この記事のタイトル。
我ながら上手く韻を踏んだな、と。笑
考えついた時、ニヤニヤして気持ち悪いひとになったんだけど…
文字にしてみると、長げぇな。
長過ぎる。
作詞やってると、しばしばこうゆう事があるんです。
文字に書き出してみると、見栄えがイマイチ。
聴くぶんには凄く心地が良くても、こうゆう場合は僕はボツにしちゃいます。←歌詞の話
ボツにするっていうか、書き直すんだけど。
なにぶんCD買って歌詞カードを読んで…っていう事をやってきた世代なので、
歌詞カードも納得いかなきゃ嫌なんです。
インスピレーションを与えるのって、
理屈じゃなくて感覚だから。
どれだけ良いことを言ってる歌詞でも、
なんとなく見た目がイマイチなら、
それはイマイチなのです。
で、イントネーションの話。
そうそう。イントネーションの話をしようとしてたんです。
僕は京都出身なんだけど、芝居をやる時、
ほとんどの役は台詞が標準語で書かれてます。
当然、標準語で芝居をします。
で、僕の標準語がどこで覚えたモノかというと…
ほとんどがテレビなんです。
子供の頃はテレビっ子だったので。
関西弁って、イントネーションが標準語と違い過ぎて、なんてゆうか、混同しにくいというか、
切り替えがハッキリしてて楽なんですよね。
だから、あまり標準語で苦労した事はなくて…
逆に、出身地の方言が標準語に近いイントネーションだったりすると、
「あれ?これ標準語じゃないの?」
って混乱しちゃって、修正に時間がかかる事もあるようです。
ただ、テレビの中の人が必ずしも標準語を喋ってるとは限らないので、
ひょっとしたら間違って覚えてる言い回しとかも、あるかも知れない。
例えば、ドラゴンボールの孫悟空さんは、
自分のこと「オラ」とか言ってるけど、
あの人、イントネーション的には標準語なんですかね?
とか。
そこら辺の事は、オラには分からないのです。
なので、自分の標準語に絶対の自信などは無く、
関東出身の方にイントネーションでご指摘頂いた場合は、99.9%、全面的に従うのです。
残りの0.1%は、意図的に崩してる場合もあるので、
演出の意向に沿ってる限りは、反抗してそのまま行くこともありますが。
ちなみに、舞台の稽古とかやってると、
たまに関東出身の人同士でも、イントネーションについて意見が分かれる事があります。
調べてみると、どっちも正解で、時代によってどちらが使われているかの主流が違ったり…
で、僕の場合は、昭和チック(?)なキャラクターを演じる事が多いので、
だいたいは古いほうのイントネーションを使うよう演出されます。
なんとなくですけど…
平板のイントネーションって、今風な気がしてます。
ライトな感じというか…
僕の名前もね。
自分では「え↑な↓み↓」のイントネーションなんですけど、
たまに「え↑な↑み↑」って平板で呼ばれる事があります。
で、なんとな〜くなんですけど、
平板で呼ばれ出すと、そのグループ内で軽視され易いというか、軽く見られがちになるというか…
なんか…悲しい扱われ方をする時がある。笑
親しまれはするんですけどね。
やっぱり、イントネーションが与える「イメージ」「インスピレーション」ってあると思うんですよ。
個人的には、やっぱり平板より起伏がある方が好きです。
重みとか、味が出る感じがして。
先述した0.1%の反抗も、大体そんな感じの狙いがある時です。
余談ですが…
高校の時、大真面目に「う◯こ」のイントネーションについて、研究発表した事があります。
京都弁では、平板で発音するのですが、
なぜ平板なのか?
京都の人は色んな名詞に「さん」を付けます。
「舞妓さん」とか「お公家さん」とか。
「う◯こ」も例外ではありません。
しかし起伏を付けて「う↑◯↓こ↓さん」と言ってしまうと、
固有名詞で「う◯こさん」という人物のように思われてしまいます。
だから平板で「う↑◯↑こ↑さん」と言う。
その名残りで、「さん」を外した場合も平板で言うのです!!
という憶測!!!
まったく。。なんて馬鹿な高校生なんだ。。
ただ、この頃から僕の持論としては、
平板じゃないほうが、固有名詞的な人物感というか、
やっぱり存在感が出ると感じていたようです。
変な話題で終わっちゃった…
なんかごめんなさい。