引っ越し当日、誰かの訪ねる音で目を覚ました。
インターホンが何度も鳴り続ける。
しまった!不要品回収の業者が朝一番に来るんだった!!!
急いで布団から出てロフトから降りようとしたその瞬間
いや待てよ…
時間を確認するとまだ時刻は6時であった
おかしい。いくらなんでも早すぎやしないか?
…まさか
おれは静かに足音を出さぬように玄関へと近付いていった。
息をひそめ、ゆっくりとドアの前に立ち、外を覗いてみた
あいつだ!!!
玄関の前には、昨晩と同じ服装の隣人が立っていた。
ソファだ…
絶対にソファのことで注意しに来た…
恐いよ。恐いよ
仕方ないじゃないか。今日引っ越しちゃうんだもの。
なんでそこまでゴミの出し方で注意してくるのさ…
邪魔にならないように気をつけたし、異臭がするようなものも置いてないのに。
しばらくするとインターホンが鳴り止み、隣の部屋のドアが開く音がした。
どうやら部屋に戻ったらしい
なんとしても関わることなく引っ越しを済まさねばならない。
そのためには隣人が出かけるまで息をひそめ、いないフリをし、やつが出かけてる間にさっさとここを出る必要がある。
木造の壁は薄く、隣の部屋の様子が容易にわかってしまうのだ。
おれは静かに部屋の中央に戻り、座って一歩も動かないことにした。
『おれは石、おれは石。この部屋に3年前から転がっている石。桃栗三年柿八年…』
ダメだ余計なこと考えちゃう。
もっと集中しないと
隣の部屋の足音、水の出る音、テレビの音などを聞きながら、おれはひたすら1時間2時間と石になって隣人の外出を待った。
そうして8時過ぎになり、遂に隣人が動いた
靴を履く音、ドアを開ける音がし、遂に隣人が出かけたのだ。
ピンポーン
うぉぉいっ!!!!!!!!!
違った。再び怒りに来ただけだった
おれは頑として動かなかった。
おれは石なのだ。
良い感じに苔も生えてる石なのだ。
この数時間でちょっと見た目が良くしてあるのは秘密である。
インターホンは1分ほど鳴り続けてから止まった。
しかし、鳴り終わっても隣の部屋に戻る音がしない
『おや?』
石となったおれは、痺れた足をかばいながら玄関に向かった。
そして外を覗いてみると、そこにはもう隣人の姿はなかった。
どうやらそのまま本当に出かけたらしい
よし、今のうちに布団も出して、テレビと洗濯機を出す準備をせねば
そう思い、布団を取りにロフトへ向かうと
ピンポーン
うぇぇぇ!!!!!!
まだいたのー!!!!!!?
おれは再び石になることにした。
すると
「すいませーん、○○会社の者ですがー!不要品回収に来ましたー」
あぁ、そっちか
安心して玄関へ向かい、一応念のため外を覗いて確認してから、業者の方を部屋へ入れた。
業者の方は25歳ぐらいの若い男性だった。
高校球児のような坊主頭で、少し童顔なその男性は、八重歯の生えた少年のような笑顔でおじぎをしてきた。
いままでヤクザや恐い隣人ばかりと遭遇してきたおれにとって、その姿は菩薩の如し
手際よく洗濯機とテレビを運び出し、金額を提示してきたので、
『あ~すいません、細かいの無いんでこれで』
そう言って1万円を出した
すると
「あぁ~本当スか、ちょっとお釣りが無いんですよね…」
なんと!
『あぁ~…百円玉とか細かいのも無い感じですか?』
「そうなんすよ(笑)」
にっこりとお茶目な顔で財布を見せてくる菩薩様
『じゃぁちょっと待っててください。おれコンビニでくずしてくるんで』
「あ、分かりました。じゃぁそのあいだにトラックに積んじゃいますね」
ヤクザや隣人に比べたら、お釣りがないなんて可愛らしい問題である。
おれはコンビニに行ってお茶を買い、お釣りを用意して戻ってきた。
もう既に荷物はトラックに積んであり、準備が完了していた。
『じゃぁこれお釣りです。あと、良かったらお茶貰ってください』
そう言って菩薩様にお供え物をしてお別れした。
そうして再び部屋に戻り、布団に粗大ゴミシールを貼ってソファのそばに捨てた。
これで引っ越し完了
もう二度と来ることもあるまい
うかうかしてると隣人が帰ってくるかもしれないので、急いでその場を去った。
そろそろあれから1ヶ月が経ちます。
もしなんらかの手違いがあり、まだ粗大ゴミが処理されていなかったら…
いや考えないことにしよう…