スティグリッツ、ソロー、ローマ―、アカロフ、シムズ、シラーなど豪華ノーベル経済学賞受賞メンバー17人が、「バイデン大統領のインフラ予算を講じてもインフレにはならない。むしろ長期的にはインフレ低減作用となる」等とする書簡を9月末に公開している。

バイデン大統領もそれに応えて複数回の発信を行っている。
 


これは、「エネルギー価格等の輸入物価の高騰で消費者物価も上がってスタグフレーションになる~!!」とか、MMTを過剰に批判するかたちで「政府支出し過ぎてインフレになったらどうすんだ!?」とお怒りだった人達の口をふさぐ決定的な材料となりえるだろう。

なんといってもノーベル経済学者17名だ。
MMTをバカにしていた人たちも、この機会にぜひこの最強の権威に平伏してほしい。

アメリカは2020年のパンデミック以降、コロナ・経済対策費として約637兆円、そしてバイデン政権となった2021年には既出・予定分を合算すると物的・社会的インフラ支出として約400兆円規模の支出を計上している。
日本ではやっと安倍・菅・岸田政権の合計80~90兆円の補正予算がまとまろうとしているが、金額だけ見てもアメリカの計画は実に10倍である。

当該書簡の内容を以下に抄訳する。
この公開書簡の件は不思議なことになぜか日本語で一切ニュースになっていなかった。何か便乗値上げを目論む企業などに都合が悪かったのだろうか…笑)

 

・・・・・・・・
米国経済は、バイデン大統領の「米国救済計画」を含む過去1年半にわたる積極的な政府介入により、堅調な回復に向かっているように見える。
しかし、長年にわたる公共投資の削減傾向を逆転させ、またクリーンエネルギーへの移行などを含めた持続可能で包摂的な経済成長を成し遂げるには、さらに多くのことが必要となる。

大統領の「Build Back Better法案」は、人的資本や介護事業、研究開発、公教育などの重要な投資を行うことにより、インフラストラクチャの概念を拡大し、また家計のコストを削減するだろう。

我々は、様々な経済政策の具体的内容についてはそれぞれ異なる見解を有しているが、この広範なアジェンダの主要な構成要素が重要であると考えている。
そこには必要な公共投資を促進し共通の目標を達成するため、追加資金を容易に調達可能にするより公平な税制改革が含まれる。

このアジェンダは、長期的な経済キャパシティの拡大に投資し、より多くの米国人が経済に生産的に参加する能力を高めることになるため、長期的なインフレ圧力を緩和することになる。

https://www.epi.org/open-letter-from-nobel-laureates-in-support-of-economic-recovery-agenda/
・・・・・・・・


当該書簡はスティグリッツがまとめたものとなるが、公開の際のスティグリッツ教授の声明も以下に抄訳する。

 

・・・・・・・・
インフレ懸念を理由にこのインフラ投資を行うべきではないという意見もあるが、この見方は近視眼的だ。
これらは重要な供給サイドの対策である。
より多くの米国人が経済に生産的に参加する能力を高め、生産年齢人口に対する雇用率の低さを改善する。
子どもの貧困の割合を大幅に減らし、子どもたちに幼児教育や大学教育を受けさせることは、今後数年で大きな利益となるだろう。

たとえインフレ率が2%であろうと5%であろうと、安全な校舎や橋梁、そして手頃な価格の子供と高齢者のケアを拡充させることは必要である。
この投資は増税によって賄われるため、インフレの影響は無視できる程度であり、また中期的には供給サイドでの利益を上回るだろう。
そしてその革新性は、国の重大な問題の1つである経済格差の拡大に対処するのに役立つだろう。 

   *訳者注:「増税」というのは富裕層増税のこと
https://www.epi.org/press/nobel-laureate-economist-joseph-stiglitz-issues-statement-in-support-of-build-back-better-agenda/
・・・・・・・・


例え一時的にインフレ率が5%になろうと未来のためにインフラ・社会福祉投資を行う、とはなんと力強い提言だろうか。財政制度審議会なんかに属する日本のポンコツ経済学者も見習ってほしい。

加えて、書簡公開後、ワシントンポストの「本当にインフレ圧力を軽減するのか?」と心配する質問に、当該書簡に署名した複数のノーベル経済学者が返答しているので、そちらも少し抄訳にて紹介したい。

 

・・・・・・・・
ジョセフ・スティグリッツ:
このアジェンダは長期的な経済キャパシティに投資し、より多くのアメリカ人が経済に生産的に参加する能力を高めるため、長期的なインフレ圧力を緩和します。
これはシンプルに、インフレ圧力を減らすプラスの「供給サイド効果」を持つと言えます。

ピーター・ダイアモンド:
物的資本と人的資本への投資は潜在産出量を高めます。
実際のインフレは、「供給に影響を与える需要」という要因を含む複数の要因に依存します。
多くの要素が連関しているため、1つの要素のインフレへの影響の大きさを区別することは困難です。
「インフレを軽減する」という意味が、そうでない場合よりもインフレ率が低くなるということを指すのであれば、これは今回の声明の通りとなります。

クリストファー・シムズ:
このインフラ法案パッケージは、もし税収を上げるための措置の一部が削減されたとしても、供給サイドの影響によって「長期的なインフレ圧力」を軽減するでしょう。
しかし、中期的には需要サイドのインフレ圧力の懸念もあります。
   *訳者注:「税収を上げるための措置」とは富裕層増税等のこと

https://www.washingtonpost.com/politics/2021/11/04/bidens-claim-that-nobel-winners-say-his-plan-would-reduce-inflation/
・・・・・・・・
 


日本では与党・右派のみならず、野党・左派までが「貨幣の総量が物価を決定する」とする「貨幣数量説」に囚われている。
政府が支出したからといって、即インフレになるわけではないことはもはや世界の常識レベルであるが、日本の経済学者や政策立案者は新自由主義の強い影響を受けるため、いまだにこの手の誤解を持ち続けている。

この17人のノーベル経済学者の提言を機に考えを改めてもらいたい。

また、当該書簡では2つの「ビルトインスタビライザー(景気自動安定化装置)」効果にも言及している。
その2つとは、税制と労働分野の需給となる。
徴税には、需要を削減する効果からインフレ抑制の役割がある。米国ではそれを富裕層増税などに求めようとしているということだ。
そして雇用を創出し安定させると供給能力が強化されるため、これもまたインフレ抑制効果となる。

上記の3つ、つまり貨幣数量説の否定と、2つのビルトインスタビライザーは、主流学派が必死になって批判するMMTも取り入れるところだ。
特に労働分野の需給に関しては、非裁量的財政をもって労働分野の需給を恒常的に安定させることにビルトインスタビライザー効果を求める手法には、MMTの主たる政策提案としてJGP(ジョブ・ギャランティー・プログラム=総雇用保障)が設定されている。

MMT派のケルトン教授は何カ月も前からこの件に関して言及していた。
▼ ケルトン教授とライシュ元労働長官の見解がだいぶ同じ
https://ameblo.jp/cargoofficial/entry-12692548464.html
もう一度冒頭の言葉を言いたい。

MMTをバカにしていた人たちも、この機会にぜひノーベル経済学者17名の最強の権威に平伏してほしい。

この手の「1970年代のスタグフレーション時代が戻ってくる!」とする貨幣数量説を採用するネオリベは特に。


cargo