mio_sxxx

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一人旅からのようやく尤もらしい休日。

荷物を片付けたり、のんびり散歩してみたり、普段どおりの時間が持てた気もする。


前回、此処に書いてから大分日は立ったが、何が変わったかと考えても今一掴めない。

強いて言えば、少し忙しさから開放されて自分に使える時間が増えたこと。

良くも悪くもそれは、自分の今後や、それこそ今までに作用していることは確実。


色々決めたこと、意識し始めたことがいくつかある。

今は書くべきときではないので記しません。それは追って。


今までのことで感じたことと言えば、ここ1年間で周りの環境が180度変化したこと。

好きなことに向ける時間、友達との新たな出会いなんかも増えて充実したといえる。

只、プラスに変化したこともあれば、マイナスとなっているものも。

それによって今の自分にとって合わないものも生まれている事実は残念ながらあって、そこをどうしていくか等を前途した自分の時間に利用したりもした。


そういったことからの不安定さはかなりあるものの、何とか自分で折り合いを付けてやっていけるようになったのは良かったことではある。

仕事然り、プライベート然りだけど、周りの変化や声に揺れそうにもなるんだけど、そんなものには屈せずに自分の頭の中で掻いたものを表現していけたらいいな。

そもそも人の考えに左右されない性格。

左右されれば自分ではないし、納得できる結果も生めない。

今までも人がどうとかじゃなく、自分と人の意見を融合して良い結果になったことがないから。

私には不向きだ、という話なだけ。

とは言え、disり合いは必要。何事もバランスが大事。


久しぶり。中々書く余裕の持てない毎日でしたが、少しだけ余裕も出てきたので。

実際、余裕なんてないかもしれないけど余裕でいるために。



今年に入ってから一言で言えば怒涛だった。

毎日帰るのは日を跨いでいたし、お陰で肌もぼろぼろだし、

しんどいなあって思う事が増えたり、それに比例して自分がこの会社に必要だと感じていることが

思い通りに実行できない状況にストレスも感じていたし、良いことなんてなかった。


でも何だかんだで気落ちしなかったり、逆に昨年末からの駄目な自分を切りかえれたり。

でもそれって、仕事が前より面白くなってきた、とかそういうことではなく

支えてくれた友達でもあり、仕事仲間がいたからだと思う。

きっとそこが足りなければ、上手くはいかなかったし、前の自分を取り返すことはできなかったと思う。


仕事人間だと言っても、本当にそれだけでイケてる訳じゃなくて遊びがあるからだと思う。

私のモチベーションにおける、「人」から得る力って凄く大きい。


人に恵まれてることにおいては自信を持って言えるし、少なくともいつも一緒に居てくれるみんなはパーフェクトだと思う。ほんとすごいと思うし、そこから得ることもたくさんある。

頑張ってくれている姿を見ると、自分が弛んでるときに背筋を正されたり、

こうしてくれるから、自分が返せるものは何かって考えて、少しでも楽になれる方法を探したり。

そうこうしている内に数年前、がむしゃらに頑張ってた頃の自分を思い出して

今の自分のギャップに気付かされることも多々。

幅広くやれることは増えたものの、以前の方がアンテナがすごく張っていて実行力があった。

昔のほうが仕事のやり方は理想。

何だか、今の私のポジションってあまり理解されないことが多くて、距離置かれる事も多い。

でも 仲良くしてくれるみんなには公私共に感謝していて、

仕事だけじゃなくプライベート含めて、ここ1年冷静にいれたのは本当に友達のお陰。

この大嫌いな2月3月だってそんなに辛くなかったのは、紛れも無く此処でしょう。

何ともならないと思っていた事柄だったのに、何とかなってる自分に驚きもしたり、自分に携わる何かへの感謝を改めて考える良い機会だった。

少なくとも、今の自分には必要な時間。


4月からは自分がどこまでいけるか試すとき。

あと、たくさんもらったありがとうに対してどんだけ返せるか。

限界考えずにやってやります。

理不尽なこと多いけど、そんなもんに負けないし。負ける気もしない。


日々起こる環境や、状況の変化についていくことに ココロがもたないんじゃないかって思う。

でも、自分のことだけ考えてしまわなければ まだ止まるときではないね。

私がやるべきことは何なのか、って そこまで考える必要ないかも?でも大事なことなんだもん。



久しぶりに書いてみる。何だか書く気分になれずにいた、数ヶ月。

何があったわけでもないが、何も無かったわけでもない。

逆に言えば、色々とありすぎたのかも。

自分にとって初めて経験する、良い内容、悪い内容とあって対応できずにいるというか

消化の仕方、片付けのやり方もわからず、その手探りばかりの毎日に疲れ果てていた、っていうのが本音。



それでも対処していかなければならない現状と、どうすべきかを1人もがいていたわけで、結局答えを指し示してくれる何かも特に無く、本当に模索し続けていて常に頭を動かしてるような状態。

取れない倦怠感と、でもそれに押しつぶされたくはないから、必死で平静を装いながらも

何かの支えや逃げ道は必要で よく飲みに付き合ってくれたみんなには感謝しきれないなあと改めてそう感じてる。



誰が悪いわけでもなく、否定をするのも違う。



自分が環境の変化についていけていないキャパの小ささに嫌気をさしながらも。



かと言って、その変化しつつある、この環境が正解だとは思っていない。

10年仕事をしてきて、様々な人の下で働き、伴い様々な人を下に持ってきた。

だからこそ、何が正解で何が誤りかは判断できる。

自分の考え方が100%正解とは思わない。

けど、納得できない人大多数を占める中で、そのまま無視して突き進むようにも取れるこの現状は

私が入社したばかりの、こういっちゃ何だけど「最悪」な状況とフラッシュバックすることが最近多い。



人との考えをシェアすることって凄く大事だと思う。

どれだけ活字でやり方を伝えても、それはあくまで「残す」程の威力でしかないこと。

コミュニケーションを取り忘れると忘れた分だけ溝が深まること。

その入社当時なんてコミュニケーションの「コ」の字もなく、育成する環境も、育成する気すら感じられない会社で、辞めていく人が多かった。



入社2ヶ月でそんな人らと同じ立場に上げられたときは、やっぱりふざけてんなこの会社って思ったけど

じゃあ変えてやりゃいーじゃんって思って必死だった。変える自信があったから。



三番手の給料しかもらってなくても二番手の仕事をやって、それでも良いと思ってた。

育成面や管理面、数字に強くなりたかったし、自分を成長させる為の試練として。



そんな毎日が過ぎ、ひょんなことから昇格になり、丁度環境を変えたかったからと思い引き受けた。

それだけじゃなく、なっても良いと思える魅力というか、環境が整っていたからだ。

なのに、半年が過ぎたころから、どんどん私からすると「良くない方向」に変わっていく環境。

プライドもって5年間やってきたこと、皆と作ってきた状況をぐしゃぐしゃにされるような感じで

どうなってもいいんじゃない?って投げやりになりつつあった。

それでも、頑張ってくれる皆がいるし、ここで捨てるわけにはいかないと

しんどい思いすんのは自分だけで良いと思うし。だから頑張ろうって思い直した。

そこまでする必要あんのかって言う人も居ると思う。



でもあたしは仕事人間だから、ちゃんとやりたい。

「そこまで」な仕事が本腰でやれないなら 自分も「そんなもん」なやつだと思う。

きっと、私がいなくてもこの会社は回っていくでしょう。

でも、こいつがいたから楽だったって、ある意味思ってもらえるような動ける奴でいたい。

常に現役でね。10欲しい人には12返せるような。

実際、それすらできないような業務量で、それもしんどいけど。



まあ自分ならやれると信じる。

しんどなったら、あたしには音楽があるもんね!聴いたらすっきりするんだし♪

さー頑張りますか。27歳。しめてこ。






少なからず自分は要領の良い人間ではないと思う。
簡単にこなすフリはできるし、いつも余裕の無いような風には見せたくないからだ。
単細胞なのか、いくつも持ちながら手広くやるのは得意でないし、一個ずつ確実に終わらせて次に次にといきたい。

何だか学校のような雰囲気のこの職場。
業務内容は好きだが、このアットホームな感じは苦手だったりもする。
仕事に友達感はいらないと思ってる。自分の仕事における、「面白いこと」はまず、自分のスタイルで、ある意味個人プレイを やれている時。
ふわっとにこにこな感じより、ピシっとしっかりやりたい。

集中したいし、そういった外的要因で自分のやりたいスタイルで進められていないことに過剰なストレスを感じてる。
仲良くするのはその後の時間だし、そこでワイワイやったり信頼関係みたいなものは深めれば良い。
この考え故にか「コミュニケーション」や「相談」でなくて「おしゃべり」に対しての苦手感は否めない。
コミュニケーションとおしゃべりの違いは難しいけど、簡単に解釈すると相手が不快かそうでないかが上げられるのではないかと思う。

でも聞いているのも好きじゃないし、するのも好きじゃなかったり。ゼロとは言わないけど。
何事にも限度が必要。


あと、立場的な見られているっていう意識も少なからずある。
これは販売やってたときに培った事。

今までは自分にとっても他人にとってもある意味そこの「限度」みたいな線引きがよくわからなくて 放っておいた部分はあった。

自分も気付かずそうしていた部分はあったかもしれないけど、「仕事」をしているときに 自分以外の人の手を止めることにもっと考えて行動していきたいと思うし、そう考えられていない人がいるのであればNoと発言するしかないかも。
忘れたい気持ちと
忘れたくない気持ちとが右往左往。

時折押し寄せる、あの子がいない喪失感に胸をぐっと掴まれて苦しくなる感覚。

好意どうこうではなく喪失感。


それに尽きる。

押し寄せた後、すぐ我に返って気付く虚しさと 冷静過ぎる自分の感情が嫌になって タバコを吸う。

そのループ。


前ほど間隔は短くはないけど、忘れた頃にやってくるこれ。


どれだけ他事に時間を費やしても、隙間に入り込んでくる強引さに嫌気がさしつつも、その都度少しだけ笑顔になる瞬間も。


不思議な感覚。
中々、最近自分の中で折り合いを付ける事ができないことが多い。
自分勝手に押し付けたいとか、自分を正当化している訳ではないが、もやっとしたままずっと続いてきている気がする。
自分はこれで良いのか、何が正しくて、どれがベストであるのか、私生活やその他でもイマイチしっくりこない。

その所為か、Twitterなんかでもふと思う事を書いて心配されることも多々。
連絡をくれる人、Mentionを返してくれる人、話をしてくれる人には申し訳ない気持ちと、感謝の気持ちは常にある。
そうは言っても楽しいことだって多いし、辛いことばかりでもなく、笑っていられる時間の方が圧倒的に多い。

なのに前者がどこか引っ掛かっていてつっかかるものが取れない。
所謂、喉に魚の小骨が刺さっている様な状態。
心配をさせたい訳でもないし、何かを求めている訳でもなく、結局は自分が何とかすべきことなので折り合いを付けていくしかないのは、当たり前のように理解してる。


こう靄がかかったまま数ヶ月きているけど、そんな中でもプラスに作用していることも多く、昔に比べたら達成感を感じることが増えてる。
今はまっすぐ見て頑張るときなのかな。


ぼんやり考える時間ができた瞬間に、押し寄せる「これで良いのか病」。
バカボンのパパみたいに「これでいいのだ」と肯定してしまえたら、幾分楽なのかも。
気分なんて環境や、その他の色々に依存しがちだけど、自分の良しとすることは持ち続けて居たいし 同じ気持ちを持つ人に感化されながら、進んでいきたいな。

ここ数日で切り替えれたこと。




自分にとって、人と同じ時間を共有することってとても大事。

例えば、飲みに出かけたり、遊びに行ったり。


他にも様々な様式で人と関わることはあるのだけど、こういう時間の中から何かを得ることができたり


単純に「楽しい」「嬉しい」みたいな感情を感じることも、重要だと思ってる。


多分割と、人に対しては、オープンで来る者拒まず、的な所はあるし


人の幸せそうな顔やなんか見てると、ストレスやなんかはある程度なくなって リセットされてる感は否定できない。


第一印象では怖いって思われるのは、わかってるし だからこそオープンでいたいと思うのも理由としてある。


昔の自分ときたら、本当にこれの間逆で、人と話すことも得意でなかったり、俗に言う人見知りそのもので、輪に入っていくことに対してかなりのPowerを使うし、それが嫌で敢えて輪に入らないようにしてみたり。




仕事だけじゃなくても、Partyで会ったときに、会いたかったー!!!って言ってくれる子に対して 何でわたし?みたいな風に感じていたり(本当に酷いね;;)


正にネガティブ畑そのものだった。笑


もちろん今はそんなことをないですが。




そんな自分が何故だか、どんどん役職を頂いたりとか(前職含め)で、 違和感を感じずにはいられなかったりして。


都合良く使われているなあなんていう思いも少なからずあった。


今はそう考えることが馬鹿らしくなって、考えてなんかないけど。昔はそう感じてた。




でもお陰様で 新人に1番聞きやすいっていう、自分にとって1番の褒め言葉をもらって、客観的に見たときに、変わったんだなって気付いたこと。




何かのきっかけで、今のスタイルに移行して態々悩みを作ることもなく自然体でいれることが


すごく楽だし、自分らしさって何なのかが、やっと解った気がする。




反面、一人好きな所もあって 買い物や絵を書いたり、本を読んだり、音楽を聞いたり、ここでは専ら1人を好む。


仲の良し悪しではなく、自由にやりたい部分においては 気を使うことが大きいストレスに変化する。




人それぞれ好みがある中で、自分に合わせてもらうのも好きじゃないし 自分自身合わせることもその部分では不得意だったりする。




でもそれも自分だと受け入れてあげることって、大きな変化だったりする。


今は変化のとき。






9月に入り、そろそろ夏も終わり。

今年の夏は出かけることが以前よりも多く、あまりに一瞬に過ぎていった気がする。

去年より交友関係の幅が広くなったこと、新たに知り合った人も多くいたし。

夏が終われば、来年に向ける準備をしなくちゃいけない。

この時期はやはり、感じるままに動きたい気持ちが多くあるし 極力自制はしない様にしてる。

直感ってかなり大事。


昨日は久しぶりに関西へ。

正直、数ヶ月前までは

というか、行く前までは良くない思い出があった場所でもあるから、大丈夫かなって不安もあった。

でも行ってみれば何のことはなく別に平気。


こうも人の感情は変化するものなのかって、我が事ながらも驚きがあったり。

確かに、忘れることを人間がしなければ 頭の中が思い出や記憶でいっぱいになって

パンクしてしまうのは端から理解はしているのだけど、不思議な感覚だよね。


記憶と感情は別の話だけれど、記憶そのものが消えていけば虚無感に襲われるだろう。


只、大体は自分が体験した記憶は残っても、「嫌だ」と思った感情の記憶だけを忘れることができる。

人間は自分にとって「都合良く」できているものなのかも。


だからという訳じゃないけど、書き物をすることが私にとっては大事。

善悪問わず、その時の感情の記憶を残す為に。


映画「エターナルサンシャイン」もこういった記憶の話。

当時の自分にとって色々考えさせられた一作。


昨日のPartyはすごく良い時間だった。
最近自分の好きなものに対する時間が割けていなかった分、よりそう感じられたのではないかと思う。

今までは服→音楽な順番で好きなものに対するアンテナが張っていたんだけど
ここ数年は音楽→服といった流れにShiftしてきたんじゃないかと思う。
かといって何でも良い訳ではなく、自分にFitしたもの。
ここが一番重要だったりして。
若い頃は、Clubの雰囲気が好きで知人がDJするものには決まって行っていたけど
今は聴きに行くのがメインになってきたので そう多くは行かなくもなってきた。
良いものにはお金をPayしたいし、多少遠くても行きたい。

単なる発散とかではなく、吸収しにいく。
知らない音楽を知る場でもあり、自分の好き嫌いを知る場でも在る。

iPhoneにしてからというもの、気に入った音楽があったらすかさず ShazamでSearch。
これよくしてる。

やっぱり音楽が大好きだし、これがなきゃ仕事やそれ以外の柵みたいなものも解消できない。
朝からこれ聞く?みたいな音楽が活動源なんだと思う。

動画は2011/08/19 World Out charity party 2011 @Hyatt Regency Osaka でのOurSong

CountDownでは風営法により直前でHotelでのPartyを断念せざるを得なかったものの
諦めずHyattでの開催を実行した中本さんは本当に男らしいです。

http://www.world-kyoto.com/report/2011/8/0819/index.html

頭が言葉だらけになるとここにすぐ文字にしてしまう。
言葉にするのは苦手。書くことで保っている感は否めませんが。

最近は何か自分の中で不整合の様な状態が多くて、疑問がループしている。
あくまで、個人としてその状態なだけであって、多数派を締めているのはそこなのかもしれない。
何が正解で、何が間違いなんて、ジャッジを下すのは難しいけど、そんな中でもやっていかなくちゃいけない現状と、まだ発展途上の自分としては導いてくれるようなものを必要としている。
何でも良い訳ではないですが。
(簡単なりにもある解答集に「※(こめじるし)」を付けて重要性を見出してくれる様なイメージ。)
それに全く載っていないような予想外の事であっても、初めて行く地に行って度肝を抜かれるような感動を覚えれたら、ある種ラッキー。
そういうラッキーをたくさん得たい、なんていう欲張りな気持ちも在る。

ずっと同じ場所にいると、一点しか集中できなくなって考え方も固執しやすくなりがちとも思う。
そうならない為にではないが、「仕事中」ではない時間はすぐにその場から離れるようにしてる。
仕事は仕事って言う割り切りが強く、OFFの時間帯にONでいなければならないのは苦痛。
これは好き嫌いなんていう、メジャーなことではなくて、働くという行為をしている以上は なくちゃ上手くやれない、っていう割と大それた事でもある。

同志といるのは、その場面を見ているからこそ出る「気付き」もあるものの、愚痴やなんかに変化しやすい。全員ではないから そうならない人とは主立って居ますが。

プライベートは「自分のことをよく知る人」か「自分のことを殆ど知らない人」と一緒にいることが多い。
後者は敢えて何かをしている訳ではないですが、自然に新しいものに対するアンテナが立ってるんじゃないかと思う。知らない人と話すことが魅力的に感じるのもそれが理由。

そんな中で永遠にたどり着かないかもしれない目標を望んでみたり、
新しい世界に気付く時間ってとても大事。