先日、米国の下院予算委員長のヤ―マス議員が完全にMMTerになったことをお伝えしましたが、クリントン政権で労働長官を務めたロバート・ライシュ教授(カリフォルニア大学)も、だいぶMMTに近づいてきたのでお伝えします。
同時期のケルトン教授のインタビューと話題がかなりかぶっていて興味深かったです。

この二人は共に、サンダース上院予算委員長が立ち上げた「Sanders Institute」という政策シンクタンクでフェローを務めていますので、同じような認識を持っていて当然じゃん、と思われるかもしれませんが、ライシュの方が全然先輩で主流派経済学者のなかでも権威的存在であるので、どちらかというと彼のほうからMMT的な方向に歩み寄ったように見えるのは驚きです。
クリントン政権はそれなりに財政出動はしていましたが、実体経済市場と乖離したところでITバブルを作ってしまった過去もあります。

2人の発言を比べてみましょう。
 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
▼ The problem isn’t ‘inflation’. It’s that most Americans aren’t paid enough : Robert Reich
https://www.theguardian.com/commentisfree/2021/aug/13/joe-biden-spending-plans-inflation-debt-fears-misplaced

ロバート・ライシュ元労働長官:
 問題は「インフレ」ではない。
 問題は殆どの米国人に給料が十分に支払われていないということだ。

 本当の問題は、国が生産する力と平均的な人々が消費する力との間のギャップである。
 経済的不平等は私たちの経済を食いつぶしているのだ。


本文抄訳:
・マンチン議員ら共和党員はインフレと支出についてデマを発している
バイデンの3.5兆ドルの政策が富裕層と大企業に対する課税によって支払われる場合は、国債への影響やインフレの問題はない
・パンデミックがなかったとしても700万人以上の雇用が不足していて、工場にも余剰能力がある。アメリカ経済は、過熱することなく拡大できる余地がまだまだある
・7月のインフレ率は下がった。今のインフレの原因は資材等のボトルネックのせいで一時的なものだ
・長期的な問題は需要が足りないことで、インフレとは正反対だ
米国経済の70%が個人消費に依存している。経済をうまく機能させるためには、アメリカ人が、生産可能な商品やサービスのほとんどを購入するのに十分なお金を使う必要がある
しかし収入は生産力に追いついていない。過去40年間、ほとんどの人の賃金は停滞し、逆に労働者の生産性は急上昇している
・その結果、潜在的生産力と潜在的購買力の間にギャップが生じている
・富裕層が吸い上げたため、庶民の賃金が足りなくなり、個人は債務を膨張させてきた
・金融緩和は持続可能ではない
・富の不平等の拡大は、ある時点で経済を崩壊させる
・元FRB議長のマリナー・エクルズは「殆どのアメリカ人の購買力が経済の生産力をはるかに下回ったために大恐慌が起こった」と説明した
・インフレと債務について心配するのをやめるべきだ。本当の問題は、米国の驚異的な富の格差で、そのギャップを埋めるには、バイデンの支出計画よりもさらに劇的な努力が必要だ

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

生産力=供給能力はあるのに需要が足りないためインフレにはならない。労働者の賃金が低すぎるせいだということですね。

ライシュの話を演繹すれば、「格差の是正、つまり一般の労働者にちゃんと賃金を払うようにすれば生産力も高まる。インフレにもならない」というかんじですかね。(累進課税によるビルスタももちろん前提としながら)

最近までの主流学者は「低金利であれば赤字支出できる」といった認識でしたが、それがちらほらと「インフレになるまでは赤字支出できる」という話も出るようになり、さらにインフレの質にも言及するようになり、また労働者の購買力を支えることが供給能力の強化にもつながり得るとの意識に変わってきたように感じます。
イエレンやパウエルにも、この辺を意識した発言がたびたび見受けられますので、ここでも経済学のフェーズがだいぶ変わったように思えます。
とにかく、ライシュを見直しました。


いっぽうのケルトン教授の発言も見てみます。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
▼ What Joe Manchin Needs To Know About The Deficit | MSNBC
https://www.msnbc.com/the-last-word/watch/what-joe-manchin-needs-to-know-about-the-deficit-118678085855


  発言抄訳:
〇記者:
ジョー・マンチン議員らはバイデンの3.5兆ドルの支出計画を景気刺激策だと勘違いしているようです。
大学や医療、教育など、実際に人々が必要としているものに対する支出なんですから、経済を刺激することとは違います。 

〇ケルトン:
あなたに完全に同意します。経済刺激策として考えるべきではありません。
大統領の「Build Back Better Agenda」プランは医療、教育、高齢者ケア、インフラなど、幅広い分野に、大規模かつ戦略的な投資を行うことを目的としたアジェンダです。
これは、アクセルを踏んで経済を活性化させようとするものではなく、「本当の意味での赤字」を克服するためのもので、私たちが長い間無視してきたもの、そして経済的幸福を高めるための投資をしようとしているのです。

  *訳者注:「本当の意味での赤字」とは、労働者の困窮や実物資源の損壊などのことだと思われる。

〇記者:
誰もが財政赤字や負債について気にしています。でも、共和党が2017年に大規模な減税を行いましたが、この国の何百万人もの飢えた子供たちや大学教育を受けられない学生や医療を受けられない人々のことは無視しています。
その長期的な経済コストこそが世代を超えて続きます。
「子供の税額控除」で見たように、実際にお金を必要としている人に少しのお金を与えれば、その人の状況はすぐに改善され、その結果、経済が豊かになるのです。

  *訳者注:「Child Tax Credit(子供の税額控除)」とは、18歳未満の子供を持つ家庭の税額が子供一人当たり最大3600ドル控除されるもので、恒久化が見込まれている。米国にはすでに扶養控除があるが、そこにプラスされる。

〇ケルトン:
この3月に議会が可決した法案の中の1つの条項ですが、「子供の税額控除」の拡大により、貧困に苦しむ子供のほぼ半数が貧困から抜け出すことができます。
この一時的な措置を次の法案で5年まで延長し、恒久化しようとしています。

〇記者:
子供の税額控除は、他の支出に比べ、実際にかなり安く済んだと思います。
しかし「インフレの棍棒」が戻ってきました。
人々はよく、「借金が多くなればお金の価値が下がり、インフレになる」と言います。
でも、今日のインフレは、ガソリン価格が昨年よりも50ドルも上昇したことなどに起因していますし、これらは負債や財政赤字とは関係ありませんね。

〇ケルトン:
その通りです。私たちが今経験していることは、私が「成長の痛み」と呼んでいることです。
世界経済はコロナウイルスの波によって、サプライチェーンの停止、ロックダウン、また、商品やサービスを生産、製造、出荷する能力に支障が出ています。
確かにインフレにはなりましたが、それも緩やかになってきています。
私達は経済を完全にオンラインに戻し、インフレを通常のレベルに下げるために必要な調整を始めています。
最近のインフレ圧力により、多くの共和党員らが臆病になっていますが、今回提案された3.5兆ドルの支出パッケージの多くが、実際にはインフレの緩和に役立っていることを覚えておく必要があります。
人々が再び労働市場に参入できるよう、育児を支援するための資金もできました。
私が言いたいのは、政府がお金を使えば実際にインフレ圧力を軽減することができるということです。
今提案されていることの多くが、すべての支出が必ずしも物価を押し上げるものだと考えるべきではありません。
実際には経済のキャパシティーを強化し、生産力を向上させ、インフレ圧力を低減させる可能性があるのです。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ライシュの場合は「一般の労働者にきちんと賃金が払われるように格差是正すれば、生産力も高まる。インフレにもならない」という感じで、労働分野の需給バランスに限定したような話でしたが、ケルトンの場合は、労働者に対する減税や給付であっても、ものによっては「経済のキャパシティーを強化し、生産力を向上させ、インフレ圧力を低減させる可能性がある」と言及しています。

なかなか興味深いですよね。
一部の日本のMMTerのなかには、なにか労働至上主義のようなものに寄るかたちで、「賃金上昇の伴う需要増加もなく、給付をしても供給体制の強化は起こらない」という認識を持っているようですが、本場のMMTerであるケルトンはもう少し緩めの感覚を持っているようです。

(「需要の増加で賃金が上がることはない」とさえ言う人もいますが、これがどういうことなのか知りたいです→  https://twitter.com/cargojp/status/1423876298955321344 )

もちろんケルトンの話は、「子育て中の人が減税や給付金により労働市場に戻ることができた場合」という例を前提としたもので、「その支出や減税が供給能力の強化に繋がる場合」と言い換えることができると思いますが、他にもそのような例はあると思いますので、考えを巡らせてみたいところですよね。

例えば、バイデンの3.5兆の人的インフラ計画(全貌は4.1兆ドル)の概観は以下の通りです。
高齢者医療の拡充なんかは働いていない高齢者向けの助成事業ですし、有給休暇の拡充なんかも労働市場からの一時離脱という意味ですから、だいぶ純粋なインフレ圧力に繋がりそうですが、それ以外の給付・助成金事業はわりと上記の「労働市場への参加を促すもの」だと言えなくもないです。
それでも需要を増強する圧力のほうが相当強いように思えますけども…。


先日、「バイデンのインフラ投資計画の合計4.1兆ドルを日本の経済規模に直すと、年間でたったの15兆円かあ。しょぼいなあ」とつぶやいていたところ、MMTをかじった人に「供給制約があるのでそれで十分だ、社会保障費もそれで足りる!」とお叱りをいただきました(笑)
実現しませんでしたが、アベノミクスの当初の計画が年間20兆円の財政出動でしたので、年間15兆と言えばそれ以下の激ショボ額ですよ。笑

また、MMTの本で読んだ通りに「呼び水政策的な財政支出で景気循環をさせてはいかん!」と言う人もいますが、今は100年に一度の大不況で、多くの国民が困窮していることを忘れていないかい?とも言いたいです。

ライシュが「需要がない」と憂うアメリカ以上に、日本は「ジャパニフィケーション(日本的低需要・低成長現象)」と言われるくらいのとんでもない低需要の国ですから、まずはこのような状態を積極財政で是正することが優先事項ではないかと思います。(労働規制や労働組合の強化と共に)

また、ケルトンの言うように、減税や助成金で労働者を支援することにより供給能力の強化にもつながります。
(それがどの程度かはよくわからないし、ケース・バイ・ケースだとも思われる)

松尾匡教授は何年も前から、技術革新や雇用状況の改善などによる供給能力の向上を「長期の成長」(天井の押上げ)、需要が喚起されて経済が押し上げられることを「短期の成長」と表現し、区別して説明していましたが、ライシュやケルトンの言うように一見して需要喚起に見える支出によっても供給能力は強化されるため、日本の天井(短期の供給制約)はなかなか遠いと思います。

先日山本太郎氏が発表した「れいわニューディール」のように、1年目は200兆円の財政出動でガツンと底上げするようなものが望まれますね。

 

 


では、本日はこのへんで。

長文を最後までお読みいただきありがとうございました。

また次回。

cargo