Turmuhammet(トゥール ムハメット)のブログ

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東トルキスタンは、テュルク(突厥)系民族が居住する中央アジアの地域、すなわちテュルクの土地を意味するトルキスタンの東部地域を指す地域概念。現在では中華人民共和国に占領され“新疆ウイグル自治区”と呼ばれる。“ウイグル”とも呼ばれる。

3月26日土曜日、アメリカの「メフリバン・アナ・ウイグル学校」において、独立研究者のニロラ・アリマ氏が「中国の第15次五カ年計画と、それがウイグル地域および世界のサプライチェーンに与える影響」というテーマで講演を行った。


この講演会はアメリカ・ウイグル協会の主催により開催され、参加したウイグル人コミュニティの関心は、改めてウイグルにおける強制労働問題に集中した。


現在、ニロラ氏は「グローバル・ライツ・コンプライアンス(Global Rights Compliance)」において、ビジネスと人権に関する研究・調査のコンサルタントとして活動しており、サプライチェーンの追跡、強制労働、越境的な抑圧に関する専門的な研究を行っている独立研究者である。現在の主な関心は、中国に関連するウイグル問題に向けられている。


今回の講演では、中国政府が長年にわたりウイグル人に対して実施してきた強制労働政策について説明するとともに、ジェノサイド政策の重要な構成要素である強制労働の性質、形態、運用プロセスについて詳しく論じた。


特に、ウイグル強制労働が従来の工場や農業といった労働集約型分野にとどまらず、地下資源の採掘や電力エネルギー分野にまで拡大し、より隠蔽的で危険性の高い形態へと変化している点を強調した。


講演の過程では、「グローバル・ライツ・コンプライアンス」において強制労働対策プログラムを統括する著名な研究者であり、ニロラ氏の同僚でもあるサミール・ゴスワミ(Samir Goswami)氏も、参加者からのウイグル強制労働に関する質問に答えた。


また、3月30日には同団体が「供給の遮断と労働力の搾取:中国の新疆における五カ年計画の実態」と題する報告書を発表した。


ニロラ氏が執筆したこの報告書では、中国が東トルキスタンの資源にどの程度依存しているか、また強制労働のリスクについて調査が行われ、多くの証拠が提示された。その上で、次のような結論が導かれている。


すなわち、新疆における少数民族に対する強制労働配置システムは、第15次五カ年計画期間中において、より大規模に、より構造的に深化し、さらに高度な技術的監視の下で継続されるというものである。


このメカニズムは、極めて明確に「固定化され、不可逆的なもの」として設計されている。

国際秩序はいま、大きな転換点に差しかかっている。冷戦後に広がったグローバル化の時代は終わりを迎えつつあり、国家と国家が力で均衡を保つ「地政学の時代」が再び前面に現れてきた。こうした変化を鋭く分析しているのが、安全保障専門家の長尾賢である。本稿では、彼の視点をもとに「2026年以後の世界」がどのように変化するのかを読み解いていく。

■ グローバル化の終焉とブロック化する世界

1990年代以降、世界は「自由貿易」と「相互依存」を軸に発展してきた。しかし2020年代に入り、その前提は大きく揺らいでいる。米中対立、ロシアの軍事行動、サプライチェーンの分断などにより、各国は経済合理性よりも安全保障を優先するようになった。

長尾氏は、2026年以後の世界を「ブロック化の時代」と位置付ける。すなわち、世界は単一の市場ではなく、価値観や安全保障を共有するグループごとに分かれていくという見方だ。

この構図の中心にあるのが、アメリカを軸とする陣営と、中国を中心とする陣営の対立である。かつての冷戦と異なり、経済面では依然として結びつきが残るものの、技術・軍事・資源の分野では急速に分断が進む。半導体、エネルギー、食料といった基盤領域において、各国は「自国陣営内での完結」を志向するようになるだろう。

■ インドの台頭と新たなパワーバランス

長尾氏の分析で特に重要なのが、「インドの役割」である。彼は、今後の世界秩序を左右する最大の変数としてインドを挙げる。

インドは人口で中国を上回り、経済成長も著しい。また地理的にはインド洋の中心に位置し、エネルギー輸送の要衝を押さえている。この地政学的優位性により、インドは中国の海洋進出を抑制する鍵となる。

ここで注目されるのが、Quad(日米豪印)の枠組みである。この連携は単なる外交対話にとどまらず、軍事・経済・技術の各分野で協力を深めつつある。

長尾氏の見方では、日本にとって最も重要な戦略は「インドとの関係強化」である。中国との直接対峙だけでなく、インドを含む広域のバランスを構築することが、日本の安全保障を安定させる鍵となる。

■ 中国の長期戦略と持続する緊張

一方で、中国は独自の長期戦略を着実に進めている。代表的なのが「一帯一路」であり、ユーラシアからアフリカにかけてインフラと影響力を拡大している。また南シナ海の軍事拠点化や台湾周辺での圧力強化など、海洋進出も加速している。

長尾氏は、中国の行動を単なる短期的な動きではなく、「数十年単位の国家戦略」として捉えるべきだと指摘する。そして、この戦略と米国主導の秩序は構造的に衝突するため、緊張は長期的に続くと見る。

特に台湾海峡は、今後の最大のリスク要因である。ここでの衝突は、単なる地域紛争にとどまらず、世界経済全体に深刻な影響を与える可能性が高い。

■ 日本が直面する現実

こうした環境の中で、日本はこれまで以上に厳しい選択を迫られる。長尾氏は、日本の課題として主に三つを挙げている。

第一に、防衛力の強化である。従来の専守防衛の枠組みを維持しつつも、抑止力を高めるための能力整備が不可欠となる。

第二に、経済安全保障の確立である。半導体やエネルギー、食料といった基盤分野での自立性を高めなければ、国際環境の変化に耐えられない。

第三に、外交戦略の再構築である。米国との同盟を軸にしつつも、インドや東南アジア、さらには中東やアフリカとの関係を強化する多層的な外交が求められる。

日本はもはや「受け身の平和国家」ではいられない。主体的に環境を形成する意思と能力が必要とされている。

■ 2026年以後の世界像

長尾氏の視点から描かれる2026年以後の世界は、次のように整理できる。

  • 世界は複数のブロックに分かれる
  • 米中対立は長期化する
  • インドがパワーバランスの鍵を握る
  • 経済と安全保障は不可分となる
  • 日本は戦略的自立を迫られる

これらは決して悲観的な未来予測ではない。むしろ、変化の方向性を正確に理解することで、リスクを管理し、機会を見出すことが可能になる。

■ おわりに

2026年以後の世界は、これまでの延長線上にはない。安定したグローバル秩序は揺らぎ、国家の意思と戦略がより直接的に結果を左右する時代が到来する。

長尾賢の分析は、その変化を理解するための有力な視座を提供している。特にインドの重要性や、インド太平洋という広域での力の均衡という考え方は、日本にとって極めて示唆に富む。

これからの時代に必要なのは、「変化を恐れること」ではなく、「変化を前提に考えること」である。世界の設計図はすでに書き換えられつつある。その中で日本がどの位置に立つのか――それは、私たち自身の選択にかかっている。


「新疆」という植民地名称の使用と、東トルキスタン問題に関する「中立性」主張への反論

東トルキスタン亡命政府 声明

東トルキスタン亡命政府は、近年一部の海外評論家によってなされた主張、すなわち中国が用いる植民地的名称「新疆」が私たちの祖国および現在の危機を表す最も「正確」な名称であり、この用語を使用することは政治的立場を意味しないとする見解を、断固として拒否し強く非難する。

このような主張は事実に反しており、中国政府が推進してきた政治的な言説をそのまま繰り返すものである。

中国が用いる「新疆」という名称は、私たちの祖国を表す最も正確な名称でもなければ、現在この地域で起きている危機を適切に表すものでもない。これは占領勢力によって付けられた植民地的な政治名称である。

この国の歴史的かつ民族的名称は東トルキスタンであり、現在の危機は、中国による軍事侵攻、継続的な占領、そして植民地支配の結果として生じている。

東トルキスタンは、ウイグル人の祖国であるだけでなく、カザフ人、キルギス人をはじめとするテュルク系民族の歴史的な故郷でもある。この名称は中国が導入した植民地用語よりもはるか以前から存在しており、歴史的にはトルキスタン地域の東部を意味する名称として用いられてきた。

また「東トルキスタン」は、かつて存在した二つの主権国家の正式名称でもある。
それは
 • 第一東トルキスタン共和国(1933年〜1934年)
 • 第二東トルキスタン共和国(1944年〜1949年)
であり、いずれも1949年の中華人民共和国による軍事侵攻と占領以前に存在していた国家である。

これに対し、中国の名称である「新疆」は「新しい領土」を意味する言葉であり、中国軍の侵攻と占領の後に、新たに中国の支配下に置かれた地域を指すために付けられた名称である。したがってこれは中立的な地理的名称ではなく、占領と植民地支配を前提とした政治的名称である。

この植民地名称の使用を拒否することを「偽善」であると批判する主張も見られるが、これは現実を歪めるものである。占領された民族が、自らの祖国の歴史的名称を用い、占領者によって押し付けられた名称を拒否することは、決して偽善ではない。

むしろ、政治的意味を持たないと主張しながら植民地用語を使い続けることこそが、真の意味での偽善と言える。

名称の問題は決して些細なものではない。占領と植民地支配の状況において、言葉は政治的理解を形作る重要な要素となる。

現在、東トルキスタンでは
大量拘束、強制労働、強制不妊手術や強制中絶、家族分断、そしてテュルク系・イスラム文化や宗教的アイデンティティの破壊など、民族そのものの存続を脅かす政策が実施されている。

こうした状況の中で植民地用語「新疆」を常態化させることは、中国政府が進める民族消去の戦略を結果的に正当化し、支えることにつながりかねない。

国際法および国連憲章が認める脱植民地化の原則、さらに国連総会決議1514号(1960年)に基づき、東トルキスタンの人々は自己決定権を有している。これは独立および国家主権の回復を含む不可侵の権利である。

東トルキスタン亡命政府は、各国政府、国際機関、研究者、ジャーナリスト、人権団体に対し、中国の植民地名称「新疆」ではなく、歴史的かつ民族的名称である東トルキスタンを用いるよう強く呼びかける。

占領者が押し付けた名称によって、民族の歴史と存在が消し去られることはない。

東トルキスタンは植民地支配以前から存在しており、外国の占領下にある今日においても存在し続けている。そして、独立が回復されたとき、自由で主権を持つ国家として再び世界に存在することになるだろう。

中国の政治は「150年前の日本」なのか?

――歴史比較から見える中国🇨🇳の現状


「中国の政治は、日本の150年前に相当するのではないか」

この見方はやや刺激的ですが、歴史的な視点から見ると一定の意味を持っています。本記事では、日本の自由民権運動期と現代中国を対比しながら、この議論の本質を整理してみます。

■ 日本の19世紀――強い国家と「自由」の芽

明治維新後の日本は、急速に近代国家へと変わっていきました。中央集権体制のもと、政府は主導的に改革を進め、国の基盤を整えていきます。

しかしその一方で、国民の政治参加は極めて限定的でした。

この状況に対して広がったのが自由民権運動です。人々は議会の開設や憲法の制定を求め、「政治は一部のものではない」という意識が社会に広がっていきました。

重要なのは、この時期に

👉 国家に対して国民が要求を突きつける構図が生まれたこと

です。

つまり日本は、強い国家のもとにありながらも、民主化への入口に立っていたと言えます。

■ 現代中国――強い国家が支配する構造

では、現代の中国はどうでしょうか。

中国は経済的には世界有数の大国であり、都市開発や技術分野でも大きな成果を上げています。しかし政治体制は、中国共産党による一党支配が続いています。

・政権交代を前提としない政治構造

・言論や報道への強い統制

・政府批判の難しさ

こうした特徴から見えてくるのは、👉 国家が圧倒的な主導権を握り、政治参加が制度的に制限されている状態

■ 「150年の差」と言われる理由

日本の自由民権運動期と比較すると、違いは明確です。

当時の日本では、国家の統制が強い中でも、民間から政治参加を求める動きが拡大していました。社会の中に「国家 vs 国民」という緊張関係がすでに存在していたのです。

一方、中国では、社会の不満は存在するものの、それが制度改革へとつながる形で表に出る仕組みは限定的です。むしろ国家がその芽を抑える構造が整っています。

この違いから、

👉 中国は「民主化の入口」に至る前段階にある

という見方が生まれ、「150年の差」という表現につながっています。

■ 経済成長と政治の成熟は別問題

ここで重要なのは、経済発展と政治的成熟は一致しないという点です。

中国は急速な経済成長を遂げましたが、それがそのまま政治的自由の拡大を意味するわけではありません。むしろ、経済発展を背景に国家の統治力が強化されている側面もあります。

このモデルは短期的には安定をもたらしますが、長期的には新たな課題を生む可能性があります。

■ 単純な優劣ではない

ただし、「遅れている」という単純な評価には注意が必要です。

中国は巨大な人口と多様な地域を抱え、独自の歴史と政治体制を持っています。そのため、日本と同じ道をたどるとは限りません。

それでもなお、どの社会においても避けて通れない問題があります。

👉 権力をどう制限するのか

👉 国民の意思をどう政治に反映するのか

これは普遍的な課題です。

■ 中国の現在地とこれから

中国は今、大きな分岐点にあります。

これまでのように

・経済成長を優先し統制を維持するのか

それとも、

・大胆な政治的な改革へと進むのか

この選択は、中国だけでなく世界全体に影響を与えます。

■ まとめ

中国🇨🇳の政治体制は日本より「150年遅れている」という表現はあくまで一つの比喩ですが、一部の中国を先進国の様に見る日本人には、目覚ましの衝撃を与えるのではないでしょうか。

👉 中国が今どの段階にあり、どこへ向かうのか

という点は、我々が正しく中国🇨🇳の現状を認識するには有益で重要です。

日本もかつて、強い国家のもとで自由を模索する時代を経験しました。中国もまた、異なる形で同じ問いに直面していると言えるでしょう。

その答えがどのような形になるのか

それは、これからの国際社会を大きく左右するテーマです。


今年、愛知県の 小牧基地 で開催された航空祭に参加しました。

まず率直な感想を言えば――とにかく人がすごかった。


基地に向かう道中からすでに長蛇の列。駅からの移動も、シャトルバス待ちも黒山の人だかり。ようやくゲートにたどり着いた時には、すでにひと仕事終えたような気分でした。帰りもまた同様で、基地を出るまでにかなりの時間がかかりました。それだけ多くの人が、この空の祭典を楽しみにしていたということでしょう。


会場内もまさに人、人、人。滑走路前は隙間を探すのも難しいほどでした。しかし、不思議と苛立ちよりも高揚感のほうが勝っていました。空を見上げる何万人もの視線が、一斉に同じ方向を向く。その一体感は圧巻でした。

今年も、ブルーインパルス が参加し、綺麗に晴れていた青空に描かれる白い軌跡に、ひときわ大きな歓声が重なっていました。老若男女が同じ空を見上げ、同じ感動を共有していました。


しかし、この平和な光景の裏側で、アジアの安全保障環境は厳しさを増しています。

中華人民共和国 は南シナ海で軍事拠点化を進め、周辺国との緊張を高めています。さらに 台湾 に対する軍事的圧力も強まり、台湾海峡の緊張は国際社会の大きな懸念となっています。東シナ海でも日本周辺での活動が活発化しており、威圧的な動きが報じられることもあります。


そうした現実を思うと、黒山の人だかりの中で見上げた青空の意味が変わってきます。

あの空は、ただ美しいだけではない。多くの人々が安心して集い、子どもたちが笑顔で航空機を見上げられるのは、日々の訓練と備えがあるからこそです。


行きも帰りも大変でした。正直、足も疲れました。

それでも、あの光景を思い出すと「行ってよかった」と心から思えます。


平和は自然にそこにあるものではなく、守られているもの。

黒山の人だかりの中で、私はその事実を強く実感しました。


来年もまた、あの混雑を覚悟のうえで、青空を見上げに行きたいと思います。



2023年 月 日()


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