先日、2022年の日本の「時間当たり労働生産性」がOECD38カ国中30位となり、過去最低を更新したというニュースが話題になった。
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO77217320T21C23A2EA4000/

去年より順位を2つ落としたとのことだが、これは「政府支出が少なく、GDPが増えてないから」でほぼ説明できそうだ。
(短期では、「円安だから」と「コロナ明けで労働者がサービス業等の低賃金労働市場に戻ったこと」も関係するかもしれないが)



いま、「なんで生産効率(労働生産性)が低くなる原因が、政府支出なんだい??」と思った人は、この記事を最後まで読んでいただきたい。

私がかねてより、「労働生産性を上げることを目標にしてはいけない」と言い続けてきた理由を簡単に説明したい。
「高卒・底辺ミュージシャンの俺」でもわかったのだから、皆さんなら簡単に理解できる。


さて、ここに舞田さんという方が作った面白いグラフがある。


リプ欄の9割以上の人が「人々の能力を生かし切れていない効率の悪い社会が原因だ」といったような向きで勘違いしているように、「日本の若者は能力が高いのに、労働生産性の低い仕事をやらされている」などといったように想像できるグラフだ。
おそらくグラフを作ってる本人も「労働生産性」を勘違いしているのかもしれない。

もちろん日本社会は「人々の能力を生かし切れていない」ということもあるだろう。
能力があるのに低賃金の人(私のような…笑)も多い。



ここで、当該グラフの横軸に記された「労働生産性(就業者一人当たりGDP)」の定義を問わなければならない。

「労働生産性」、つまり「就業者一人当たりGDP」の計算式は、「GDP÷就業者数」であり、生産効率のこととは言えない。
GDPを総就業者数で割ったものを「労働生産性」と呼んでいるに過ぎない。
(これが「就業1時間当たりGDP」であっても考え方はあまり変わらない)

例えば、皆さんは、同じような計算式で成り立つ「一人当たりGDP(GDP÷人口)」を、生産効率のことだと認識するだろうか?しないでしょ。
これは、GDPを人口で割った、ただの「一人当たりのGDP」のことだ。

経済学では、「就業者一人当たりGDP(GDP÷就業者数)」のことを、「労働生産性」だと言い張り、まるで「生産効率」かのように偽装している。

こんなに簡単なトリックなのに、人々は「労働生産性(就業者一人当たりGDP、GDP÷就業者数)」のことを「生産効率」だと誤解してしまっているのだ。
(経済学の教科書や省庁のペーパー、マスコミ報道などもこの誤解を後押ししている)

当然この両者は、生産効率(一人が生産する付加価値額)が上がっても金額が増えるので、話がややこしくなってしまうのだが、むしろここで注目すべきは計算式のGDPの部分だ。

GDPが増えれば、「労働生産性(就業者一人当たりGDP)」も「一人当たりGDP」も増える。
GDPが2倍になれば、両者ともに2倍になる。

・・・・・・・
ざっくり計算すると…

〇 労働生産性(就業者一人当たりGDP、GDP÷就業者数)
 「GDP600兆円 ÷ 就業者6000万人 = 1000万円」
 → 「GDP1200兆円 ÷ 就業者6000万人 = 2000万円」 *労働生産性が2倍に!

〇 一人当たりGDP(GDP÷人口)
 「GDP600兆円 ÷ 人口1.2億人 = 500万円」
 → 「GDP1200兆円 ÷ 人口1.2億人 = 1000万円」 *一人当たりGDPが2倍に!
・・・・・・・


誰がどう考えても当たり前の話で、つまり、簡単には「GDPを増やせば労働生産性が上がる」ということになる。

GDPとは、国民総所得の意味で、国民みんなの稼ぎ、つまり、国民の給料と言える。労働生産性を上げるには給料を増やせばよいのだ。

ところが、ほとんどの人が労働生産性(生産効率)を高めるために、計算式の分母の就業者数や就業時間を少なくするために「クビ切り」や「時短」、「コストカット」、「下請けの買い叩き」を進めようとしてしまう

あなたの会社というミクロ単位では、そうすることで利益が増えるかもしれないが、例えばクビを切られた人や、買い叩かれた下請けはたまったもんじゃないし、彼らの給料や労働生産性は低くなるだろう。
これがマクロで合成されると、結果として社会全体の労働生産性が低く出たりしてしまう。

日本と労働生産性が同じようなスロバキアやポルトガルが、そうやってコストカットや機械化を頑張って生産効率を高めたのだろうか?
おそらくそうではない。

https://www.jpc-net.jp/research/detail/006714.html

労働生産性(就業者一人当たりGDP、GDP÷就業者数)は、分子のGDP、つまり皆の給料が増えるか、分母の就業者数(時間当たりの場合は就業時間)が減ると増える。

ところが就業者数(や就業時間)はむやみに減らせない。
そして、この手のコストカットは実際はそこまで効果を発揮しない。

事実、無理やりコストカットして生産効率の向上を目指さなくても、GDPを増加させるほうが、変数としてより大きな影響を与える。



一目瞭然、上図のようにGDPと労働生産性はド相関の関係になっている。
この数十年、総就業者数はさほど変化していないので、計算式の分子のGDPの変化がそのまま労働生産性の多寡になっていると言える。

加えて、上図からは、生産性(生産効率)が低いと言われる中小企業を淘汰し、生産性(生産効率)の高い大企業を増やしても、労働生産性もGDPも特に影響していないことがわかる。
生産効率が上がるように感じることをやっても、労働生産性に何か影響を与えるとは言い難いのだ。(特に日本では、需要があまりに少なすぎてスケールメリットの効果が減じられるのかもしれない)


さて、ここでもう一度言おう。
「労働生産性」、つまり「就業者一人当たりGDP」は、生産効率のこととは言えない。

どうだろう?
だいぶ皆さんの誤解が解けてきたのではないだろうか。
そしてデマばかり吐いているマスコミや省庁、経団連に対する怒りも湧き上がるだろう。

彼らはただただコストカット等による「労働凄惨性」を高める施策ばかり打ってきたのだ。

例えば最近、トラック運転手の人手不足を解消するために、高速道路でのトラックの最高速度を80kmから90kmにする規制緩和が行われることが話題になった。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231222/k10014296111000.html

上記NHK記事内では、有識者会議が「最高速度の引き上げが輸送品質や労働生産性の向上につながる」と言い張っていることを伝える。

人手が足りないのでもっと生産効率を上げてギリギリで働けということだ。
完全に頭がおかしい奴らの発想である(笑)。
彼らには運転手の給料を上げて人手不足を解消しようという頭がないし、給料を上げることにより労働生産性も上がる理屈がわからないのだ。


再度マクロの話に戻ろう。
下図はアジアのGDP成長と労働生産性のグラフだが、これもGDPと労働生産性が対応しているように見える。


「労働生産性が上がったからGDPも増えたのだ!」と言う人がいるが、何度も言うように労働生産性はGDPを元に導き出すので逆はない。

もちろん生産効率(労働生産性のことではない)や技術力の向上もGDPに影響するだろうが、GDPに対する最も大きな変数の一つが「政府支出額」だ。
(国民所得恒等式は[GDP=民間消費+民間投資+政府支出+純輸出]だが、純輸出以外の構成要素三項はGDPと高い相関を示す)

*図のGDPは実質値で相関係数は0.755。名目値の場合の相関係数は0.944

政府支出を増やすとGDPも増えるのだ。


さて、労働生産性がGDPと高い相関を示すことがわかり、さらに政府支出とGDPも高い相関を示すこともわかった。
ということは…、そう、労働生産性と政府支出額の推移も相関する。

労働生産性の伸び率と政府支出額の伸び率も、ド相関なのだ。



出所:OECDやIMF統計からcargoが作成

相関係数が軒並み0.9以上という美しい散布図はなかなかお目にかかれない。
(日本だけ相関係数が低いのは、政府支出も労働生産性も伸び率が小さいためにブレが大きく出ることが理由。上図では目盛りの大きさが違うことに注意)

ここでは「労働生産性が増えたから政府支出額も増えたんだ!」なんておかしなことを言う人もいないだろう。
もちろん、ある程度は相互の連関もあるが、「今年は労働生産性が伸びそうなので政府支出額も増やします」なんて風に予算編成してる国があったら教えてもらいたい。

つまり、結果として、政府支出額を増やすと労働生産性(就業者一人当たりGDP、GDP÷就業者数)も増えてしまうのだ。

政府支出が増加することの意味は、生産性の向上、生産効率や技術力の向上のことなんだろうか?違いますね。

経路として考えられるのが、政府支出を増やすと需要が創出され、給料やGDPが上がる。その結果、労働生産性(就業者一人当たりGDP)が上がるということだ。

だから、労働生産性(就業者一人当たりGDP)を上げることを目的として、無理にクビ切りやコストカットなんかしてはいけないと言えるだろう。


需要こそが労働生産性に大きな影響を与えることは、以下の図でも証明される。

消費増税をした途端に、サービス業の労働生産性が下がるのである。
消費増税のたびに生産効率が落ちるわけはないことは誰にでもわかるだろう。


このサービス業の労働生産性の下落の内実は、主に非正規と介護職、飲食業の影響だろうと佐藤一光准教授に教えていただいた。


また、日本生産性本部もこの理由を「需要減が影響した」と断定している。
当たり前だが、「消費増税とともに生産効率が下がったんだ!」なんて人は常軌を逸している。下記の元ポストのリプでは「因果関係が示されていない!」などと無駄な反論をしている「スガ元総理大臣のブレーン」の姿もあるが(笑)

 

以下のように朴勝俊教授とれいわ新選組の長谷川ういこ氏が内閣府資料から作ったスライドでも、消費増税により、消費や給料が減ることが示されている。因果の向きは確定している。

 

ちなみに、最初に提示した舞田氏のグラフで、「学力の高さと労働生産性に相関関係がある」ように見える理由を、私はこのように簡単に説明した。

 


労働生産性には、政府支出額や需要の動態が大きく影響する。生産効率よりもだ。

そして「労働生産性(国民総所得÷総就業者)」が低いという意味は、我々労働者の稼ぎ、つまり給料が低いこととほぼほぼ同義なのである。



以上、労働生産性(GDP÷就業者数)、つまり「就業者一人当たりGDP」は生産効率のこととは言えないという話だった。


【関連記事】:
労働生産性が高まれば給料やGDPが上がる?【誰でもわかるやさしい経済学】

 



おまけ:
経済学における生産性の概念は、わりとテキトーで、実は定義がはっきりしていない

例えば、労働生産性と並んで頻出する「全要素生産性(TFP)」について。
TFPは簡単には、産出から労働投入量と資本投入量を引いた残滓を技術力・生産性として定義している。
でも、例えばスティグリッツは入門版の教科書で「なんかTFPっておかしくねえか?」と疑問を呈している。「この1973~1995年の時期にいきなり技術力が減ったんですか?」と。

出典:スティグリッツ入門経済学・第4版(p.357)

TFPは、省庁のペーパーや日経新聞に「向上させるべき指標」として金科玉条のごとく掲げられているけど、これも生産効率や技術力のこととは言い切れないし、だいぶいい加減なものなのだ。
理由は、需要の動態に大きく反応するからだ。

日銀政策委員の原田秦氏はこう説明する。



おまけ②:
ちょうど昨日、こんなYoutubeビデオをあげている人がいた。
▼【悲報】日本の労働生産性が過去最低を更新!インボイスの税収も試算以上!向上のため2024問題では大型トラック高速道路での法定速度を引き上げ【竹中平蔵/消耗品/財務省/OECD】
https://www.youtube.com/watch?v=dtobkAH8lEU

私のツイや過去の記事を読んでくれたのかもしれないが、「労働生産性を上げたいのなら分子のGDPを上げろ」とのことだ。まったくその通りだ。