*この記事はシリーズ「全体主義からの脱獄」の一部となる。他の記事はこちらから。

 

MMTを学ぶ者にとってもあまり知られていないのだけど、MMT/PK派にはマイケル・ハドソン(ミズーリ大学カンザスシティ校・経済学教授、バード大学レヴィ経済研究所研究員)という人物がいて、ランダル・レイ、ミッチェル、モズラー、ケルトンらメインキャラの面々とはまた違ったアプローチをしていて面白い。

彼が教授職を務めるミズーリ大学カンザスシティ校といえば、MMTの創始者の一人ランダル・レイも教授を務める大学だ。またケルトンも以前に経済学部長として在籍していた、いわばアメリカのMMTの本拠地だ。
レイは「MMTへの”カンザスシティ”アプローチ」なる論文も書いているくらいだから、ここが聖地であることがわかるだろう。
https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=3650357

そのレイの「カンザスシティ論文」には、「1990年代にマイケル・ハドソンはレヴィ経済研究所で講演を行い、貨幣はメソポタミアの寺院によって貸し借りを記録・管理する目的で発明されたと主張した」との記述がある。
ハドソンは90年代のMMT黎明期から共同研究に関わってきた。

このハドソンによる古代の貨幣研究は、「ブルシット・ジョブ」で有名な故デイビッド・グレーバー教授の「負債論 -貨幣と暴力の5000年」に繋がる。
グレーバーも、ケルトンに「旅の仲間(fellow-traveller)」と評されるこのインナー・サークルの一員であった。


さて、そのハドソン教授が、だいぶ陰謀論めいたことを言っている。
「言っている」、というか、ずっと言い続けている。

陰謀論というと途端に引いてゆく人がいるが、変に構える必要はなくて、簡単には主流派や大メディアが唱えている説の外側の話というだけだ。
主流派や大メディアは、この世界を支配する富裕層の創作した共同幻想に取り込まれている。彼らは支配層に都合の悪いことは言わないため、隠された事実が広く世界に流通しないようになっている。
私がよく書いているCIAがどうたらといった話も陰謀論の一種だろう。

ハドソンの陰謀論は、「アメリカと銀行家たちが、IMFや世界銀行を通じて、世界をドルによる負債で支配している」といったもので、書籍超帝国主義国家アメリカの内幕(1968)https://michael-hudson.com/books/super-imperialism-the-economic-strategy-of-american-empire/」を執筆して以来、その主張はほぼ一貫している。

ハドソンはここ半年間くらい「Geopolitical Economy Report(https://geopoliticaleconomy.com/)」のYoutubeチャンネルによく出演していて、論文を共著したインド系カナダ人のラディカ・デサイ教授と共に頻繁に発信を行っている。

その「Geopolitical Economy Report」が先日、アジアタイムスの編集長ペペ・エスコバーを迎え鼎談を行った。



ここでは主にウクライナ情勢に関して、特に「黒海穀物イニシアティブ」について解説している。このグローバルサウス向けの穀物輸出がハドソンのロジックのキーになる。

主にハドソンの発言だけ抄訳する。
 

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▼ NATO failed in Ukraine against Russia. Now it's targeting China
2023/07/28

 

ハドソン教授:
米国はプーチンを引きずり降ろすため、制裁でロシア国内に政変を起こそうとしたが完全に失敗した。
制裁は、ロシアを孤立させるどころか中国と接近させ、さらに他の多極化陣営を団結させた。多極化陣営は、米国の制裁から自国を守る必要があったため団結したのだ。
NATOは、実際にはBRICSや他の世界の国から孤立しつつあると言える。
BRICSと他の多数派の国は米欧を離れ、彼ら独自の「New World Order(新世界秩序)」を作ろうとしている

NATOのメンバーももうウクライナが勝てないことはわかっている。
戦争を続ける理由は軍産複合体に利益を与えるためだ。
NATOの戦争の次の舞台はアジアだ。台湾を次のウクライナにしようとしている。

ロシアが黒海の非軍事化を進め、黒海からウクライナ産穀物を安全に輸出させるための国際合意「黒海イニシアティブ 」への参加を一時停止し、ウ国オデッサからの穀物輸出船を妨害した理由は主に3つある。
まずオデッサからの穀物輸出が主に裕福な欧州諸国向けであり、貧しいアフリカの国々への穀物輸出の多くはロシアが担っていること、そして当地が欧州からの武器集積地、またアフリカに向けての横流し品の輸出拠点になっていること、さらに、ウ国がその穀物街道を利用した船舶によってクリミアを攻撃していることだった。
「ロシアがウ国から世界に向けての穀物輸出を妨害した」というアメリカのプロパガンダを信じるべきではない。

アフリカは現在、米欧の一極秩序主義とアフリカ諸国の多極化主義の争いの場になっているが、その中で穀物問題は大きな原因となっている。
1945年以来、アメリカは他国が自国内で食糧を栽培することを阻止する通商政策を策定した。50~70年代の第三世界への世界銀行の融資は、米国のプランテーション作物の輸出のためだった。
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国連の元兵器査察官のスコット・リッターもウクライナの黒海からの穀物輸出に関して似たようなことを発している。ゼレンスキーは「世界の何十億もの人に穀物を届けることができなくなった」と言うが、実際はグローバルサウス向けの輸出は少なく、多くが欧州向けだとの向きだ。
加えてこの「穀物回廊」を利用して、欧州からの兵器の輸入、シリアやアフリカへの兵器の輸出、さらには軍用船籍を紛れ込ませザポリージャを攻撃している疑いが強いとも報告する。これはロシアの公表と符合する。
https://www.youtube.com/watch?v=gVa4aOGjsG4

実際、ハドソンが言う通り「オデッサからの穀物輸出は主に裕福な欧州向け」という話は概ね事実だ。(バングラデシュやエジプトには災難だが)
また、リッターいわく、トルコ向けの輸出は小麦を精製し欧州向けに小麦粉として再輸出するためだそうだ。

https://twitter.com/Sprinter99800/status/1689932554365771776

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2022年3月6日、戦争勃発直後に行われた、ロシア系サイト「グローバル・リサーチ」によるハドソンとリッターの対談がある。

これはサウジアラビアが原油の価格を人民元建てにすると発表した直後の時期だが、こんな最初期に、その後に起こる事象を予言している。

 

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▼ NATO-ロシア代理戦争: アメリカ衰退の兆候。 スコット・リッターとマイケル・ハドソンの対談
2022年3月6日
http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-887.html

〇グローバル・リサーチ(GR): 
現在、NATOは、SWIFTシステムからの排除を含むロシアへの制裁を求める米国の呼びかけに、足並みをそろえて追随しています。制裁で打撃を受け、傷ついているのはNATOのほうです。バイデン大統領が言うところの「地獄からの制裁」です。効果があるようにはみえません。しかし、この制裁はブーメランとなり、EUやアメリカには食料、肥料、石油、ガスなどの価格高騰で大きな打撃を与えています。EUもアメリカもロシアの侵略を挑発しているようです。バイデンは、言ってみれば力づくで、その動きを作ったのです。今回のことは「ロシアのウクライナ侵攻」があったから、の動きではありません。つまり、それはEUとアメリカがこの間ずっと仕組んできたことなのです。それにしても、ロシアを挑発してウクライナと制裁戦争をさせるという戦略的な目標は果たして何だったのでしょうか? EUとアメリカはロシアが慈悲を乞うことを見越しているのか、それともそれ以上のことが起こっているのでしょうか?

〇マイケル・ハドソン(MH): 
事態はあなたがおっしゃることとまったく反対だと思います。戦争はロシアに対してではありません。戦争はウクライナに対してではありません。この戦争はヨーロッパとドイツに対するものです。制裁の目的は、ヨーロッパや他の同盟国がロシアや中国との貿易や投資を増やすのを防ぐことです。なぜなら、アメリカは、世界の成長の中心がアメリカにはないことがわかったのです。アメリカは脱工業化しています1980年代以降の新自由主義的な政策に従った結果、アメリカ経済は空洞化してしまいました。富を生み出す力を失ったアメリカが、一体どうやって繁栄を維持できるのでしょう。

国内で繁栄を創り出せなければ、海外から手に入れるしかありません。そして、1年前に始まったバイデン大統領とアメリカのネオコンによる試みは、ノルドストリーム2を妨害することでした。それを機能しなくさせ、ロシアとのエネルギー貿易やその他の貿易をすべて妨害することを目指しました。そうすれば米国は天然ガスそのものを独占できるようになるのです。過去100年間、米国が世界経済を支配してきた主な道具の1つは、石油産業によるものでした。世界のエネルギー貿易を支配すること。エネルギーはGDP、生産性、そしてすべての国(を支配する)鍵であるので、エネルギー貿易が米国の支配を素通りして他の国々とやれるという考えは、米国に他の国々を排除する力がなくなったのではないか、ということに通じます。

だから、ウクライナでの戦争を挑発し、それに対するアメリカの対応を煽ることで、アメリカは、「ロシアはこんなひどいことをしています。アメリカは自衛しているだけです」と言うことができるようになったわけです。アメリカに対して自国を守ることは宣戦布告になります。なぜなら、それはドル化されたシステムから脱却することを意味するからです。そのため、他の国々が自立できる可能性があると考えることは、アメリカが各国の政策に口を出すこと、そしてアメリカが頂点を極めるためにドル外交による支配能力への挑戦と、アメリカでは見なされたのです。

もちろんアメリカが恐れているのは、環境保護運動が炭素燃料である石油やガスを減速させることで地球温暖化を止める方向に動くことです。ですから、ヨーロッパでこの危機を作り出すことで、アメリカは大いに...地球温暖化を加速することを外交政策の基本にしているのです。石炭と石油を未来の燃料として加速させる。今日、ポーランドでバイデン大統領は、ロシアの石油に代わるものとしてポーランドの石炭を約束していますね。そしてアメリカの石炭。だからバイデン大統領は石炭産業ロビー出身のマンチン(Manchin)上院議員を環境・エネルギー庁の長官にしたのです

つまり、あなたが見ているものは、世界の危機を作り出すことで、別にアメリカは自国を危うくし墓穴を掘っているわけではありません。それこそアメリカの思惑通りです。アメリカは世界危機になると、エネルギー価格が大幅に上昇し、アメリカの国際収支に利益をもたらすことに気づいています。エネルギー輸出国としてだけでなく、世界の石油貿易を支配する石油会社が、ロシアをそこから排除すれば、農作物の価格は大幅に上昇し、農産物輸出国である米国に利益をもたらします。特に、ウクライナとロシアの小麦輸出を阻止すれば、債務の期限が迫っている第三世界の国々に債務危機をもたらすことになるでしょう。そして、アメリカはこの債務危機を利用して、第三国に民営化を続けさせ、アメリカ人のバイヤーたちに公有地を売り渡すよう強制することができるのです。先祖伝来の資産を売却すれば借金も返せるし、値上がりした石油や輸入食物の代金も払えることになるというわけです。

アメリカの戦略は、世界の危機がまさに偶然起こったものとして私たちに伝えられる状況を作り出すことなのです。
(中略)

〇GR:
最近、サウジアラビアが原油の価格を人民元建てにすると発表しましたね。つまり、石油を買う際、ドルにライバルができたということでしょう。

〇MH:
中国との石油貿易。他の国はドル建て貿易をしようとしません。なぜなら、米国は、その国の資産がドル建てであれば何でも奪い取ることができるからです。チリがアジェンデの下で銅の貿易を支配しようとしたときのように、ある国が自立的なことをすれば、米国はその国の資金を奪うことができます。ベネズエラが国民中心政策で土地改革を行おうと考えたとき、アメリカはベネズエラの通貨を押さえただけです。それから、イングランド銀行はベネズエラの金(gold)を差し押さえました。アメリカは、アフガニスタンの外貨準備をあっさり差し押さえ、それからロシアの外貨準備を差し押さえました。

突然、各国はアメリカの銀行を使うのを恐れ、ドルに関連するものを使うのを恐れ、何であれ、アメリカが手に入れることができるものを持つのを恐れています。それが、今のアメリカの政策だからです。これが、他の国々を遠ざける原因になっています。アメリカの同盟国でさえも、怯えているに違いありません。
(中略)

〇GR:
そうですね、ドミノ効果のようなものが起きているのでしょうか。つまり、アメリカドルは、すでにいくらか困難な状況にありましたが、これから先、本当にそれが加速していくのははっきりしています。そして、あなたがおっしゃった他のグローバル・サウス諸国などでは、アメリカドルを捨てて他の通貨にするつもりなのでしょうか?

〇MH:
危機は政治的なものです。別の通貨には及びません。プーチン大統領は演説で、この戦争はウクライナに関するものではないと言っています。この戦争は国際秩序を再構築するためのものです。そして、その意味するところは、IMF(国際通貨基金)に代わるものを探すということです。世界銀行に代わる機関です。世界法廷に代わる機関です。そして、例えば米国ルールに基礎を置いた国連ルールに基礎を置く秩序に代わるものを探すということです。しかし、米国がこのグループのメンバーである限り、それは不可能です。

つまり、新しい国際機関のグループになるわけですが、アメリカは自身が拒否権を持たないいかなる組織にも参加することはないでしょう。つまり、平行線の過程をたどることになるのです。ヨーロッパと北米では新自由主義的な金融化、つまり負債による資金調達の道であり、そして中国と一帯一路構想、つまり上海協力機構ブロックでは産業資本主義が社会主義に進化する道であります。
(中略)

新自由主義は人々を貧困化させます。新自由主義は主に金融による労働に対する階級闘争であり 産業に対する階級闘争です。政府に対する階級闘争です。金融階級が社会全体に対して、負債をテコに企業、国、家庭、個人を支配しようとしているのです。そして問題は、彼らが本当に、金持ちになる方法は借金をすることだと人々を説得できるかどうかです。
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ノルドストリーム爆破は22年9月に起こったが、それを予見したような分析を行っていたことは実に興味深いし、何より、今般の戦争が、アメリカのエネルギー覇権を巡る経済戦争が背後にあり、ロシアからドイツを引き離すための思惑があったとする視点を強調する姿勢も面白い。

そして以下の小麦に関する記述も、2022年3月6日のインタビューとは思えないほど、予言めいている。

「特に、ウクライナとロシアの小麦輸出を阻止すれば、債務の期限が迫っている第三世界の国々に債務危機をもたらすことになる。そして、アメリカはこの債務危機を利用して、第三国に民営化を続けさせ、アメリカ人のバイヤーたちに公有地を売り渡すよう強制することができるのです。…アメリカの戦略は、世界の危機がまさに偶然起こったものとして私たちに伝えられる状況を作り出すことなのです」
 

注意しなければならないのは、ウクライナは旧ソ連なので、アフリカにプランテーション作物を押し付けるようには機能していない点だ。そしてロシアが、ウ国の穀物輸出に取って代るだろうということだ。


この「エネルギー、穀物、ドル依存/ドル建て債務」の網こそが、アメリカの世界支配ツールとなってきた。
この債務の網から脱することが真の新世界秩序となる。

新自由主義は人々を貧困化させます。新自由主義は主に金融による労働に対する階級闘争であり 産業に対する階級闘争です。政府に対する階級闘争です。金融階級が社会全体に対して、負債をテコに企業、国、家庭、個人を支配しようとしているのです

米国は、その国の資産がドル建てであれば何でも奪い取ることができる」、「各国はアメリカの銀行を使うのを恐れはじめている」、「この戦争は国際秩序を再構築するためのものです。そして、その意味するところは、IMF(国際通貨基金)や世界銀行に代わるものを探すことです

このあたりが、アメリカと銀行家たちが、IMFや世界銀行を通じて、世界をドルによる負債で支配しているとした、書籍「超帝国主義国家アメリカの内幕」から続くハドソンの論理の骨子だ。

次回もまたハドソンのストーリーにディープダイヴする。

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