Blue Steel -4ページ目

ガムボールラリー2

「ガムボールラリー」という映画の粗筋は、クルマで、アメリカの東海岸から西海岸まで誰が一番早く走れるかを競う、非合法レースを描いている。

いわゆるキヤノンボールランとおんなじ(キヤノンボールランは実際に行われていると聞いた事があるが)と考えて良い。

たいした内容がないという点でも、「キヤノンボール」とかわらない。

ただ、この映画の主役はどちらかというと、「車」であり、コメディーではあるが、「キヤノンボール」のようなハチャメチャではない。


まあ、どうでもいいや。

とにかく、免許を取り、車に乗れるようになると、いままで体験したことのないスピード領域に、自ずの手で踏み入れる快感にはまりはじめた。

あくまで、公道上でのはなしであり、タチもわるいが、また、かわいくもある(全然かわいくないけど)。

また、スポーツカーなど高価な自動車は、見ているだけで、引き込まれそうな魔力を身にまとっている。

機械として、いかにスピードをたかめるか、あるいは、より高いスピードを得るために、どれだけ不要なものをそぎおとすか。

研ぎ澄まされた形は、たいがいイタリアのスポーツカーに代表されるカロッツェリアから輩出されたりするが、ガムボールラリーの主役たる『ACコブラ』は全く違う生い立ちを持っている。

ベースたる『ACエース』という英国製オープンツーシータースポーツカーは高々2リッターの、どちらかというと非力な車だが、アメリカ人キャロル・シェルビーがその小さな車体に、アメリカ製フォード7リッターV8をぶち込みまして、出力たるや、427サイドオイラーでは400馬力を越えていたらしい。

馬鹿らしい車ですよね。

大きさは、幅以外ユーノスロードスターと大して変わらんというのに、400馬力ですよ。

まともに走る訳無いじゃん。

全長の半分がエンジンだよ。


あー、どんどん話しがずれていく…


てなわけで、続く

ガムボールラリー

「キヤノンボール」って映画はある程度お歳をめされたかた、僕と同年台の方は、ご存知かと思われます。

バート・レイノルズ主演で(この人どこいったんだろ?)、真っ白、改め真っ赤なカウンタックが印象的な、アメリカおバカ映画なんですけど。

それを遡る事十年くらいまえ、「ザ・ガムボールラリー」(邦題「激走5000キロ」)っていうアメリカ映画がありました。

出てくる車がすごい。

シェルビー・コブラ

フェラーリ・デイトナ・スパイダー(本物かどうかは知らん)

ポルシェ・タルガ・ターボルック

メルツェデス300SL(だったよなあ…オープンだったような気も…)



覚えている限り、人生初映画だったような…

かの「スター・ウォーズ」よりも先に観た映画がこれ。

まあ、ご他聞に漏れずミニカー命、ブーブーバンザーイ!な健全な男の子だったので、いずれ立派なカーキチになりました。

とはいえ、わりと厳しい家庭だったので、アルバイトして車をかうなど夢のまたゆめ。

結果、家の車を拝借して、友人たちと出かけるくらいが関の山である。

暫くは、ポンコツのスカイラインを我が物顔で乗り回したもんだが、あるとき、そのスカイラインが買い替えの時期を迎え、「なににしようか?」という相談のなか、あんまり、みんな興味を示さないのを良いことに、暫くはメインドライバーとなるであろう、僕に選択権が廻ってきた。

「シルビア!」

かくして、納車された、プロジェクターヘッドランプ付き、スーパーブラックのシルビアQsを目の前にして、家族一同目をまんまるくしてしまうのであった


(続く)

かふぇれーさー3

チューブラータイアって、当時は専門店でなくとも、割と普通にあったような気がしました。

当時はどちらかというと、ランドナーとかが市民権を持ち、サイスポの記事も、どちらかというと、そっちより(?)。

あとは、当時でたてのマウンテンバイクとか

きのせいかな?

かのケルビムなんかも、記憶の中ではランドナーが先行していたりして。

今では、ロードレーサーで旅したりすることも、割と普通にしているみたいですが。

思うに、タイヤの性能がかなり関係しているように思わけですよ。

耐パンク性能しかり、耐久性しかり。

精度も関係あんのかな。

私感ですけどね。

とりわけ、当時のイタリア製のタイヤはあんまり良くなかった気がする

ウォルバーは今でもあると思うけど、なかなかよかった。

やっぱし、名実ともに一級って感じがしたなあ。

タイヤ交換が面倒だし、それほどお金もないから、しょっちゅう換えて、試すほど余裕もなかったから、なんともいえないけど。

イタリアンの安いタイヤは、結局リムにセットすら出来なかった覚えがある。

ともあれ、リムセメントと振れとり台との格闘がしばらく続く。

このあたりの記憶は、走るというより、整備!


なんか、自己満足以外何物でもない道具になっちまった。

性分でしょうなあ。

当時のペダルレンチはいまだにつかっていたりしますが。

そのうち、大学受験、大学生活のなか、自然と自転車から離れていってしまう。

空白の十数年が無為に流れます。

割と恵まれた青春ではありましたが、自転車があまり近くにない。

いや、あるにはあるが、活躍することもなく、丹精込めたロードレーサーは、僕とともに、静かに、ホコリを被っていくのでありました。