それから、数十年の時が流れました。
蔓薔薇姫の顔には深い皺が刻まれ、
髪は霜が降りたように白く、銀色に変わって
しまいました。
しかし姫以外の、父王や母君、王に仕える者たち、
家畜や、お城の庭の薔薇の蕾に至るまで、
すべてのものはあの日のまま、
何ひとつ変わらぬまま、静かな眠りについていました。
姫は幾度となく、自ら命を絶とうとしました。
しかしそのつど、
『わたしが死んだら、誰が父上や母上の
お世話をするの?そして、皆が目覚めた
時、どんなに悲しむことでしょう・・・』
と、思いとどまってきたのでした。
そうして姫は皆の目覚めを待って、独りで
ひっそりと暮らしていました。
お城の中は何も変わっていないのに、塀の
外では木々が鬱蒼と生い茂り、城は森に飲み
込まれたかのように、外界から遠ざけられ、
人々の記憶から失われていきました。
やはり早春のある晩のこと、数十年ぶりに
蔓薔薇姫の居るお城の門をたたく者が
ありました。
老いた姫が用を尋ねると、
『狩りの途中で道に迷ってしまったので、
一夜の宿を願いたい』
ということでした。
扉を開けるとそこには、若く美しい若者が
立っていました。
若者はとても礼儀正しく、身なりも素晴らしい
ものでしたので、おそらく高貴な身分のおかたと
思われました。
老いた姫は、久々の客人を篤くもてなしました。
『魔の森と呼ばれる森の奥に、このように立派な
城があったとは。しかし、貴女一人なのですか?
他の者は?』
『他の者は、眠っております』
『そうですか、随分と静かなのですね』
姫はあえて呪いには触れず、若者の冒険談に
耳を傾けておりました。
なんと、素敵な若者でしょう。遠い昔、
幸せな結婚を夢見ていた頃に・・・、
思い描いていた王子様にそっくりだわ・・・
まるであの頃に戻ったかのように、姫の心は
ときめきましたが、鏡に映る自分の姿には、
あの頃の面影は残っていないようでした。
翌朝早く、若者は蔓薔薇姫に礼を言い、
お城を発っていきました。
若者は森の中を進みながら、不思議な城、
不思議な姫について思いを巡らせました。
しばらくして泉を見つけ、若者はのどを潤しました。
するとそのとき、背後からざわざわと何か、獣の
ような気配が近づいてくる音がしたので、
咄嗟に背にあった矢を取り、弓を放ちました。
悲鳴が木霊し、行って見ると、なんとそこには
蔓薔薇姫が倒れていました。
姫の胸には矢が刺さっておりました。
つづく


