祈り | 見上げた空に、独り言。

見上げた空に、独り言。

普段は誰にも話さないような『自分の想い』を自由気ままに書いちゃってます!!

実家に帰省してお墓参りをしてきました。


今年のお墓参りは、いつもとは違う景色がありました。

それは、3月に起きた震災の影響で、倒れている墓石がいくつもあり、数百キロもある墓石が、まるで積み木が崩れたかのように、あちこちに倒れ、いかに震災が大きかったのかを目の当たりにしました。

幸いにも、私の家の墓石は無事でした。何よりも家族や親戚、大切な人たちがみな無事であったことへの感謝の気持ちを先祖に祈りました。


実家の仏壇には、いくつもの先祖の位牌があり、中には文字が消えかけていて、ほとんど読めない位牌もあります。


また、仏壇のある部屋には太平洋戦争で戦死した、祖父の兄弟の写真があります。
まだ二十歳という若さで、南方のペリリュー島という場所で亡くなったそうです。
昔、祖母から「ペリリュー島では、島の地形が変わるほどの爆撃を受け、みな玉砕したんだよ」という話や、生々しい戦場での話を聴かされました。


子どもだった私には、よく意味も分からず、ただ怖くて、大変なことがあったんだなとしか思えなかったという記憶があります。


この時期になると、戦争に因んだ映画やドラマがテレビで放送されますが、私はいつも祖父の兄弟もこんな戦場で亡くなったのかと思いながらみています。

簡単に命が奪い奪われてしまう惨状の中で、祖父の兄弟はどんな気持ちでいたのだろうと、想像もつかないことを考えたりします。

遺骨さえも戻ることが無かった「戦争」。

祖母から聴かされた話を次の世代に語り継ぐことが、供養なのかもしれません。

お国の為に、勇ましく散ったなんて、そんな美化された言葉では片付けられない、生々しく悲しい史実を私たちは決して風化させてはならないような気がします。


「平和」の大切さとは、悲しい史実をいつまでも忘れないことだと思います。



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