「西原 理恵子」の
「恨ミシュラン(上)」と
「ぼくんち(全)」を買った。
雑誌かインターネットでレビューを見たのか?
今となっては、よく覚えていない。
なぜ 手にとったのだろう?
「恨ミシュラン」は1997年に出版されているので、今読むとなると
さすがにすこし情報が古く、
「同時代」的に読まれるモノであると思う。
「ぼくんち」は阪本順治監督で観月ありさ主演で映画化されている。
兄弟だけで暮らす貧乏な家に、家出中の母が
新しい姉を連れて帰って来る。
親代わりの姉と2人の兄弟を主人公に、貧しいながらも健気に
生きる家族の姿を描く。「DVD NAVIGATER」より
残念ながらDVDは見ていません。
漫画の背景は、かなりの低所得者が暮らす界隈の話です。
1巻から3巻まであり、1巻は低所得ゆえの自虐的なギャグが多く。
3巻後半からは、人の蒸発・死などの暗い話の中に、
かすかな希望をともす話になります。
そして迎える最終話は、怒涛のカタルシスをもたらします。
泣きます
ケープコッドのセール時期に、購入して店で読んだので
目をうるうるさせながら接客していたバカなオイラです。
「フランダースの犬」の最終回・
インターネットで広まった
「どらえもん」の最終回。
観たり、聞いたりするだけで 五秒で泣ける 涙もろいオイラです。
「ぼくんち」がツボにはまったのはオイラの小さな頃の環境
にすこし似ているからかもしれない。
まあ。あそこまでは悲惨ではないけれど・・・
父が商売をしていたこともあって、父の「店」にはいろいろな人がいた。
ソープランドに、石鹸・「すけべいす」などを卸しているおじさん。
いつも焼酎のお湯割りで顔が赤くなっているアル中で手元が
震えている床屋のおじさん。
お昼ぐらいから、なぜだかみんな店にいた。不思議だ?
引越しが多いこともあって、小学生まで転校をよく繰り返していた。
「友達」もできにくいこともあって「店」によくいた。
みんなに、とてもかわいがられていたと思う。
多くの人が独身で、家族を持っていなかったからかもしれない。
思春期を迎える中学生ぐらいになると、「店」に寄り付かなくなった。
バブル前の時期で、ものすごく傲慢な言い方だけど
彼らが 薄汚れて見えたのかもしれない。
オイラは、走っている。「アナタ」の目線がオイラの目線とリンクする。
急に全てが高く感じる。 木や土手とか。
自分が小さくなった事に気づく。
背中には、ランドセルを背負っている。
「カタカタ」と音がなる。 筆箱?笛?
ランドセルから伸びた紐に体操着をいれた袋がつながっている。
小さい体には、アンバランスだ。
川辺を走る。
力がみなぎっていて、少しもじっとはしていられない。
小石を川に投げ入れる。
フェンスを乗り越え、空き地に入る。
空き地の原っぱを進む。「ひっつきむし」が服に付く。
わざと、服にいっぱい付くように進む。
「店」の前に着く。急な階段を駆け上がる。
ドアを開ける。
窓から、オレンジ色の日差しがやさしく顔を照らす。
「父」も「母」も若い。
あの頃のままに、みんなが居る。
おじさんが焼酎の匂いをさせ顔を近づけ、
オイラの頭の髪をくしゃくしゃにする。
ストーブの上には、金網で餅が焼かれている。
みんなで、囲んでいる。
その中心に、オイラと「あなた」が居る。
※ 子供の頃に、空き地に入ると服に着く実がありましたよね。
ここをクリックすると「ひっつきむし」の画像が見れます
著者: 西原 理恵子
タイトル:
ぼくんち―スピリッツとりあたまコミックス (1)