2026年6月4日から6日まで、トルコ・イスタンブールで開催された
「Global Summit of Women 2026」に参加しました。
本コラムでは、シリーズで
現地で見聞きしたことを、日本企業の組織開発や人材育成に
どのように活かせるのかという視点から考えます。
今回のテーマは、会議のなかで強く印象に残ったプログラムの一つ、
少人数で行われた「メンター・フォーラムII」です。
このセッションでは、トルコを代表する女性経営者が、
自らのキャリアに影響を与えた人々や、
困難な状況で支えとなったメンターの存在について語りました。
その内容は、「経験豊かな人が若い人に助言する」といった、
一方向の支援にとどまりません。
人生やキャリアが思いどおりに進まないとき、
人はどのように立ち直り、再び前へ進むのか。
リーダーが自らの人生とキャリアを主体的に選択するために、
メンターはどのような役割を果たすのか。
そして、メンタリングを互いに学び合う対話にするためには、
何が必要なのか。
イスタンブールで交わされた言葉を手がかりに、これからのリーダー育成と
メンタリングのあり方を考えます。
■キャリアを積み重ねた女性リーダーと対話の場
会議の中で実施された「メンター・フォーラムII」は、
事前登録制で行われた約40名の少人数セッションです。
メンターを務めたのは、
トルコ有数の高級小売企業Beymen GroupのCEO兼取締役、
Elif Capci(エリフ・チャプチュ)氏。
モデレーターは、メキシコのCoppelで内部監査責任者を務める
Monica Loaiza(モニカ・ロアイザ)氏でした。
Elif氏は、コンサルティング、金融、小売という異なる業界を歩みながら、
キャリアを築いてきました。
少人数の会場で語られたのは、経歴の華やかな部分だけではありません。
どのような人から影響を受けたのか、困難な局面で何を選択したのか、
そして、どのように回復したのか。
自身の迷いや転機も含め、率直に語ってくれる場でした。
登壇者と参加者の間の対話は、一人の女性リーダーの経験を手がかりに、
参加者も自分自身の人生やキャリアを考える時間になっていました。
■キャリアを支えたメンターの存在
「現在の自分に影響を与えた人は誰ですか」という問いに、
Elif氏は、トルコ共和国の建国者であるアタテュルク、
困難な環境のなかで道を
切り拓いてきた女性たち、
そして自身のキャリアを支えたメンターを挙げました。
Bainに入社した当時、同社の若手パートナーだった
Brian Tennyson(ブライアン・テニソン)氏が、Elif氏を気にかけ、
継続的に支えてくれたといいます。
会社から正式にメンターとして任命されたというよりも、
仕事上の関係を通して自然に育まれたメンタリングだったことが、
Elif氏の語りからうかがえました。
“He was always a strong mentor, and that’s why I very much believe in the importance of mentorship.”
「彼はいつも心強いメンターでした。だからこそ、
私はメンタリングの重要性を強く信じています」
この言葉からは、メンターが一時的に助言を与えるだけの存在ではなく、
その人の考え方や行動に長く影響を与える存在であることが
伝わってきます。
そのメンターが繰り返し伝えた言葉として紹介されたのが、
次の言葉でした。
「上司をマネジメントする」と聞くと、
少し違和感のある表現に思えるかもしれません。
しかし、ここでいう“Manage up”は、
上司を思いどおりに動かすことではありません。
自分が何を目指しているのか、
どのような機会や支援を必要としているのかを言葉にし、
上司との関係にも主体的に働きかけるという意味です。
自分のキャリアの主導権を、会社や上司に委ねきらない。
その姿勢をメンターが繰り返し伝えたことが、困難に直面したときの
Elif氏を支えたのでしょう。
Elif氏は30代前半、ニューヨークの銀行で働いていたとき、
トルコに住む父親が重い病気になった経験を語りました。
米国に残ってキャリアを継続するのか、家族の近くへ戻るのか。
それは仕事だけでも、家族だけでも決められない、
人生全体に関わる選択でした。
彼女は、順調だった仕事を離れ、トルコへ戻ることを決断します。
帰国後は仕事が決まらず、不安や恐れを感じた時期もあったといいます。
それでも、彼女はその選択を後悔していませんでした。
“Our lives, our personal lives, our careers—it’s never a straight line.”
「私たちの人生も、私生活も、キャリアも、決して一直線ではありません」
キャリアは、常に右肩上がりに進むものではありません。
立ち止まることもあれば、後ろ向きになったように感じることもあります。
家族、健康、社会情勢など、自分だけではコントロールできない
出来事によって、
予想していた道を変更せざるを得ないこともあります。
それでも、転んだときや歩みが遅くなったときには、
いったん後ろに下がり、
そこから再び前へ進めばよい。Elif氏は、そのように語りました。
それは、何があっても耐え続ける強さが求められるのではなく
状況に応じて柔軟に考え、自分に使える力や資源を探し、
もう一度動き出す力です。
Elif氏は、不確実な状況を生きるうえで、
レジリエンスとともに、柔軟であること、そして、
利用できる資源を見いだし
活用することの重要性にも触れました。
“How crucial resilience is, and how crucial it is to be flexible and resourceful.”
「レジリエンスがいかに重要か。そして、柔軟であり、
自分に使える力や資源を見いだすことが、いかに重要か」
キャリアにおけるレジリエンスとは、
元の状態に戻ることだけではありません。
状況の変化を受け止め、自分の持つ経験や人とのつながりを
組み替えながら、
新しい進み方を見つける力ではないでしょうか。
■偶然の出来事をキャリアに変える力
この経験を聞きながら考えたのが、
キャリア理論家ジョン・D・クランボルツらが提唱した
「計画された偶発性理論(Planned Happenstance Theory)」です。
クランボルツは、人のキャリアの約8割が、
予期しない出来事に影響されていると
指摘しました。
そこには、できれば起こってほしくなかった出来事も含まれます。
ただし、偶然が起こるのを待つという意味ではありません。
好奇心、持続性、柔軟性、楽観性、冒険心という5つの行動特性を持ち、
予期しない出来事を新たな可能性へと変えていくことが重要だと
されています。
父親の病気をきっかけにニューヨークでの仕事を離れ、
トルコへ戻ることは、Elif氏が当初描いていたキャリア計画には
なかったでしょう。
しかし、その選択から生まれた経験や出会いが、その後のキャリアへと
つながっていきました。
組織で働くなかでも、予期しないライフイベントや異動、
役割の変更などが起こります。
そのとき、本人だけでは「計画から外れてしまった」としか
捉えられない出来事があったとしても
対話を通して経験を捉え直し、本人がまだ気づいていない選択肢や可能性を
一緒に探すメンターの存在が重要になるのではないかという
気づきがありました。

■人生という一枚のキルト
もうひとつ
Elif氏の話を聞きながら、私はキャリア理論家サニー・ハンセンの
「統合的人生設計」を思い浮かべました。
ハンセンは、仕事だけを切り離してキャリアを考えるのではなく、
家族、学習、余暇、地域や社会における役割など、
人生を構成する要素を統合して捉えることを提唱しました。
その考え方は、色や形の異なる布を縫い合わせる「キルト」に
例えられます。
一つひとつの布だけを見れば、色も形も異なります。
予定していた模様に合わない布や、思いがけず手にした布もあるでしょう。
しかし、それらを組み合わせていくことで、その人にしかつくれない
一枚のキルトが生まれます。
人生100年時代、予想外の出来事は多く起こるでしょう。
この国際女性会議のセッションでも
ニューヨークでの金融の仕事も、父親の病気を機にトルコへ戻ったことも、
その後、小売企業のCEOとなったことも、一直線には見えません。
しかし、それぞれの経験は途切れているのではなく、
Elif氏の人生という一枚のキルトを構成しています。
キャリアを考えるとき、私たちはつい、
昇進や転職、肩書といった仕事上の出来事だけを
一本の線で捉えようとします。
しかし実際には、仕事と私生活は完全に分けられるものではありません。
家族の事情によって仕事の選択が変わることもあれば、
仕事で得た経験が地域や家庭での役割に活かされることもあります。
一見、遠回りや中断に見えた経験が、
後になって別の経験と結びつくこともあります。
その意味を本人より先に決めるのではなく、
対話を通して一緒に見いだしていくことも、メンターの大切な役割です。
です。

■メンタリングは互いに学ぶ対話
このセッションを通して改めて感じたのは、
メンタリングは、経験のある人が若い人に正解を与えるだけの
一方向の関係ではないということです。
メンターは、自らの経験を言葉にするなかで、
自分の歩みや意思決定を振り返ります。
異なる世代や文化、価値観を持つ相手から問いを受けることで、
自分では気づかなかった経験の意味を見いだすこともあります。
メンティーもまた、助言を受け取るだけではありません。
自分の問いや経験を通じて、
メンターに新しい視点や気づきをもたらします。
メンタリングとは、「教える人」と「教えられる人」を
固定する関係ではなく、
互いの経験と問いによって学び合う、双方向の対話なのです。
この日の会場でも、成功したCEOの話を参加者が静かに
聞くだけではありませんでした。
Monica氏の問いかけによってElif氏の経験が掘り下げられ、
参加者も自分の人生やキャリアを重ねながら、
その語りを受け止めていました。
問いによって経験の意味が引き出され、
その言葉が別の人の問いにつながっていく場でした。
■日本では新人支援に偏るメンター制度
最後に、この気づきを組織開発に活かすとしたらという視点で考えます。
日本でも、メンター制度は大企業を中心に導入され、増えています。
しかし、その対象は新入社員に大きく偏っています。
労務行政研究所の「人事労務諸制度の実施状況調査」(2022年)では、
回答企業292社のうち、メンター制度を実施している企業は38.0%でした。
その導入企業の99.1%が新卒新入社員を対象に含む一方、
中途入社社員を対象とする企業は13.6%にとどまります。
日本では、メンターが「新人を支える先輩」や
「職場への定着を助ける人」として
理解され、ブラザー・シスター制度やOJTの教育係と
役割が重なることも少なくありません。
もちろん、新入社員や若手社員を支えることは重要です。
ただし、メンタリングの可能性は、新人の職場適応や早期離職の防止だけに
役立つわけではありません。
役割が上がり、周囲から「判断する人」「支える人」と
見られるようになったリーダーほど、
自分の迷いや弱みを話せる相手が少なくなります。
管理職が迷いや不安を口にすれば、
「管理職なのに自分で判断できないのか」「頼りない」と
受け取られるのではないか。そのような不安から、
一人で問題を抱えることもあります。
だからこそ、評価関係から離れ、自分の価値観やキャリアについて
安心して話せるメンターが必要です。
Elif氏が困難な局面でメンターの言葉を思い出したように、
メンタリングは、リーダーが自らの人生とキャリアを
主体的に選択するための支えにもなります。
■女性管理職を輩出する仕組み
誰にとっても、育児や介護、家族の病気など、予期しない出来事によって
キャリアについて考えるタイミングがあります。
一方、女性管理職がまだ少ない組織では、
女性社員が身近なロールモデルや、
将来のキャリアについて相談できる相手を見つけにくい場合があります。
メンタリングは、離職を防ぐためだけの施策ではありません。
予期しない出来事に直面したとき、自分の経験や価値観を捉え直し、
キャリアを継続する方法や新たな可能性を見いだすための対話の
機会になります。
こうした支援は、性別を問わず必要です。
そのうえで、女性管理職が少ない組織においては、
女性が次の役割への挑戦を諦めずに済む環境をつくることが、
女性管理職を継続的に輩出する仕組みにつながります。
そんな気づきも得たセッションでした。
■会議最終日の一体感

さて、4回にわたり、イスタンブールでの国際女性会議について
お伝えしました。いかがでしたでしょうか。
最終日には次回の開催国タイの踊りや、
会場が一体になるダンスタイムもあり、会議は終了しました。
全員ダンスで熱気あふれる最終日の夜
実は、8月終わりには、エストニアの会議に行ってまいりました。
次回から、フィンランド・エストニアについて
お伝えしていこうと思います。
次回も、お読みいただけましたら幸いです。
※本稿は、Global Summit of Women 2026の「メンター・フォーラムII」で交わされた議論をもとに、筆者の視点からまとめたものです。
※この記事は、人事・経営層向けの専門メディア「日本の人事部」に掲載いただいたコラムを、一部加筆・変更して掲載し



