亮医師を含む8人の武漢新型コロナ肺炎ウイルスの実情を公開した専門家を「うわさ」を広めたとを非難し、武漢の警察当局は李医師を厳しく叱っていました。特に注意すべきは、この「第3号文書」が発行された1月3日の後、武漢市人民代表大会と武漢市政治協商会議が1月6日から10日まで予定通り開催されました。

 

「新新聞」はまた、中国の権威あるメディアから中央政府高官に提供された秘密の「内部参照」文書を2件入手しました。これによれば、いくつかの遺伝子工学会社が昨年12月下旬に「SARSのようなコロナウイルス」を発見し、武漢市と湖北省に報告したことが明らかです。しかし、湖北省と中国国家保健衛生委員会は、情報を封印すると同時に、昨年12月31日から武漢地元の李文亮医師や他の専門家に警告を出したわけです。

 

 

中国国家保健衛生委員会は1月7日に調査と研究のために武漢に人員を派遣しましたが、彼らは対外的に、“人から人への感染は発見されておらず、1月10日までに病院で感染したケースもありません”、と嘘の報告を出していました。彼らのこの報告は、武漢の病院で疑わしい患者の大きなバックログが当時存在し、人から人への感染も顕著であったという事実と明らかに矛盾しています。少なくとも1月6日以前に、武漢新華病院の呼吸器科医の肺のCTコンピュータ断層撮影(CT)はすりガラスの様でした。その後、1月29日までにこの病院では30人以上の医療スタッフが陽性であることが報告されていました。

 

また、1月6日から10日までの武漢市人民政治協商会議と武漢市人民代表会議でも、武漢市保健衛生委員会は原因不明の肺炎の流行に関する報告を発表せず、11〜17日に開催されていた湖北省の人民政治協商会議と人民代表会議でも、武漢市保健衛生委員会は毎日前日に新しい症例はなかったと報告していました。即ち、中国共産党の各地方でも“最高権力機構”と言われる“全人代”に対しても、行政機関は嘘を言い続けていました。

 

 

しかし、その後の報道から、実際に北京では早くも1月12日、武漢肺炎患者を診断し、上海や深センでも診断された事例があることが知られています。これらの症例は武漢の水産物市場との接触歴がなく、明らかに人から人への感染の症例でしたが、中国国家保健衛生委員会は常に今回の疫病は「予防および管理可能であり」、「人から人へ人を感染も排除しない」と発表していました。

 

今回の件において、武漢市や湖北省の地方政府と中国国家保健衛生委員会は伝染病を隠蔽した責任を問われますが、中国共産党の独裁体制では、彼らは必ずより高いレベルの北京中央にも報告するはずです。したがって、北京中央政府は今回の疫病の実態について最初から分かっていたと推測されます。

 

これまでの経緯を見ますと、中国当局は武漢新型コロナ肺炎の初期段階では実情を隠蔽し、ウイルスが大きく拡散した実態に遭遇してから、慌てて武漢などの大都市の閉鎖を命令しましたが、それまでの20数日間、中国人は世界中に飛び続き、結局は世界的な大流行を引き起こしていました。この意味では、CCPはこの人類に対する「人的災害」の責任を負う必要があります。

インターネット情報誌「寒冬」によると、チャイナ当局はウイグル人教師と生徒に対する「同化」、「漢人化」政策を押し進める為に、各学校で「豚肉を食す」特別実習授業を開設し、強制的にウイグル人教師と生徒に豚肉を食べさせていました。

ウイグル人の人口が圧倒的に多い東トルキスタン南部で、ウイグル人生徒に漢語(中国語)を教える漢人教師は、インターネット情報誌「寒冬」に対し、上述の事実を明らかにしました。

この教師によると、昨年5月以来、彼らの学校は「豚肉を食べる」に関する特別実習授業を設けて、ウイグル人の伝統文化を排除する目的で、漢人(中国人)の慣習を植え付ける様強制しました。

「学校では、各クラスのウイグル人生徒に対し、愛国心と政治的イデオロギーに基づく教育が必要になっています。その内容は、基本的に子供たちは漢人の伝統的祭を体験すること、中国人の食文化に慣れること、ドラゴンボートフェスティバルで餃子を食べ、中秋節で月餅を食べることを余儀なくされます。これらはハラール食品ではないので、子供たちは非常に苦痛を感じていました。」とその教師が語っていました。

 2018年10月、東トルキスタンのカシュガル市にある小学校のウイグル人教師が漢人レストランで食事をするように手配され、豚肉の煮込み、豚足その他の漢人料理を食べさせられました。

 「ウイグル人の教師がもし食事を拒否すれば、思想に問題があると言われ、、「二枚舌(二面人)」として扱われ、「再教育センター」という名の強制収容所に送られます」、この教師は「寒冬」にこのように告発していました。

 ウイグル人の幹部でさえ、豚肉を食べることを余儀なくされる政策から逃れることはできません。  2019年4月、コルラ市のあるウイグル人町長が豚肉を食べることを拒否したために免職処分を受けました。

 強制収容所に収容されたウイグル人ムスリムにとって、彼らの状況はさらに悲惨です。  2018年11月、カシュガル市政府当局者は、強制収容所に拘束されているウイグル人がもし豚肉を食べないなら、他の食事は提供せず、餓死してもよいという指示を出していました。もし豚肉を食べるウイグル人が現れば、チャイナ共産党の党員になってもらい、ほかのウイグル人が見習いする模範にしています。この様な強制収容所から 釈放されたウイグル人は、最近「寒冬」に対し、収容所の中のウイグル人はほとんどが豚肉を食べることを拒否して、飢え死になることを好むため、CCPは非常に苛立たせている、と打ち明けました。

 

イタリアの人権団体が運営するネット誌「寒冬」次の様な恐ろしいウイグル人集団虐殺の事実を暴露しました。チャイナ共産党の昔からの弾圧史を鑑み、これは事実であることには間違いないです。

 

ある人民解放軍兵士は、「寒冬」に対し次の事実を告げ、自分が東トルキスタン(新疆ウイグル自治区)のウイグル人を鎮圧する「殺人機械」になっていたことを悔やんでいました。彼は次の様な内容を告発しました。

 

「それは2013年の夏でした。とある省の山の中で新疆人(即ちウイグル人ー筆者)100人以上を密かに処刑しました。彼らはウイグル人のように見えていました。中には子供たちもいました。上司からの命令で、彼らを処刑することは安定維持のためだと言われていました。このウイグル人は武装一つも持っていませんでした。我々は95発のライフル(95タイプの自動小銃)で発砲しました。上空ではヘリコプターの監視もあり、彼ら(処刑されるウイグル人ー筆者)はどこへも逃げられません」。

 

彼はまた、彼らが最初は軍事演習だと言われて、現場で初めて殺害任務を遂行することを知りました。その時の作戦は特別に厳密にブロックされ、どこにもバレていない筈です。

 

福建省のある退役兵士は、「数年前、私たちの部隊は新疆(東トルキスタンー筆者)のある村に送られ、新疆の人々(ウイグル人ー筆者)を虐殺しました」と語った。「私たちの部隊長の命令に従い、日中に部隊は私服を着て、その村にいる漢人(中国人移民ー筆者)の人々に密かに知らせを配り、必ず新聞紙で家の窓ガラスを遮断させました。夜寝るときにドアがロックし、外で何が聞かれても、絶対に外を見てないで、家の明かりもつけないでじっとする様に伝えました」。

 

この退役軍人によると、「地元の漢人は、夜に“バーン、バーン”という銃の音を聞き、翌日は村のウイグル人が全員姿を消したことが分かりました。部隊長によると、ウイグル人は全員殺害され、血などはきれいに洗い流されたそうです」。

 

チベット人に対する弾圧の事例も明らかにされています。

 

山東省のある退役軍人は2011年にチベットに送られ、チベット人の抑圧に参加しました。 「ラマの反乱を弾圧すると指揮者に言われ、行きました。それが本当かどうかはわからないが、私たちが行かないかと処分されます。チベット人が宗教を固く信じていることは誰もが知っていますが、中国は信仰を許さないです」、と彼が語りました。

 

「私たちが行ったとき、車は完全に覆われていました。車には光がありませんでした。私たちがそこに行ったとき、目隠し様の眼鏡を着用しました。反抗的なラマの住む場所に行くと言われました。」と、この兵士が「寒冬」の記者に言いました。「彼らが取り囲んだ後、(人が来たら)中に入れることは許されたが、中から外に出ることは禁止になりました。抵抗した人々は沢山殺害されました。僧侶を多く殺した兵士は、一級功徳で表彰され、それより少ない兵士は二級功徳を享受し、この様に人を殺した数によって、称号と賞状が与えられました。」

 

北東地方出身の別の退役軍人は、ラサにおける鎮圧作戦中に「死んだ」彼の同志の一人の話を語ってくれました。

 

「2008年、私たちは全員ラサでの暴動を鎮圧する作戦に参加しました。私の戦友の一人が、重傷を負いながら、軍当局は彼への救急治療を放棄しましたので、結局死んでしまいました」。兵士たちは、軍当局によってチベット人を撃つために統一行動を取るように命じられていました。もし彼らが行かなかった場合、軍法によって処刑されると言う。作戦中、発砲を受けたチベット人側が反撃し、ガソリンで満たされたボトルに火をつけ、軍隊に投げてきました。多くの兵士が火炎瓶に焼かれました。彼の最も親しいも負傷しました。「兵士一部には90%の火傷を持つものもいました。彼らを治癒すれば、莫大な治療費を国が負担しなければなりません。そこで、軍当局は治療を中止し、兵士が死んだ後は遺族に直接通知してました。その退役軍人は驚く様な証言をしました。

 

「私の戦友には、病院が火傷を治療するための薬を与えていなかったのです。」退役軍人はいい続けました。「戦友がベッドに横になって話していた時、まだいい声でした。その後、医師が瓶に何かを追加してから、彼は段々話すことができなくなり、結局は死んでしまいました。」

 

なんと恐ろしい光景でしょう!

 

   

 

ホワイトハウスの元顧問であるバノン氏は最近、元米国務長官のヘンリーキッシンジャー氏をYouTube番組でで厳しく非難し、キッシンジャー氏が率いるアメリカ政治エリートとウォールストリートの企業グループが過去50年間その利益のためにチャイナ共産党(以下CCP)に屈したことを暴露しました。

 

スティーブ・バノン氏は直接キッシンジャーを問い質しし、「キッシンジャーさん、自由世界秩序についてあなたの言うことはもう聞きたくない。あなたには罪があります。あなたは過去ベトナム戦争で流された血にまみれていました。それと同時に、あなたは中国共産党の代弁者でもあります。それ以上に、あなたはまた中国共産党から血で汚されたお金を得てきています。中国共産党は何十年もの間あなたにお金を与えてきました。これはすべて明らかにされます。」

 

バノン氏はまた、CCPと取引を行うすべてのウォールストリート企業グループと大企業、およびCCPと協力するシンクタンクなどに対し、「全世界があなた達を裁きます。あなた達は悪魔と同じくらい悪人です、実際あなたはもっと悪いです。」と激しく批判しました。

 

「あなた達は、CCPが法輪功を迫害し、臓器を生きたまま採取したことを知っています。また、CCPがウイグル人、チベット仏教、カトリックとキリスト教を迫害していることも知っています。(89年6月4日)天安門事件も知っています」とバノンは述べていました。キッシンジャーやアメリカの一部経済エリート達は、CCPの専制政治の下で自由のために戦ったすべての人が苦しんでいる苦しみをよく知っていながら、利益の為にCCPの独裁政権に屈し、「手を血で染めていました」。

 

バノン氏は、「私の人生の最後の瞬間まで、私はあなた達と戦い、真実を明らかにします。私たちはその戦いをまずキッシンジャーから始めます。」とご自分の決心を明らかにしました。

 

また、バノン氏は共産党政権と“中国人”を区別すべきと主張しています。「私たちは中国人民の自由のために戦っています」、中国人民は中国共産主義の悪魔の支配下にあり、最も直接的な犠牲者である、と指摘。

 

バノン氏がいうのは、何十年もの間、誰もがそれ(チャイナ共産党とチャイナ人が違うという概念と考え)を避け、問題をすり替えていました。「なぜ人々はそれを避けていたのか。それはただ単に金儲けのため。中国人の奴隷労働者を雇うことはミシガン州とペンシルベニア州の労働者を雇うより高い利益を得ることができるからです。」

 

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キッシンジャーのプロフィール

 

キッシンジャーは元米国の国家安全保障顧問であり、後にニクソン政権の国務長官を務め、ウォーターゲート事件の後、彼はフォード政権でも同じ役職を続けていた。

彼は1971年に2度中国を訪問し、それが1972年のニクソン大統領の砕氷の旅に貢献し、中米の外交関係を正常化した。 1979年、アメリカは中華民国の承認をあきらめ、中国共産党との外交関係を樹立しました。

1989年の天安門事件で、キッシンジャーは日本の読売新聞と西ドイツ日曜日のニュースに「天安門事件は内部問題である」と「アメリカは中国をあきらめることはできない」という記事を発表した。キッシンジャーは、CCPが6月4日「天安門虐殺」事件の危機を無事に通り抜くことができた要因の1つでした。

1982年、キッシンジャーは、英国および米国の多数の政治家や多国籍企業家を含むコンサルティング会社Kissinger Associaten Inc.(以下、KAIといいます)を設立した。その主な事業は、米国の大企業の海外展開に関する政策コンサルティングを提供すること。その目的は、企業が中国でビジネスを拡大するのを助けること。キッシンジャーの顧客の90%は、中国と取引しているヨーロッパとアメリカの企業。

キッシンジャーには、JPモルガンチェイス、アメリカンエキスプレス、AIG、コカコーラ、GTEコミュニケーションズ、ハインツフード、ボーイング、韓国大宇、メルクファーマシューティカルズ、フリーポートカンパニー、スタンダードチャータードバンク、エリクソン、ベルテレフォン、ボルボなどの有名な顧客企業がついています。

彼は中国共産党四世代指導者と直接お会い出来た唯一の外国の政治家。中国共産党の指導部は、キッシンジャーを50年にわたり「中国国民の友」と見なしてきた。

 

1971年、毛沢東と会見        周恩来総理は宴会でキッシンジャーに

                    料理を上げている

 

 

鄧小平と会見するキッシンジャー       習近平と会見するキッシンジャー

 

      

キッシンジャーに傘を差し上げる     キッシンジャーの手を連れている王岐山

温家宝首相

創価学会の池田会長と会談するキッシンジャー

 

  

トランプ大統領と面会しているキッシンジャー 田中角栄首相と会見しているキッシンジャー

 

 

 

 

 

 
2020年4月11日現在、武漢新型コロナ肺炎ウイルスは中央アジアの国々にも広がっています。
 コロナウイルスの流行によりカザフスタンで宣言緊急事態が宣言されて、今月末まで延長された。 カザフスタンにおける武漢ウイルスによる死亡者数は9人に増加し、感染者数は802人に増加しました。
キルギスタンの死者数は5人、感染者数は298人、ウズベキスタンの死者数は3人、感染者数は624人となっています。

中東では、イスラエルの死亡者数は92人、感染者数は10,095人に増加。  1000人以上が治療で回復。
コロナウイルス感染の為に、アルジェリアでは235人、モロッコでは97人、ヨルダンでは7人、チュニジアでは25人、オマーンでは3人が死亡しました。
 イエメン政府は初めて、1人が感染したと発表しました。 
 イラクでは、68人が亡くなり、1,202人が感染しました。国防省は、武漢ウイルスで一部の上級軍事指揮官が死亡したと発表。
ガザには13人のパレスチナ人が感染し、パレスチナで合計263人が感染しています。 欧州連合(EU)は、武漢ウイルスとの戦いに使用する目的でパレスチナに7100万ユーロの援助を提供すると発表した。