アルゼンチンのミレイは、完全にアタオカ大統領である。

アルゼンチンをはじめ中南米諸国は、過去にワシントン・コンセンサス(米国とIMFによるネオリベ政策の押しつけ)に苦しんできた過去があるが、まさか21世紀になってまたこの愚行を繰り返す国が現れるとは思わなかった。

本稿では、昨年末にアルゼンチン大統領に就任したハビエル・ミレイを扱う。


https://news.cube-soft.jp/article/3866215
上記画像は自身の論文「インフレの終焉(2023)」の表紙である(笑)

【目次】
①ネオリベラリズムとファシズムの悪魔合体「国家コーポラティズム」
②ミレイ前後の通貨価値とインフレ率
③IMFと米英の「負債の網」を介したアルゼンチン支配
④財政赤字と中銀の買いオペの禁止
⑤ケインズとマルクスの真逆を行く!



https://apnews.com/article/trump-javier-milei-democracy-populism-orban-450fed8348769975506d1da5e61da184
トランプに絶賛されていることからも、だいぶ狂った人物なのだろうと想像できる。
 

①ネオリベラリズムとファシズムの悪魔合体「国家コーポラティズム」

 

ハビエル・ミレイは昨年12月に大統領に就任した、極右の超ネオリベ経済学者(大学教授)だ。

過去に、HSBCホールディングスアルゼンチン支部シニアエコノミストを歴任し、世界経済フォーラムのメンバーを務めるなど実に香ばしい経歴を持つ。

12月10日の就任と同時に19あった省を半減させる大統領令に署名した。
身を切る改革どころか自滅案でしかない。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%93%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%83%AC%E3%82%A4

現在は下記「オムニバス法」をゴリ押ししている。

 

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オムニバス法は、「アルゼンチンの歴史に転換点を示すことを目指す」リベラル改革計画の第3弾にして最終案として、12月にハビエル・ミレイによってアルゼンチン議会に提出された。
この法律は、最大20の法律を修正する664の条項からなるメガプロジェクトであり、特に国営企業の民営化、年金制度の変更、選挙制度の変革、環境規制の緩和、教育改革、賃金上昇などを扱っている。
公共のデモや抗議活動に対する罰則、警察の対応の強化も促す。
https://globalvoices.org/2024/02/20/president-javier-mileis-parcel-of-laws-to-deregulate-argentina-approved-by-the-argentine-congress/
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上記オムニバス法案にあるように、なぜ「メガ自由化」を謳うネオリベが、デモを取り締まるなど「専制主義国」化を後押しするのか理解に苦しむ人も多いだろうが、これは、イタリアのムソリーニ政権、チリのピノチェト政権、日本の橋下維新府政を研究すると見えてくるものがある。
その共通項は、ネオリベラリズムとファシズムの悪魔合体となる「国家コーポラティズム」だ。

新アメリカ財団上級研究員のジョエル・コトキンの「企業・国家による専制政治の台頭」には、「企業の力は、ファシズムのイデオロギーにとって不可欠である」、「ファシストのコーポラティズムが、私的利益の自律性を否定することによって、"ステークホルダー資本主義 "や環境の "グレートリセット "といった今日の流行の理論と類似している」と綴られている。

参考:
▼激論!維新はナチスか?
https://ameblo.jp/cargoofficial/entry-12724265511.html

ミレイらがファシスト的性格を持つことは憶測でもなんでもない。
例えば、ミレイが就任後に法務長官に、イスラエル大使館爆破事件に関与したネオナチを任命したことで騒ぎになったりしている。
https://www.haaretz.com/israel-news/2023-12-03/ty-article/argentinas-melei-appoints-former-neo-nazi-as-head-of-national-top-legal-office/0000018c-3023-da74-afce-b5fb4d9d0000

ちなみに、上述のミレイの「オムニバス法」は上院で可決、下院では否決され、現在再審議中であるが、本格的に舵が切られたら大惨事になることは言うまでもない。

 

 

②ミレイ前後の通貨価値とインフレ率


コロナ禍の供給制約によるインフレや通貨安を背景に、アルゼンチンは2020年5月22日には6年ぶり9度目となるデフォルトを記録した。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59496900T20C20A5000000/

ミレイの大統領就任前から通貨価値は下がり続けていたが、今般の高インフレの大きな原因は、アメリカのFRB=連邦準備制度理事会が2022年から始めた利上げだ。
ドル高が進んでペソの値下がりに拍車がかかった形だが、通貨安がインフレの主因になっていると言われる。
https://www3.nhk.or.jp/news/contents/ohabiz/articles/2023_0928.html



22年2月から現在までにペソの価値が1/8にも下がっている。

ミレイ就任直前(360ペソ)から比べてもたった2ヶ月あまりで価値が半分以下となっている。
ルイス・カプート新経済相が昨年12月12日に、公式為替レートを1ドル800ペソまで切り下げると発表し、切り下げ幅が約50%となったためだ。

ミレイが高インフレに対しデノミしか行わなかったのは財政政策を嫌ったためであり、また、後述するが自身の論文内で語られるように「通貨切り下げがドル化移行のハードルを下げる」との理由からだった。
デノミによる更なる通貨価値の引き下げに何の意味があるのか筆者にはよくわからないが、彼は意図的に通貨価値の引き下げを行っているようだ。

アルゼンチンのインフレは、いわゆるコストプッシュ・インフレとなるが、ここに南米特有の供給能力の低さも加わり高インフレへと繋がった。

そのインフレ率は、現在254%に到達している。
ミレイ政権移行後もその勢いは止まらない。


https://jp.tradingeconomics.com/argentina/inflation-cpi

3年間100%を超えるインフレが続けば定義上ハイパーインフレとされるが、おそらくもう既にその域に達している。

 

 

③IMFと米英の「負債の網」を介したアルゼンチン支配


先日、アルゼンチンの貧困率は57.4%と過去20年間で最高に達すると調査機関が発表した。
https://business.inquirer.net/446087/poverty-in-argentina-hits-20-year-high-at-57-4-study-says
このアルゼンチンにおけるミレイの経済政策をIMFが評価している(笑)

 

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ミレイ氏は地元ニュース放送局TNとのインタビューで、現在年間200%を超えるインフレを抑制するために金融当局が紙幣を増刷するのを阻止するよう努めると述べた。

「IMFは私たちの活動に非常に満足しています」と、その日の早い時間に同基金の第一副マネージングディレクターであるギタ・ゴピナートと会談した後、ミレイ氏は語った。

ゴピナート氏は声明で、ミレイ政権の「初期の行動は実を結び始めているが、今後の道は依然として困難である」と述べた。

IMFは、強力な財政基盤を確立しようとするアルゼンチンの努力を認めた。アルゼンチンは12月、現地通貨ペソを米ドルに対して50%以上切り下げた。
https://business.inquirer.net/446858/argentina-president-wants-central-bank-penalized-for-financing-treasury
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IMFが、親米/反中・極右・ネオリベのミレイを評価するのはIMFの歴史から考えると極めて自然なことだ。
IMFと米英の「負債の網」を介したアルゼンチン支配は半世紀以上前から続いている。

金融の力を使った支配は「新植民地主義」とも呼ばれ、コンプラドール(竹中平蔵のような工作員)が代理人となり、IMFや米国系の金融機関に対し、融資を要請する代わりに国の生産手段となる鉱山やインフラを融資の担保として組み入れ、債務不履行が視野に入るとそれを売り飛ばすといった手法がとられてきた。
ミレイが掲げている「公共の民営化」がそれである。

参考:
▼MMT派ハドソン教授「ドル覇権の終焉(Ⅳ)」 -全体主義からの脱獄⑲
https://ameblo.jp/cargoofficial/entry-12818472293.html

上記リンク先の鼎談で、ハドソンやペティフォー、デサイは、グローバルサウス国が債務の網を脱するためにはIMFや世銀と縁を切る事だとの大胆な処方箋を提案している。

アルゼンチンは昨年、BRICS+に加わるはずだったが、ミレイが脱退を宣言し、現在は多極化陣営(BRICS+等)からアングロサクソン互助クラブへの加盟に急いでいるといったところだろうが、ロクなことにはならないと忠告したい。

 

 

④財政赤字と中銀の買いオペの禁止


2024年2月、ミレイ大統領は、財政赤字を補うため国庫に資金を供給するよう中央銀行に指示した中銀職員を刑事犯罪とする法案を提起した。

ミレイは「赤字支出がゼロであれば、これ以上借金を負うことはない。借金を増やさなければ、負債と生産額の比率は一定になるか減少し、その結果、(財政再建のための)支払い能力が高まる」と述べる。
https://dnyuz.com/2024/02/23/argentina-milei-to-introduce-bill-jailing-anyone-who-orders-the-central-bank-to-print-money-to-cover-deficit/

実に頭のおかしい提案であるが、ミレイは就任来、将来的に中銀の閉鎖と米ドルの採用を求めている。

ギリシャのような自国通貨発行国がEUに統合され中央銀行と自国通貨を廃止した結果、金融・財政のコントロールを失い破綻したことは、経済学ファンにとっては常識であるが、ミレイはそれを目指すというのだから常軌を逸している。

インフレの原因をMB/MSの増加のみに求めるのは「貨幣数量説」といって、オーストリア学派(ネオリベ)の有名な教義であり、ミレイが考えるように「インフレ時に財政支出を抑える」という施策に反映されているようだが、一方で「中銀の廃止」という提案はアーヴィング・フィッシャーの「100%マネー(1935)」に依拠する可能性もあると筆者は感じた。

「100%マネー」は、市中銀行の法定準備預金率を100%にし、準備預金制度自体を廃止にする案だ。
これは、準備預金制度が廃止され流通貨幣が政府発行通貨のみになれば、市中銀行の信用創造が行われなくなり、過度なインフレ/デフレ、ひいては不況/好況(景気循環)も起こり得なくなるという論理に基づく。
つまり現在のような中央銀行制度の廃止を意味する。
また、これを演繹すれば、法定貨幣自体が、政府が中銀から(間接的に)借りて発行するお金ではないため、必然的に財政赤字もなくなることになるだろうか。

参考:
▼『100%マネー』第一章・要約 アービング・フィッシャー著(1935年刊)、朴勝俊訳
https://parkseungjoon.hatenadiary.com/entry/2021/10/15/170457

ミレイの書いた論文にでも目を通さなければ真相はわからないが、中銀を廃止にして米ドルを法定通貨にするということは、政府が米ドルを政府通貨のように扱い、金融/非金融部門に分配するということだろうか。

ただ、この方式だと、結局ユーロに苦しめられたギリシャのようにならないだろか。
財政政策にドル準備高という制約が課せられることになるし、人口5000万人の需要を賄うほどの米ドルをどう準備するのかとか、利払い費が多額にならないかとか、国内を流通する米ドルの価値が米国の物価に紐づくわけだから、供給能力のないアルゼンチンでは結局インフレになるのではないか、信用創造が行われないので経済発展しにくいのではないか等々の疑問も尽きない。

しかし、ドル化について少し調べてみたところ、パナマ、エクアドル、エルサルバドルという中米の親米の小国で法定通貨をドル化した国があることを初めて知った。

この3国はインフレもそこまで悪くないし、GDP成長率も悪くない。
(パナマはタックスヘイブンなのでオフショアマネーでGDPをかさ上げしているため捨象してもいいかもしれない。エクアドル/エルサルバドルは2000年,2001年にドル化した)



https://english.elpais.com/international/2024-02-19/how-the-argentine-economy-would-change-with-dollarization-explained-in-five-graphs.html




https://businessreview.berkeley.edu/javier-mileis-dollarization-vision-a-new-era-for-argentinas-economy/

なぜこんなことが起こるのか、筆者にはいまいち理解できないのでこの辺のことは再調査の必要がある。(EU加盟した東欧の国もこんなものかもしれないが…)


さて、実際のミレイ政権下では、たった二ヶ月あまりでインフレ率が一気に約150%→250%に上がったが、ミレイの「財政赤字を補填するための中銀の準備供給を停止する」という提案は、中銀・財務省供給の貨幣増発による更なるインフレを防ぐためとのことだった。

しかしこのインフレは、基本的に米FRBの利上げによるコストプッシュ要因であるため、財政で供給能力を担保しインフレを抑制する必要があると考えられることから、ケインズ派の筆者にとっては悪手としか感じない。

やはり、ミレイは根本的で重層的な誤解を持っていると判断せざるを得ない。

参考:
▼21世紀のインフレ対策(利上げしない!的を絞った財政支出!) まとめ
https://ameblo.jp/cargoofficial/entry-12804291073.html

 

⑤ケインズとマルクスの真逆を行く!


最後に、ミレイの経済・財政観を理解するために、少し彼の論文を紐解こう。
外形的には「アタオカおじさん」であるが、大学教授なのでそれなりのロジックがあるはずだ。

▼El fin de la inflación. Eliminar el Banco Central, terminar con la estafa del impuesto inflacionario y volver a ser un país en serio [インフレの終焉: 中央銀行をなくし、インフレ税詐欺をやめ、まじめな国に戻ろう](2023) 
https://planetadelibrosar0.cdnstatics.com/libros_contenido_extra/54/53366_TPC_El%20fin%20de%20la%20inflacion.pdf

上記はスペイン語の論文なので翻訳の正確さは欠けるが、やはりお金の過剰供給がインフレを起こしたとフリードマン説に沿っているようだ。
(本人も論文冒頭でフリードマンへの敬意を示している)

 

通貨供給量の増加を抑制する手段を講じずにインフレを阻止できた国はない
「インフレはいつでもどこでも貨幣現象であるという仮定を固守し、貨幣の需要とは何かを少し抽象化するならば、供給側に何が起こるかを見なければならない。
実際、この政府は政権発足から最初の3年間、国内総生産(GDP)の16%に相当する額の国債を発行した。つまり、年間GDPの5パーセント強に相当する(約300億ドル)。したがって、私たちの最初の〔インフレの〕問題は過去の金融政策に関係する」
「…アルゼンチンは莫大な財政赤字を抱えており、その問題を財政で賄っているため、通貨問題が存在するのだ」


我々ケインズ派はインフレは主に需給の問題だと捉えるが、ミレイはそのあたりを一切無視し、マネタリスト直系の貨幣数量説に則っている。
それどころか全文を通じてケインズとマルクスへの恨みに終始している。

その他にも「財政赤字を税で支払うことになる」「政府債務の借り換えも問題であり、高い金利の支払いと相まってハイパーインフレに繋がる」「中銀の超過負債が問題」等々と典型的な誤解を綴っている。

中央銀行制度の廃止について「100%マネー」的な考えがあるのか気になるところだ。しかしこのトピックが書いてありそうな書籍は500ページもあり、またスペイン語なので、筆者には理解できる自信がない。
ヒマな時に読むかもしれない、として挫折した。
もし日本語でミレイ研究している人がいたら知恵を借りたいところだ。

▼Giacomini Diego、Milei Javier (2016). Maquinita, Infleta y Devaluta [Money Printer, Inflation and Devaluation(マネープリンターとインフレ、通貨切り下げ)]  ISBN 978-987-3677-44-1.
https://zlib.pub/download/otra-vez-sopa-maquinita-infleta-y-devaluta-479frpcr1jk0?hash=3643fb32567fbd8d6683daddc5fb48a3

上記書籍を共著したディエゴ・ジャコミーニは「ミレイを最も知る男」と言われる。
ジャコミーニがテレビ番組でインタビューに答えていたのでそちらを視聴したが、政治的手法ばかりであまり専門的な話はしていなかった。
https://eightify.app/summary/politics-and-current-events/interview-with-diego-giacomini-the-expert-behind-milei-s-economic-plan
https://www.youtube.com/watch?v=pW3hlOJxTBQ

しかし、ドル化の理論的賛同者としてエミリオ・オカンポなるマネタリストがいることに言及していたので、彼の論文を読むことにしたい。

オカンポはミレイの経済顧問で、アルゼンチン・マクロ経済研究センター大学(UCEMA)の教授とのことだ。
https://www.independent.org/aboutus/person_detail.asp?id=4417
https://www.researchgate.net/profile/Emilio-Ocampo
https://en.wikipedia.org/wiki/University_of_CEMA


少し探したら、ありがたいことに英語の論文が何本かあったので、そちらを題材にしたい。


アタオカ大統領の愚策を批判したかっただけなのに、思わぬ落とし穴にハマってしまった。
ドル化/中銀廃止論がただの愚策なのか、そうでもないのか、中身を吟味しない限り判断がつかない。
これは貨幣論研究者にとってもわりと面白い題材だろうと思うのでもう少し続けたい。

次回はオカンポと共同研究者のハンケの論文の話題が中心となる。


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