30年ひと世代といわれる。
30年前に生まれた人間には当時の記憶はない。
15年前の音楽は古臭く感じるが、25年前、30年前の音楽は新鮮でかっこよく聞こえる。
若い頃に親が着ていた服や、聴いていた音楽に触れる子供の掘り返し作業もリバイバルにつながる。

「Rolling Stone誌が選ぶ歴代最高のアルバム500選」が8年ぶりに改訂し、ローリン・ヒルやマーヴィン・ゲイの順位上がった。
これも時代の空気を加味した結果なのかもしれないが、Public Enemyの「It Takes a Nation of Millions to Hold Us Back」も48位から15位に上昇している。


今日はPublic Enemyを軸にHip Hopと銀行家支配論の関係についてまとめてみようと思う。

黒人音楽好きはサブカルや陰謀論(銀行家支配論)好きも多いけど、向こうの黒人にとってはNation Of Islamがその橋渡しをしていることが多い。
Ice CubeがそこからMMTに跳躍したのは歓迎したい。

 


Hip Hopをはじめとするブラックカルチャーと銀行家支配論とMMTがどうつながるのか、日本人の99.999....%にはわからないだろうけど、私にはうっすらと見えている。


MMT派のケルトン教授が「特別な旅の仲間だった」と讃える故デヴィッド・グレーバー教授は以下のようにメッセージを残している。
グレーバー教授は「負債論──貨幣と暴力の5000年」の著者で、先月、9月2日に死去した。
2011年の「ウォール街を占拠せよ運動」では指導的な役割を果たし、「 私たちは99%だ(We are the 99%)」 のスローガンを考案したことでも知られる。

ケルトン教授がツイートしたグレーバー教授のビデオを抄訳する。

▼David Graeber: debt and what the government doesn't want you to know 


【抄訳】
政府は国債の秘密を隠蔽している。
政府部門の赤字は、必ず民間部門の黒字と同額となる。
もし政府が債務を償還するため財政を黒字化しようとすると、民間から税金を取らねばならず、その結果、民間は赤字になる。

これは政府と民間には貸し借りの関係があるためだが、貨幣にも同じ関係がある。
貨幣の正体は負債である。
ポンド紙幣の表面を見ると「所有者に××ポンドを払う」と書いてあり、これは紙幣が政府の負債であることを示しているのだ。
貴方がことさら借金を重ねることはできないが、債務者であると同時に紙幣の供給者である政府には返済する義務はない。


富裕層には、より多くの借金をするための百万通りの方法があるが、その借金は必ず支払い能力が最も低い最下層の人たちに転嫁される。
政府が赤字支出すると、債権者、つまり裕福な人々は、結局低金利で、多くの国債発行を希望することになる。
その時に政府は、国債の利払い費を賄うためにあなたに課税しようとするのだ。
実際には、政府が支出し、同じ政府が負債を抱えるだけなのにだ。
そしてその負債は、高金利を課す住宅ローンや消費者金融ローンなどとしてあなたに直接転嫁される。

これが政府がひた隠しにするタブーである。
政府の収入と支出をイコールにする財政均衡など、とうてい不可能なのだ。
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MMTには「債務ヒエラルキー」という考え方があるけど、グレーバーの話は金利のピラミッドとも言い換えられるだろう。
一般に、社会的階層の低い人は信用が低いので、消費者金融等から高い金利、例えば十数%ほどでお金を借りなければならない。
その金を貸し出す消費者金融はノンバンクなので、銀行から金利数%でお金を借りているだろう。ノンバンクはこの金利の差を利用して利鞘を稼いでいる。
その上の市中銀行は信用創造ができるのでこういったかたちで利鞘を稼ぐ必要はないが、政府から発行される国債の金利が、非金融企業に貸し出すときの利息の目安となるため、国債金利は銀行貸し出し時の金利と同等か、より低くなる。
ピラミッドの上位に行けば行くほど金利が低いし、社会的下層の人間は高金利でしか借りられない。

前回の記事で、マイケル・ハドソン教授の論説でも触れたように、上位階層の機関はより多くの負債を発行したいがために、より多くの信用貸付を行い、我々ヒエラルキー下層の人間は債務の網に囚われるのだ。
その結果格差が拡大し、また固定化する。

このハドソンの件は結局国債の発行こそがこの債務ヒエラルキーを固定化させていしまっている要因であると気づかせるが、日本のMMT四天王と言われるにゅん氏の捕捉が全貌を掴むのに役立つ。
 「陰謀脳だとわかりやすいのですが、政府は中央銀行に国債を発行させられてきたのですね。
  MMTはこの力関係を逆転させて反対に中央銀行を政府に従属させようという考えです。」

MMTの考えでは「政府が借金をするために国債を発行し、中銀から準備預金を調達しているのとの説明は正確ではなく、実際は、政府の支出により放出された準備預金の余剰分をインターバンク市場から取り除くために、国債が発行される」と言う。
本来なら国債を発行せずとも支出できるのに、無駄に国債発行し、中銀の買いオペ/量的金融緩和を誘発しているということになるが、この点が他のポストケインズ派たちとの大きな相違になる。

この考えは極めて重要で、ランダル・レイが今年2020年に発表した論文「The “Kansas City” Approach to Modern Money Theory」にもそのことが記されている。


さて、前々回は西海岸のIce Cubeについて触れたが、今回は東海岸のPublic Enemyの話をしようと思う。
CubeにNation of Islamを紹介したのはPEだった。

90年代前半は、私はシドニーに住んでいて、私と周辺のクルーは主にNYものにハマっていたが、NY Hip Hopの系譜はPublic EnemyやKRS One(いずれもムスリム)の影響なのか、コンシャスでポリティカルな歌詞が多かったことを覚えている。

PEは主に黒人コミュニティのみで聴かれていたオールドスクールHip Hopを世界的なムーブメントに押し上げた。
名前の通り「公衆の敵」で、写真の通り、彼らは軍隊だった。
この恰好はNoiの「Fruit」と呼ばれる警備隊の制服や、ブラックパンサーの軍服スタイルに影響を受けたものだ。




89年の「Fight the Power」はHip Hop史に残る名曲だ。
この曲はキング牧師の演説のサンプルで始まり、Hook部では「自由か死か。権力と戦え」と黒人を鼓舞する。

 

▼ Public Enemy - Fight the Power(和訳)


私も中学生くらいの時に「Fight the Power」を聴いて、かっこいいとは思ったけど、その「権力」の意味するものを抽象的概念としてしか認識できていなかった。

この「Fight the Power」が今年の8月に復活、リメイクされていた。実に感慨深い。
なんとこのバージョンではNasやThe RootsのBlack Thoughtも参加している。両者ともNOI系のイスラム教徒だが、この二人についてはまた後述する。
そしてこの曲でも当たり前のようにマルコムXやブラックパンサーの名が出てくる。

▼ Public Enemy - Fight The Power (2020 Remix) feat. Nas, Rapsody, Black Thought, Jahi, YG & QuestLove


この曲でFeatされている新人ラッパーのRapsodyもムスリムだ。おそらくNOI系だと思う。
NOIの影響を強く受けるD'Angeloと、NOIでWu-TangのGZAという大御所をFeatしている曲がある。

▼ Rapsody - Ibtihaj ft. D'Angelo, GZA(2019)


PEの87年のヒット曲「Bring The Noise」は有名なMalcom X「Too Strong, Too Black」の演説のヴォイスサンプルで始まる。
ヒップハウスと呼ばれたJungle Brothersの「I'll House You」(1988)にも同じサンプルが使われている。

 

▼ Public Enemy - Bring The Noise


Malcom Xのサンプルは、「Can't Truss It (91)」や、NOIのParisをFeatした「Hannibal Lecture」、「Party for Your Right to Fight(88)」など多くの曲で使われていて、PEがマルコムを敬愛していたことをうかがわせる。

「Fight The Power」の続編的位置づけとなる、「権力と戦うためのパーティーをやろう」と歌う「Party for Your Right to Fight」のリリックをチェックしよう。
完璧なNOIソングとなっている。
 

▼ Public Enemy - Party for Your Right to Fight
[Verse 1]
Power and equality and we're out to get it
I know some of you ain't with it
This party started right in sixty-six
With a pro-Black radical mix
Then at the hour of twelve
Some force cut the power and emerged from hell
It was your so-called government that made this occur
Like the grafted devils they were

これは権力と公平さを手に入れるための戦いだ
おまえらの中には実現できない奴もいるだろう
このパーティーはちょうど66年に始まった
黒人の権利のために戦う過激派と共にさ
そして時計の針が次の日を告げる瞬間に
何者かがこの力を断ち切って、地獄から現れたんだ
これが、いわゆるおまえらの政府ってやつだった
まるで汚職で腐敗した悪魔さ

[Interlude]
"Yeah, now" (Yeah, y'all!)
Party for your right to fight! (Yeah, y'all!)
イエー、今こそ
俺たちの権利を勝ち取るためのパーティーだ!

[Verse 2]
J. Edgar Hoover, and he coulda proved to you
He had King and X set up
Also the party with Newton, Cleaver and Seale
He ended, so get up
Time to get em back (You got it)
Get back on the track (You got it)
Word from the honorable Elijah Muhammad
Know who you are to be Black (Boy)

J.エドガー・フーヴァー(*FBI初代長官)の存在はそれを証明する
奴がキング牧師とマルコムXを罠にはめたんだ
NewtonとCleaverとSeale(*ブラックパンサーの創始者たち)のパーティー(政党)もだ
彼らが終わったから、俺たちが立ち上がった
そいつを取り戻す時が来た
トラックに戻すぞ
偉大なイライジャ・ムハンマド(*NOIの創始者)の言葉だ
「自分が黒人であることを知れ」

[Interlude]

[Verse 3]
To those that disagree, it causes static
For the original Black Asiatic man
Cream of the earth and was here first
And some devils prevent this from being known
But you check out the books they own
Even Masons they know it
But refuse to show it, yo
But it's proven and fact
And it takes a nation of millions to hold us back

俺たちに反目する奴らにだって、バチバチと静電気を起こすぜ
最初の黒いアジア人のためにな(*Black AsiaticはNOI用語。彼らはアジア人だと自称していた)
地球で最初のクールな人間だ
だが悪魔たちはこのことを知られないようにしている(*おそらくこの「悪魔」とは白人の悪人)
でも彼らが持っている本はチェックしてみろよ
フリーメイソンでさえこのことを知っているんだぜ
でもそれを見せるのを拒否するわけよ
しかし、これは証明されてる事実なんだぜ
俺たちを抑えこむには何百万もの国が必要だ

 *翻訳は私cargo
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どうだろうか。
「俺たちPublic EnemyがキングJr、マルコムXらNOI、ブラックパンサーのレガシーを引き継ぐ」と力強く宣言している。

白人のメディアがこぞってPEを、暴力的で人種差別的だと批判し、「Most dangerous band alive(現存するバンドの中で最も危険な存在)」と評したのも頷ける。

ちなみにだが、ブラックパンサー党もマルコムXに強い影響を受けている。
いわばブラックパンサーはNOIの過激闘争面の申し子のような存在だった。

もうひとつ気になるのが、この曲の後半で「フリーメイソンも人類の出生の秘密を知っている」と言っていることだろう。

若干脱線するが、やはりNOIがフリーメイソンをどう考えていたのかにも触れなければならない。

イスラム教の聖地メッカにはカアバ(Kaaba)と言われる黒い四角い寺院(🕋)があって、信仰の対象とされている。
630年にムハンマドがイスラム教を一神教に改めるまでは、原始イスラム教は多神教を信仰していて、そのカアバの中には360の神が偶像として祭られていた。

Nation Of Islamのファラカーンによるとその多神教時代のカアバには秘密があり、人類出生の秘密が隠されている。そしてその秘密を知るのがフリーメイソン、その中でも高階級に位置するシュライナー(Shriner)だという。

私の知るシュライナーは、1872年にフリーメイソンから分派、創設され、カーネル・サンダースやナット・キング・コールも所属した、カーニバル好きの陽気なグループなのだが、私のリサーチ不足でいまいち知識が追いついていないので、理解が進んだらまた言及してみようと思う。

ちなみに、原始イスラム教の多神教信仰の部分をクローズアップするのがNOIから分派した5% Nationとなり、これまた独特の教義があるのだが、このあたりの話も後述するとしよう。

NOIのファラカーンは先述した通り、銀行家に対して並々ならない敵対心を持っていたが、そういうスタンスもNOIの信徒には伝染していた。有名な銀行家マイヤー・アムシェル・ロスチャイルドもフリーメイソンだったが、そういったことも関係しているのだと推察する。


全盛期のPublic Enemyも銀行批判を重ねている。
91年の「Get The F... Outta Dodge」では、警察を挑発しながら「あの銀行に強盗に入ったのは俺かもよ」とライムし、同じく91年のヒット曲「Shut ’Em Down」では「俺は貧乏で手数料も払えないから金も借りられない。銀行からも追い出されたほどだ。白人たちは俺たちをギャング、麻薬密売人、麻薬常用者など価値のない者としてニガー同士で殺し合わせている」と訴えた。

▼ Public Enemy - Shut ’Em Down(1991)


ユタ大学の社会学の准教授、Theresa A. Martinez博士の1993の論文では、ロス暴動はIce Cube、Ice T、Public Enemyのような複数のラップアーティストにより予想されていたが、世間からは無視されたという怒りが伝わってくる。彼女の彼らのラップ歌詞を分析している。
いわばブラックカルチャーに傾倒する人間にとっては、PEやIce Cube、ファラカーンは預(予)言者的な存在だったのだ。


さて、話の流れとはまったく関係ないが、Youtubeを見ていて、今年になってなぜか「証言 / LAMP EYE(96)」の公式ビデオが公開されていたことを知った。
この曲は90年代の日本のヒップホップの最重要曲だ。

▼ 証言 / LAMP EYE featuring RINO,YOU THE ROCK★,G.K.MARYAN,ZEEBRA,TWIGY,GAMA,DEV LARGE and DJ YAS


故DEV LARGE氏は私のラップの師匠であり、Zeebra氏とは98年に共演している。

▼ Breakpoint (DJ SACHIO feat. AKEEM, DABO, GOKU, K-BOMB & ZEEBRA)

 


そんなわけでまた次回はPublic Enemyのリリックを掘る。

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