【目次】
◇ 「スパイ防止法」の正体 ~アメリカの言いなり
◇ お爺ちゃんの代からCIA(「特定秘密保護法」の背景)
◇ 情報漏洩について日本に釘をさすCIA ~東芝COCOM事件
◇ アメリカの防諜体制との一体化がスパイ防止法の骨子
◇ 「スパイ防止法」の正体 ~アメリカの言いなり
前回の記事(https://ameblo.jp/cargoofficial/entry-12936596748.html )では、統一教会や関係の深い自民党がスパイ防止法をゴリ押ししていることを指摘した。
新総裁の高市早苗と国民民主、参政党も同様にスパイ防止法を推しており、怪しい限りだ。
彼らには、米CIAからの要請でスパイ防止法の制定を希求してきたのではないかという疑惑がある。
少なくとも自民党は、岸信介の時代からアメリカから特定情報の秘匿を求められていた ため、CIAのフロントと目される統一教会とも共通の悲願であったことがわかっている。
本記事では、情報保護法制-スパイ防止法がアメリカから求められてきたことを証明する。
その後KCIAがCIAの意図のもと作られたこと、そして統一教会がCIAのフロントであることを証明してゆく。
まずはスパイ防止法の歴史を少し振り返ろう。
日本の秘密保護法制はその歴史の始まりからアメリカと共に歩んできた。
上記が、現在に至るまでの日本の大まかな秘密保護法制の歩みだ。
外務省は2018年12月、昭和30年代前半から60年代にかけての外交文書22冊(約9200ページ)を一般公開 した。
文書からは、昭和32年(1957年)2月に政権を発足させた岸信介首相が同年6月の初訪米中、秘密保護法を制定する考えを示していた ことが分かった。
岸は32年6月の訪米中、ダレス氏とも会談 。その際、米国側同席者の一人、ラドフォード統合参謀本部議長が米国とソ連の東西両陣営の軍備の現状を解説したが、「新兵器に関する情報の交換」をめぐり「日本には秘密保護法がないので、これ以上の情報の供与はできない」と情報提供を拒否 した。
これに対し岸氏は「秘密保護法については、いずれ立法措置を講じたい」と述べていた 。
産経 2018年12月19日 https://www.sankei.com/article/20181219-G64U6WGY65N4XISEDSZHBC7Q54/
多くの人が知っている通り、岸はCIAエージェントだ。
http://www.jpri.org/publications/workingpapers/wp11.html
この新たに公開された公文書により、アメリカの要請でCIAエージェントの岸信介が秘密保護法制の制定を進めたことがわかる。
しかも上記産経の記事にある名前はアイゼンハワー政権のCIA長官アレン・ダレス だ。ダレスと米軍参謀からはっぱをかけられたということはCIAからの要請と受け取ってよい だろう。
件について、東京新聞の記事にはもう一歩踏み込んだ記述がある。
岸信介と勝共連合がスパイ防止法を求めたのはなぜか。
「根本的にはCIA」と語るのは御年89歳の政治評論家、森田実 だ。
「アメリカの政策は今も昔も変わらない。反共で韓国と日本の手を結ばせ、アジアを分断しながら戦いを挑ませる手法だ」と森田 。
また、岸は「米共和党に最も近い人物」で、旧ソ連と向き合う上で「日本の関連法制では整備が不十分という米側の意向をくもうとした」。勝共連合の方は「権力や金のために日本に食い込むには米側に取り入るのが一番早かった」 とのことだ。
東京新聞 2022年8月17日 https://www.tokyo-np.co.jp/article/196366
この米国(CIA)側からの要請を受けた岸の悲願が1985年の(旧)スパイ防止法の国会提出(廃案)に繋がった。
当時の首相はこれまたCIAエージェント疑いのある中曽根 だ。
(中曽根のCIA疑いについて https://ameblo.jp/cargoofficial/entry-12877907462.html )
専修大学名誉教授・隅野隆徳の論文「国家秘密法案の背景と基本問題(1986)」に1985年国会提出の通称・スパイ防止法に関する詳細が記されている。(https://www.senshu-u.ac.jp/~off1009/PDF/geppo1986/smr273-b.pdf )
いく度かの秘密保護法制定の動きの中で,現存する中心的な法制として,日米安保体制の形成にともない成立した1952年の日米行政協定の実施に伴う刑事特別法6条等や,54年のMDA秘密保護法がある。
これらは,日米安保条約に基づくアメリカの軍事秘密の保護を主要な対象とするが,今回の 法案[*いわゆるスパイ防止法案のこと]の基礎 におかれていることは明らかである。(隅野 1986 p.3)
国家秘密法案の作成過程が,1975年アメリカのベトナム戦争敗北後,80年代の日米安保体制の展開と結びついており,その根拠に,78年11月日米間でとりきめられた「日米防衛協力のための指針(カイドライン)」があることは,今日一般に認められている。
同ガイドラインは,日米共同作戦態勢を具体化させる段どりを定め,日本を「西側の一員」としてアメリカの世界戦略にくみこむもの である。(隅野 1986 p.4)
連綿と続くアメリカ側からの対インテリジェンス要望が示唆されている。
80年代当時の資料からもわかるように、「旧スパイ防止法案」とは、アメリカの秘密情報の 保護のために作った法案 なのだ。
アメリカが情報統合のため自民党(おそらく統一教会も)に要請して、スパイ防止法の制定を持ちかけたのは想像に難くない。
しかしながら、この85年の「旧スパイ防止法案」が廃案となったため、その悲願は後の安倍政権における「GSOMIA(軍事情報包括保護協定)」と「特定秘密保護法」に受け継がれてゆくことになる。
GSOMIAは軍事関連、そして特定機密保護法は対象を公務員やジャーナリストにまで拡大した外交や対テロに向けた情報保護法制 だ。
今後の「シン・スパイ防止法」では手の届いていなかった一般国民までを含んだ監視・弾圧体制、法制を強化したい のだと考えられる。
◇ お爺ちゃんの代からCIA(「特定秘密保護法」の背景)
2012年の「特定秘密保護法」成立の背景も探ってみよう。
日本大学教授・小谷賢の著書「日本インテリジェンス史(2022)」と論文「特定秘密保護法制についての一考察」(国際安全保障 = The Journal of international security / 国際安全保障学会 編、2022 https://www.jstage.jst.go.jp/article/kokusaianzenhosho/49/4/49_63/_pdf/-char/ja )から引用していく。
現在の特定秘密保護法に連なる秘密保全制度改革の源流は、2008年2月に内閣官房の内閣情報調査室(内調)で作成・公表 された「官邸における情報機能の強化の方針」にある。
(小谷「特定秘密保護法制についての一考察」、2022 p.66)
なるほど、最初の呼びかけは第一次安倍政権下の2008年に、日本版CIAと呼ばれる内調から発信されたようだ。
(内調がCIAに作られた、コードネームまでつけられた情報機関 であることは下記リンクで記した https://ameblo.jp/cargoofficial/entry-12894001403.html )
特に法整備には、内閣情報官(内調室長)を務めた安倍の懐刀、北村滋がキーパーソンとして成立に尽力 したという。(小谷賢「日本インテリジェンス史」2022,p192)
北村は、TBS元ワシントン支局長の山口敬之による伊藤詩織氏準強姦疑惑を揉み消した疑いがある。スパイであるにも関わらず予期せず有名になった男 だ。
山口敬之から北村滋へのメール(誤って新潮に送ったことで発覚)。暴行事件もみ消しの相談 と見られている。
https://lite-ra.com/2021/10/post-6036_3.html
北村滋は、戦後に米ウィロビー少将のもとでエージェントをしていた「河辺機関」の直系のシンクタンク「世界政経調査会」の現代表も務める、なんとも怪しい奴だ。
https://www.sekaiseikei.or.jp/
安倍政権下における特定秘密保護法やNSC設立などのインテリジェンス法制を巡る背景だが、実は
2007年の第一次安倍内閣の時代、すでにアーミテージ・ナイ・レポートで米側が秘密保護の強化を提言 していた。
それだけではない。政権奪還直後の安倍晋三も米側の要望に応えて発信している。
2012年12月26日に第二次安倍政権が発足すると、安倍晋三総理自ら秘密保護法制の整備に意欲的な姿勢 を見せるようになる。翌年4月16日、安倍派国会で以下のように発言している。
「秘密保護法制については、これは私は極めて重要な課題だと思っております。海外との情報共有を進めていく 、これは海外とのインテリジェンス・コミュニティーの中において日本は様々な情報を手に入れているわけでございますし、また、日米の同盟関係の中においても高度な情報が入ってくるわけでございますが、日本側に、やはり秘密保全に関する法制を整備していないということについて不安を持っている国もあることは事実 でございます。」(第183回国会 衆議院 予算委員会 第23号 平成25年4月16日)
この発言から安倍が、日米間の情報共有の必要性から秘密保護法制を推進しようとしていた ことが理解できる。これまで見て来たように、米側は日本側の秘密保全体制をあまり信用していおらず、その改善を訴えてきた ことも事実だ。
北村は、 米国だけでなく、G7諸国も日本の機密保全に対する懸念が根強く、米国から何度も改善を求められていたと回想 している
(小谷賢「日本インテリジェンス史」2022, p198)
さすが「おじいちゃんの代からCIA♪」である。
2018年に見つかった
50年代の外交文書におけるエージェント岸の立ち振る舞いとまったく同じ ではないか(笑)
家業として「アメリカの犬」を引き継いだのだろう。
結局、やはり特定秘密保護法の元ネタもアメリカ発だったと言えるのではないだろうか。
特定秘密保護法成立に先立って、軍事情報に関わる米国との協定「GSOMIA」が成立しているが、これも米国のインテリジェンスを秘匿するための法制であったことが明らかになっている。
冷戦期には多くのスパイ事案が生じており、日本が米国との同盟を結ぶにあたって懸念されたのは、日本に提供される米国の軍事機密が第三国に漏洩するリスク であった。
1954年3月8日に締結された日米相互防衛援助協定に伴い、日本政府は6月9日に「日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法(MDA秘密保護法)」を国内法として公布していたものの、この法律は米軍から提供された装備品や情報を秘匿するためのもの であり…(小谷「特定秘密保護法制についての一考察」、2022 p.64)
日米間ではGSOMIA等の軍事情報のみが秘密に指定されるのみであったが、特定秘密の導入によって、外交・安全保障から経済・技術情報に至る幅広い分野での秘密情報の共有が可能となり、米国が「シークレット」と指定する文書が、日本では特定秘密に指定されるようになった 。(小谷「特定秘密保護法制についての一考察」、2022 p.73)
以上の系譜を念頭に、
外務省の元情報局長・孫崎享氏は「秘密保護法は米国の要請だった(2013.11.21)」と言う 。
https://iwj.co.jp/wj/open/archives/112741
◇ 情報漏洩について日本に釘をさすCIA ~東芝COCOM事件
もう一つ例を出しておこう。
下記は、米国の機密情報を日本企業がソ連側に誤って流出してしまったとする「東芝COCOM事件」において交わされた、
CIAによる機密扱いの評価報告書 「JAPAN: CONTROLLING TECHNOLOGY LEAKAGE TO USSR=日本:ソ連への技術漏洩を抑制」(1983)だ。
ちなみに、名古屋大の春名幹男は著書「スクリュー音が消えた」で、この事件を、
日米貿易問題で圧力をかけるための米側の謀略だと評価 している。
また、NSCの初代室長・佐々淳行は著書「亡国スパイ秘録(私を通り過ぎたスパイたち(2016)の文庫化版)」で
アーミテージに呼び出されてひどくドヤされた と著している。
https://ameblo.jp/cargoofficial/entry-12885900262.html
https://www.cia.gov/readingroom/document/0000582201
この文書では、主に日本側によるソ連関連の企業・人員の締め出しや金融規制措置と、情報漏洩対策の取り組みとその進捗を評価している。
「中曽根による措置と日本の国際的役割の強化は、技術漏洩に対する西側諸国の一般的な取り締まりへの日本の参加を奨励 した (p.3)」と、米傘下のインテリジェンス・コミュリティーへの日本の取り込みが成功したことを評価 している。
しかし以下のように対策の不十分さに懸念も示している。要するに、CIAは「圧力が必要だ」と示唆 している。
1950年代に岸信介に、また00年代に自民党(安倍晋三)に行った提案(圧力)と通底している。
「現在進行中のCOCOM交渉において、東京は軍事的に重要な新興技術に対する監視体制の構築には前向きであると我々は考えている。しかし、複数の日本政府関係者は、東京が米国の提案──石油・ガス産業に関連する装備や技術をCOCOMリストに追加する案──には同意しない可能性 が高いと示唆している。日本側はこの提案について、戦略的でない品目が多く含まれており、正当な貿易を妨げる恐れがあると見なしている。」
「新たな措置が長期的にどれほど強力に推進されるかは不確かである。東京は、ソ連への技術移転がもたらす安全保障上の脅威を、米国ほど切迫した問題とは見なしていない 。(CIA報告書 - JAPAN: CONTROLLING TECHNOLOGY LEAKAGE TO USSR、p.7)」
また、パペットである中曽根に期待し、その去就を見守る記述もある。
過去1年間の出来事──レフチェンコ事件、ソ連の産業スパイ2名の国外追放、大韓航空機撃墜事件、そして中曽根の当選──は、東京の新たな政策にとって理想的な状況を生み出した 。ただし、これらの多くの効果は短命に終わる可能性がある。
(*黒塗り部分 中略)
しかし、日本がソ連の脅威をより強く認識するようになれば──特にアジアにおけるSS-20の配備や北方領土での通常戦力の増強に対する認識が高まれば──東京の対ソ技術流出を抑制しようとする決意は強まるだろう。
中曽根首相はこの新たな措置の推進者としての役割を引き続き果たす だろうが、1983年12月下旬の衆議院選挙で与党が後退したことを受けて、国内問題への関心を高めるにつれ、その影響力は弱まる可能性がある。
(中略)
現時点では、外務省がこの新たな政策に最も積極的に取り組んでいる が、通産省(MITI)でさえ、より厳格な規制を支持することが政治的に得策だと考えている。
これらの省庁および他の関連機関は、官僚間の意見の相違を乗り越え、東京がより厳格な輸出規制を実施できる制度的枠組みを構築した。
日米協議の中で技術移転問題の重要性を継続的に強調 することは、この新政策を軌道に乗せ続ける助けとなる。
また、国際的に厳格な輸出規制を支持する環境や、同盟国による規制の公平な執行という認識も、政策の維持に寄与するだろう。
(CIA報告書 - JAPAN: CONTROLLING TECHNOLOGY LEAKAGE TO USSR、p.7)
この他、通産省が約束を守らない等の苦言も呈しながら、概ね官僚機構の当問題への協力姿勢に期待する旨が綴られている。
黒塗り部分もあるが、トップシークレット文書でもないためわりと素直な評価報告となっている。
◇ アメリカの防諜体制と一体となるのがスパイ防止法の骨子
インテリジェンスに関わる法制の背後には必ず米国の要望があると言ってよい。
現在、自民党の高市早苗や参政党、国民民主などは「スパイが大変だから防止するんだ!」と息巻いているが、
アメリカの防諜体制と一体となるのがスパイ防止法の骨子 だ。
要は
アメリカのインテリジェンス・コミュニティーに取り込まれるための、「米国のスパイが作ろうとしている法案がスパイ防止法」 なのである。
スパイ防止法は、落日の帝国に搾取されながら共に没落してゆくため打ち込んだ楔として機能するだろう。
本当に日本国民は、このような売国右翼たちの反日行為の正体をよくよく考えるべきだ。
今回はここまで。
次回は再度KCIA、CIA、統一教会の話に戻る。
cargo