*この記事はシリーズ「全体主義からの脱獄」の一部となる。他の記事はこちらから。

 

ロシア国民を困窮させることで政変を起こそうという目的で行った対ロ経済制裁だが、失敗だったようだ。

4月の実質賃金が前年同期比で10.4%増加した。これは昨年のインフレが収まったことを意味するが、名目賃金も1~4月の前年同月比で11.4%増加したという。
また、失業率は5月に3.2%に低下し、過去最低を更新した。
https://www.rt.com/business/578900-real-wages-unemployment-russia/

上記ソースのRTはロシア国営であり、プロパガンダも多いため事実かどうかは自信が持てない。
しかし下記報告は、主に二国間貿易における貿易相手国のデータから成り、こちらは事実に近いだろう。
 

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▼Russian trade turnover breaks pre-Covid high
7/20 RT
https://www.rt.com/business/580013-russia-trade-turnover-growth/
米欧の制裁で一時期停滞した貿易相手はBRICS国中心に置き換えられている。
ロシアの税関当局によると、ロシアの貿易額は今年上半期にパンデミック前の水準を超えた。1~6月の数字は2019年の同時期より3%高かったという。
中国の税関統計によると、露中間の貿易額は、今年上半期は前年同期比で40%以上急増し、1145億ドルに達した。
インド商工省のデータでは、露印間の貿易額も、今年1月から4月の間で前年同期と比べて、ほぼ4倍の220億ドル近くに増加した。
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様々な報道やデータを目にするに、ロシアに対する経済制裁はあまり効いていないことが確実だ。

欧州の経済シンクタンク「ブリューゲル」のデータを見てみよう。

 

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ロシアは主に38カ国を相手に貿易を行っている。ネットの貿易収支は22年春をピークに下降傾向にあるように見えるが、平時であった19年頃と比べればさほど変わりがない
21年の秋頃から黒字が増えたのは、戦争勃発の将来危機に呼応して資源価格が高騰したことなどが理由だ。
19年頃と比べれば、時期によってはRT記事が示すように増加したことは事実だろう。
鉱物資源以外のモノの収支がマイナスなのは輸入分が多いからだ。


対ブラジルの貿易収支は20年頃と比べて3倍以上に増えている。


対トルキエ貿易収支も3倍ほどの増加


対インド貿易収支は10倍ほどに増えている


対中貿易収支は、トータルでは変わらないが、鉱物資源の輸出が増え、それ以外のモノの輸入が増えている。おそらく電子機器等ではないだろうか。


対日本の貿易収支は少し減った程度


逆に対EUの貿易収支は19年、20年頃とくらべほとんどゼロに近いくらい落ちている


対米貿易は、鉱物資源に関しては完全にストップしたようだ(そもそも米国は産油国)が、資源以外、おそらく肥料などはやりとりしているのかもしれない。

輸出面に限ると以下のようになる。


38カ国への輸出はトータルでは、19年と比べてあまり変わらない


対中輸出は二倍以上に増加


対インド輸出は10倍ほどに増加

▼ブリューゲル:Russian foreign trade tracker
18 July 2023
https://www.bruegel.org/dataset/russian-foreign-trade-tracker
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以上、第三者機関のデータを確認しても、ロシア国営RTの貿易データに齟齬はないと言えそうだ。

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さて、つい先日、スポーツジム経営者/Youtuberの上念司氏が、「ロシア経済カウントダウン!「来年には金が尽きる」は本当!?相次ぐ経済指標の公開停止。これが意味するところは、、、(https://www.youtube.com/watch?v=U310kGgkN3g)」とした動画で、「ロシア経済は良好だ」という国際政治学者のエドワード・ルトワックに対して、「ルトワックさんはお年なので…」「経済に関して苦手」と酷評したあげく、「原油価格下落・原油輸出量減少で、原油依存経済のロシアは財政破綻する」という話を恥ずかしげもなく披露している。

彼の間違いは、まず、戦争勃発の直前と今の原油価格・輸出量等とを比較していることだ。比較するならコロナ禍などの混乱期を避け、もっと前の平時の時期と比較しなければならない
上念氏は戦争勃発直前のピーク時と今の下がった時とを比べるようなことをやっているが、上掲した図を見れば一目瞭然でチェリーピッキングだとわかる

この動画は16万回ほど再生されているので、それなりに騙されている人も多いだろう。

また、上念氏は「マクロ経済に外部性はない」ため、原油輸出の減少が他にも悪影響を与えると強調していたが、その「外部性」を最も理解していないのが自分自身であることには気づいていないようだ。
(しかも彼は「外部性」という語句の使い方を間違っている。むしろマクロ経済は外部性だらけであるため「マクロ経済には外部性しかない」とでも言わねばならなかった。参考 https://gakureki-zero.com/external-economy-external-uneconomical/

本日は、上念氏がご懸念されるようなロシアの経済破綻が起こりえないことを、MMT派のガルブレイス教授の論文をピックアップし示したい。

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ジェームズ・K・ガルブレイスは、テキサス大学教授で米国議会の合同経済委員会の元事務局長でもあった。
ケルトンやランダル・レイらとバード大学レヴィ研究所の上級研究員を務めるポストケインズ・MMT派だ。
彼は、アメリカ経済学会の会長を務め、ルーズベルト、トルーマン、ケネディ、ジョンソンの各政権で経済アドバイザーを務めた「経済学の巨人」ジョン・ケネス・ガルブレイスの息子である。
また、彼自身は1993年から97年まで中国政府の経済顧問も務めたほか、ロシア自由経済協会のメンバーでもあり、旧共産主義国の自由経済移行期についてのエキスパートともいえる。
https://lbj.utexas.edu/galbraith-james-k


そのガルブレイスの論文「制裁の贈り物」を抄訳したい。
「贈り物」というように、制裁はロシア経済にとってプラスになった部分が多かったようだ。

ガルブレイスのこの論説は「Democracy Now!」でも扱われており、キャスターのエイミー・グッドマンいわくメディアでも話題になったという。
https://www.democracynow.org/2023/5/3/debt_ceiling_congress_biden

 

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▼ 制裁の贈り物:ロシア経済の評価分析 2022-2023(The Gift of Sanctions: An Analysis of Assessments of the Russian Economy, 2022 – 2023)
ジェームズ・K・ガルブレイス
2023年4月23日 ワーキングペーパー No. 204
https://www.ineteconomics.org/uploads/papers/WP_204-Galbraith-Russia-Sanctions.pdf

[p.2]
 ◇イントロダクション:
対ロシア制裁の効果に関する評価のほとんどは、一部の例外を除いて、非常に効果的であったとされている。これは、アントニー・ブリンケン国務長官やジャネット・イエレン財務長官などの公職に就いている人々の一般的な見方である。
彼らとその部下は、経済学者としての専門的地位がいかに高くても、国の政策をそのまま支持するという制約を受けている
…これは、2008年の大金融危機直前の経験に似ている。当時は反論陣営が不足していたが、現在はさらに不足している。
…後述するが、ロシア側の見解は、多くの事実について彼らの結論と大きく異なっている。

[p.2]
 ◇誰の評価が重要か?
歴史家のナディン・ブレジンスキーは、2023年1月にミディアムに寄稿し、次のように述べた。「人々が工場から排除されている…たとえ制裁がなくても、これは商品やサービスの生産能力に影響を与えるだろう」 
この種のコメントでは、データは提供されていない。また、召集された予備役兵の代わりに新たな労働者を雇用する可能性も考慮されておらず、潜在的な労働力の規模に対応した召集の量的規模も考慮されていない。
…これらのコメントは経済分析のレベルにさえ達していない

[p.3]
 ◇ロシアへの制裁効果に関する主要な民間の分析:
23年1月、イェール大学経営大学院のジェフリー・ソネンフェルド教授は、…ハイテク機器の輸入減少や資本逃避、「富裕層」の流出、資源生産企業の株価の下落、ルーブルの下落に言及しながら、主要な命題を「石油とガスの輸出量の減少」に集約されるとした、
…アジアなどの代替地に輸出するにしても欧州向けよりもパイプラインなどのインフラが貧弱で、…ハイテク分野の機器輸入と海外産業活動の抑制は、例えばロシアの自動車産業をほぼ完全に停止に追い込むとした。

 ◇石油・ガス制裁のロシアとヨーロッパへの影響:
…ソネンフェルドらは、ロシアは昨年の制裁と構造転換によって世界経済にとって「永久に無関係」になったと予測した。
…ロシアのように特定商品に特化した生産国は、多様な消費者の市場におけるその生産者の売上のシェアよりも、特定の商品(石油やガスなど)から得られる外貨のシェアが高いことは事実だ。
確かに、ロシアのヨーロッパへの石油とガスの販売は打撃を受けた。欧州の石油とガスの購入量は…減少した。
…しかし、戦争が欧州のエネルギーコストに及ぼした影響は、ロシアの石油・ガス輸出の純損失をはるかに超えるものだった。
欧州で石油・ガス価格が上昇する一方で、…ロシア側では、価格の上昇が輸出量の少なさを補いつつも、国内価格は上昇しなかった

[p.4]
ソネンフェルドをはじめとする多くの人々の主張の中心は、ロシアは「プーチンの戦争資金を調達するために」石油やガスなどの輸出収入を必要としているというものだ。
しかし、これまでの資源輸出による収入は、使用料や税収を通じて、国家を含むロシアの事業体に留保されていたが、それらの収入の多くは使われることなく、外部口座、特に連邦準備制度理事会(FRB)や他国の中央銀行が保有する債券に積み上げられていた
これらの残高は2022年初頭までに総額約6000億ドルに達したが、その半分は資金を保有する欧米の金融機関によって「凍結」された。しかし、それらは準備預金である。その損失はバランスシートには反映されるが、実体経済の活動には反映されない。
ロシアが貿易黒字を計上している限り、その外貨準備高は遊休状態にとどまり、その状態がロシアの一般的な経済活動やロシア国家の財政能力に影響を与えることはない。

[p.5]
 ◇産業と社会への影響: 
ソネンフェルドらが書いているように、自動車や電化製品などのロシアの主要産業が2022年の制裁下では機能できなくなり、操業を停止しなければならなかったのは事実である。
バイオテクノロジーやその他の分野、特に航空分野にも影響があった。半導体の輸出規制は、これらの閉鎖の主要な要素であった。
しかし、制裁の長期的な効果については議論の余地があり、回避と反回避は常に流動している。一説によれば、制裁の破棄と執行は「もぐらたたきのゲーム」と化している。

産業制裁が一般的な生活水準に及ぼす影響を考えるには、設備と耐久消費財を、一方では耐久消費財、他方では非耐久消費財に区別するのが有益であろう。
非耐久消費財は継続的な補充が必要であるため、非耐久消費財の供給中断は最も直接的な影響を及ぼす。しかし同時に、これらの商品は技術的に交換が容易な場合が多い。

すでに2014年の制裁以来、ロシアはとりわけチーズや家禽類の自国生産を発展させる一方、果物、野菜、穀物の耕作地を増やしてきた。
最近のニュースでは、イギリスの食料品店では生鮮食料品が不足していると報じられているが、ロシアからは同様の報道は出ていないようだ。

一方で耐久財は異なる。あらたな耐久財のフローの混乱は複雑な問題となる可能性があるが、通常はかなりの期間にわたって、より広範な人々によって問題なく受け止められる。
その理由は、どの社会でも、新しい機器、自動車、家電製品の流入は、毎年、既存のストックのほんの一部だからだ。
…生産(または輸入)が停止すると、廃棄は遅くなる。在庫は古くなっていくが、機能し続けるということだ。

第二次世界大戦中の米国では、自家用自動車の生産が4年間停止されたが、米国で自家用車が不足していたわけではない。ロシアの状況は、1942年に米国が直面した状況ほど悲惨ではない。
戦争への動員の規模がはるかに小さく、基礎的資源の不足(米国ではゴムが不足した)がなく、真珠湾攻撃後に大手自動車会社に出されたような「業務停止」命令も出ていないからだ。

…ロシア人ではない生産者は、多くが国外への撤退を決めた。しかし企業は撤退するかもしれないが、通常、工場自体は撤退しない。これらは一時的に閉鎖されるか、国営企業に(ロシアの規制に従って)投げ売り価格で売却されることになる。
その資産は、継続企業として、スペアパーツとして、または(最終手段として)スクラップとして使用できる場合にのみ買い手が見つかるだろう。
主要なコンポーネントは輸入されているため、代替品を見つける必要があるが、経営、資金調達機能、労働力など、物的資本を稼働状態に戻すために必要なその他のほとんどすべてがロシアに残っている。
生産再開はサプライチェーンのギャップを埋めることになる。時間がかかる場合もあるかもしれないが…通常、これは克服できない問題ではない。

[p.6]
 ◇今後の展望 -ロシア国内と欧州の収益性への影響:
ロシアの産業界やその他の企業は、ある意味でヨーロッパと同じ問題に直面していた。
ヨーロッパの場合はエネルギー、ロシアの場合は機械や技術、そして多くの消費財である。どちらの場合も、当初は代替品が入手できたとしてもコストが高くつく
しかし、ロシアと欧州には決定的な違いがある。欧州はガスと石油の世界市場に翻弄されている。(資源価格は高止まりしている)
一方でロシアの場合は、原理的には、生産コストが下がり続け、製造する工業製品の品質が向上してゆく。これは「収益の増加」として現れる
この可能性が実現されるかどうかは未知数だが、ローカルの企業が制裁体制が永続的で続くと考えている限り、この問題に取り組む市場のインセンティブは依然として強いままとなるだろう。

[p.7]
確かに、消費財や部品、産業機器の輸入が止まることは、短期的には活動を混乱させる。
…しかし、この輸入の減少は、それまで競争力のなかった代替品の収益性を高める。同時に、輸出の減少は国内市場での資源価格を引き下げる
すでに我々が知る通り、2022年のロシア国内の燃料のルーブル価格は変わらなかった
内需が維持される限り、…ロシアのような大規模な市場経済においては、経済制裁措置は…関税の壁のように機能する。有利な市場条件の下で、強固な産業政策と結びついた貿易保護政策に似ている。

同時に、裕福な個人に対する制裁や、西側諸国との金融関係の断絶は、資本規制のように機能する。ロシア政府は裕福なロシア人に自国への投資を奨励している。

ロシアでは、資源コストが低下する一方で市場は成長した。逆にヨーロッパではコストが上昇し市場が縮小した。こうした影響は、EU域内の輸入品(主にエネルギー)の価格指数にはっきりと表れている。
…貿易中断により、ロシアの潜在的な収益性は上昇したが、欧州では収益性が低下した。これが中期的な影響の鍵となる。

[p.8]
 ◇軍事能力の低下:
ロシアの軍産複合体に対する制裁の影響の評価は、外部の観察者が知ることはできない。ロシアから切り離すことが可能な「重要な軍事投入物(イエレン氏の言葉)」が存在するかどうかにかかっているからだ。
中国からの高度な電子機器などの代替製品の輸入も未知数であり、正確に特定することはできない。
この戦争に至る長い準備期間を考えれば…ロシアが重要な部品を備蓄せずに放置することはないだろう。兵器や軍事車両などはこの100年ロシアでは生産され続けてきた

[p.8]
 ◇戦争資金の寸断:
制裁によって「戦争資金」に必要なロシアの収入がなくなるという主張には、経験的側面と理論的側面がある。
経験的に問題となるのは、ロシアの歳入(純輸出による外国為替収益)が実際に減少しているかどうかである。ロシアの輸出、主に石油、ガス、穀物、鉱物は量が減少しているが、RASのかなり正確な報告書によると、価格が上昇したため、2022年の最初の6か月間で総輸出額が増加したという。
一方、輸入額は緩やかではあるものの減少し、輸出側の利益を増加させた。
「戦争資金収入」に関する限り、制裁は公式目標として掲げられたものとは正反対の効果をもたらしたのだ。

理論的な問題は、ロシアの戦争遂行に外部の「資金」が必要かどうかである。これは、ロシア軍が重要な装備、資源、燃料、人材を世界市場で購入する場合にのみ当てはまる。
ロシア連邦内では、軍に関連する実質的にすべての取引が行われており、資金は国家予算からルーブルで提供されており、定義上、外部からの資金提供は重要ではない

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だいぶ長文になったので、ここで一旦休憩しよう。

当然のことだが、一国の経済は貿易(外需)だけでは廻っていない。ロシアの貿易依存度は40%ほど。イギリスより1%ほど多く、フランスより5%ほど少ない。
日本と中国は30%程度だ。
https://theworldict.com/rankings/trade-dependence/

多くの人が考える「輸出入が滞ったら経済が崩壊する」というような考えは正しくない。ロシアには頑強な内需と、必需品である資源と農業がある。

冒頭で触れた上念氏の「経済の外部性」の認識は、原油価格が下がり、また輸出額が減ることでロシア政府の儲けが少なくなり、経済破綻するというモデルに則していた。

しかしこの場合の「経済の外部性」は、もっといろんな方向に波及する。
例えば、資源価格が下がれば国内の他の産業の利益が増す。利益が増せば労働者の賃金に反映されるインセンティブが生まれ、また設備投資により供給能力も増すというようにだ。

また、ソネンフェルド教授らは「電子機器の輸入が滞れば、自動車が作れなくなる」と指摘していた。
確かにロシアの自動車の質はそんなに高くないだろうが、競合していた米欧産(または日韓製)の自動車の輸入が無くなれば、国産(または中国製)の自動車の競争力が増すだけであり、また、技術力も補強される。
これをガルブレイス教授は「関税の壁のような機能」として表現した。

必要な最先端電子機器も、中国などの第三国を介して迂回するかたちで輸入されるだろう。


このような波及経路をガルブレイス教授は指摘しているのだ。

そしてこのような多層的な考え方こそ、私たちがポストケインズ主義やMMTにシンパシーを感じる理由だ。

ガルブレイス教授の論文の後半については次回に続ける。


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