~世界のリーダーシップ潮流から考える「Vulnerability(ヴァルネラビリティ)」~
2026年6月4日~6日に、トルコ・イスタンブールで開催された「Global Summit of Women 2026」に参加してまいりました。
そこで、現地で見聞きしたことを、日本企業の組織開発や人材育成にどう活かせるのかという視点で考えています。
第1回では、会場で出会った女性リーダーたちの姿から、「自分の意見を言える人材」はどのように育つのかについて考えました。
第2回となる今回は、これからのリーダーのあり方について考えてみたいと思います。
サミットの初日、ロールモデルについて語られる中で、耳に残った言葉がありました。
“show vulnerability even though you have a high ambition.”
高い志を持っていても、Vulnerability(ヴァルネラビリティ)を示すこと。
Vulnerabilityは、日本語では「脆弱性」「傷つきやすさ」などと訳されますが
ヴァルネラビリティの研究で有名な
ブレネー・ブラウンの著書『本当の勇気は「弱さ」を認めること』で使われている
「弱さ」ということばに置き換えると、イメージしやすいのではないかと思います。
■ 「完璧なリーダー」でなければならないのか
研修をしていると、管理職やリーダーから、さまざまな悩みを伺います。
「部下より仕事ができなければならない」
「聞かれたことに正解を持っていなければならない」
「迷っている姿を見せてはいけない」
責任のある立場になるほど、自分に求めるものも大きくなります。
特に女性の場合、仕事に加えて家庭や周囲への配慮まで含めて、
「きちんとできなければ」と考えている方も少なくありません。
リーダーは、スーパーウーマンであることを求められている。
そんなふうに感じてしまうのだそうです。
もちろん、高い目標を持ち、自分の能力を磨き続けることは大切です。
ただ、ここで少し考えてみたいと思います。
何でもできる。
迷わない。
失敗しない。
いつも正しい答えを持っている。
そのような「完璧な人」が、
本当に次の世代にとってのロールモデルになるのでしょうか。
「あの人だからできる」
「自分は、あんなふうにはなれない」
そう感じる存在は、
憧れにはなっても、次世代が目指せる
ロールモデルにはなりにくいと言えるのではないでしょうか。
サミットで何度か耳にしたVulnerability(ヴァルネラビリティ)という言葉は、
これまでのステレオタイプであった「強いリーダー像」を、
少し違う角度から考える時代になってきていることを
示唆しているように思います。
■ 「部下のほうが詳しい」と悩むリーダー
最近、管理職研修では、異動したばかりのリーダーから、
こんな悩みを伺うことが多くあります。
新しい部署に管理職として着任したものの、
業務については長く、そこで働いてきたメンバーのほうが詳しい。
「管理職なのに、部下より知らなくていいのだろうか」と不安になるのです。
しかし、異動して間もないリーダーが、その部署で何年も経験を積んできた
メンバーより知らないことがあるのは、むしろ自然なことです。
わからないことは、詳しい人に聞く。
「この分野については、あなたのほうが詳しいので、教えてもらえますか」
そう言うことで、解決できます。
そして、それが本当の強さともいえるでしょう。
「リーダーは常に答えを持っていなければならない」
という思いこみが強いほど、この一言が難しくなります。
そしてそこに囚われてしまうと
知らないことを隠したり、質問することをためらったり、
ときにはわかっているように振る舞ったりすることもあります。
しかし、「わからない」と認めることと、
リーダーとして責任を持たないことは同じではありません。
知らないことは、知っている人に聞く。
メンバーの経験や専門性を尊重する。
異なる知識を持つ人の力を借りる。
そのうえで、必要な判断をし、責任を引き受ける。
これからのリーダーに求められるのは、
すべてを自分一人で知っていることではなく、
チームの中にある知識や経験を引き出し、活かす力なのではないでしょうか。
■ 世界で注目されている「ヴァルネラビリティ」
Vulnerabilityという言葉を世界的に広く知らしめた研究者の一人が、
冒頭にもご紹介した
米国の研究者ブレネー・ブラウン氏です。
2010年にTEDxHoustonで行った「The Power of Vulnerability」は、
TED公式サイト単体でも7,000万回以上視聴され、
世界で最も広く視聴されたTED Talksの一つとなっています。
ブラウン氏は、Vulnerabilityや勇気、
人と人とのつながりについて長年研究を続けています。
リーダーシップについて論じた著書、
『dare to lead リーダーに必要な勇気を磨く』(サンマーク出版)では、
リーダーが常に正しい答えを持っているふりをするのではなく、
好奇心を持ち、問いを投げかけることの重要性についても述べています。
ここで注意したいのは、Vulnerabilityとは、
ただ単に「弱さを見せればよい」ということではありません。
実際、そういう意味ではないことを、ブラウン氏は
著書で伝えています。
「わからない」
「間違えた」
「教えてほしい」
「あなたの意見を聞きたい」
「ここは力を借りたい」
必要な場面で、そう言えること。
自分の不完全さを受け入れて、それをチームの力や自身の経験につなげること。
不確実な状況でも他者と関わり、周囲の力を借りながら前へ進む。
Vulnerabilityという考え方をそのように捉えると、
職場を活性化させる
リーダーシップにもつながってくるように思います。
■ 「完璧でなければ」を自分にも他者にも求めていないか
もう一つ、ブラウンの研究から考えさせられるのが、完璧主義についてです。
完璧であろうとすることは、一見すると強さや向上心のようにも見えます。
しかしブラウンは、完璧主義を、傷つくことや批判されることから
自分を守るためにまとう「鎧」の一つとして捉えています。
「間違えてはいけない」
「弱さを見せてはいけない」
「常に正しくなければならない」
こうした基準を自分自身に厳しく課していると、
その基準を知らず知らずのうちに周囲にも求めてしまうことがあります。
部下が「わかりません」と言ったときに、
「そんなことも知らないのか」
と感じる。
失敗したメンバーに、
「どうしてこんなこともできないのか」
と思う。
助けを求める人を見て、
「もっと自分で何とかするべきだ」
と考える。
もちろん、完璧主義の人がハラスメントをする、という単純な話ではありません。
ただ、ブラウンは組織文化を論じる中で、ハラスメントなどが見られる場合、
その背景に、人が不完全さや失敗を安心して示せない文化がないかを
検証する必要があると指摘しています。
リーダー自身が「失敗してはいけない」「弱さを見せてはいけない」という
強い鎧をまとっていれば、その価値観が、日々の言葉や態度を通して周囲にも
伝わっていくことがあります。
それは、リーダー自身の生きづらさだけでなく、
メンバーが「わからない」「助けてほしい」と言えるかどうかにも影響します。
だからこそ、Vulnerabilityは、単に個人が「弱さを見せる」ための話ではなく、
成長途中にある不完全さをどのように受け止める組織なのか
という問いにもつながります。
■ 組織で「言える文化」をつくる
ブラウン氏は
「これからはリーダーも『わからない』と言いましょう」
と、個人に求めるだけでは十分ではないと語っています。
大切なのは、それを受け止められる組織文化があるかということです。
実際には「わからない」と言った途端に、
「管理職なのに、そんなことも知らないのか」
と思われる。
失敗について率直に話せば、評価が下がる。
助けを求めれば、「能力が足りない」と見られる。
そのような職場で、「もっと自分を開示しましょう」と言われても難しいでしょう。
つまり、心理的安全性が保たれていない状態です。
リーダー個人のあり方と同時に、
「わからない」と言ってもよい文化
必要なときには助けを求められる文化
をつくっていくことが必要です。
話をSummitに戻します
最終日に行われた「Building Mental Wellness for Successful Leadership」でも、
職場で自分らしくいられること、
心理的安全性、孤独、バーンアウトなどとともに、
リーダー自身が必要なときには助けを求めてもよいという
考え方が語られていました。
Vulnerabilityは、個人の向き合い方だけの問題ではありません。
それを許容し、受け止められる関係性や組織文化があるか。
そこまで含めて考えることが必要なのだと思います。
■ 「わからない」から、多様性が活きる
VUCAの時代、AIの進化、価値観の多様化、働き方の変化など---
変化が加速化し、過去の成功体験だけでは答えを出せない問題が増えています。
一人のリーダーが、すべての専門知識と正解を持つことは、ますます難しくなっています。
だからこそ、
「わからない」
「教えてほしい」
「あなたはどう思う?」
と言えることが重要になります。
わからないから、人に聞く。
人に聞くから、自分とは異なる知識や経験に出会う。
違いがあるから、対話が生まれる。
そして対話することで、一人では考えつかなかった答えを、ともにつくることができる。
私は日々、リーダーの悩みを伺う中で
会議で何度か耳にした、Vulnerabilityは
ダイバーシティ、そして現代の対話の接点があると考えています。
多様な人材を集めるだけでは、多様性は組織の力にはなりません。
それぞれが持つ経験、専門性、価値観、
ものの見方が実際の意思決定に活かされて初めて、多様性は価値を生みます。
そのためには、リーダー自身が「自分が答えや正解を持っている」という
前提から少し離れ、他者の考えが入ってくる余白をつくることも
リーダーの必須要素のように思います。
■ おわりに
サミットの初日に耳にした、
“show vulnerability even though you have a high ambition.”
という言葉から、これからのリーダー像やロールモデルのあり方について、
あらためて考えてまいりました。
「わからない」と言える。
「教えてほしい」と言える。
そして、周囲の人の「わからない」や「助けてほしい」も受け止めることができる。
そのようなリーダーがいることで、異なる意見や経験が語られ、
心理的安全性のある組織・対話が生まれます。
そして、その対話を支えるのは、個人の勇気だけではなく、
それを許容する組織文化です。
次回も、各セッションで印象に残ったテーマを取り上げながら、
日本の組織開発や人材育成にどのように活かせるのかを考えていきたいと思います。
あわせてお読みいただけますと幸いです。
お読みいただき、ありがとうございました。
■ 参考文献
ブレネー・ブラウン(2025)『dare to lead リーダーに必要な勇気を磨く』片桐恵理子訳、サンマーク出版。
Brené Brown, “The Power of Vulnerability,” TEDxHouston, 2010.
※この記事は、人事・経営層向けの専門メディア「日本の人事部」に掲載いただいたコラムを、一部加筆・変更して掲載しています。