tales of tails しっぽたちのお話 -2ページ目

tales of tails しっぽたちのお話

自分の猫を脱走させ、地獄の捜索体験をしたことをきっかけに、野良猫救済ボランティアを始めることに。  私の活動体験を読み、一人でも多くの人が、殺処分ゼロ、不幸な猫ゼロと言う目標に共感してくれることを目指してこのコラムを執筆しています 

時は2013年。 里親として龍馬を迎えてから約1年半。 平和だった私の猫ライフは、龍馬の脱走事件によって突然地獄へと!

 

龍馬脱走後DAY3

 その日は、朝から大忙しだった。 前日の夜中に仕掛けた3台の捕獲器のうち2台に野良猫がかかり、避妊去勢手術へ連れて行ってもらう手配。 そして仕事、その後ハンモックを設置する案を考え相談→断念、その後材木屋に相談して、長い板を1階から2階のベランダにスロープのように設置してもらう案を検討。

 

そして夕方からまた新たに捕獲器を設置、ビラ配り、捜索に歩き回る。のちすぐにまた一匹捕獲器にかかる。 どうやらボス猫らしい。

(当時はブログを書く予定もボランティア活動をするつもりもなかったので、写真をあまり撮っていないのが残念)

これもまたSさんに病院に搬送してもらう。

 

 

夜10時半頃、夜の捜索に出かけ、犬の散歩の人を狙って外で目撃情報収集。 日ごろ近所づきあいもしていないのにマンション外の皆さんは親切で本当に感動。 捕獲器を自宅に庭に置かせて欲しいとお願いしたら全員了解してくださる。 留守中に勝手に門を開けて庭に入り自由に捕獲器を確認してよいとも言ってもらえた。 動物を飼っている人には私の気持ちはわかってもらえるらしい。チョキ

 

ところが、マンションは人間関係が希薄と言うが、本当にそうだった。

私はそのマンションに住んで8年は経過していた。

 特に誰ともトラブルを起こしたこともないが、特に親しく話すわけでもない、すれ違えば心のない挨拶を交わす程度。 

しかし、私はすでに3日間、龍馬の捜索をして大騒ぎしているわけだ。 

龍馬捜索のポスターも管理人さんに頼んでゴミ置き場に貼らせてもらっている。 

早朝から捕獲器を何台も設定している私を目にしている人は、何か事件が起こったのだろうとはわかるはず。 

それでも、心配してくれる人はほぼ皆無だった。

 

マンション内はまず丁寧に探し、一階の住戸の方には、ベランダやエアコンの室外機の下に龍馬がいないか探してもらい、見かけたら連絡もらえるようチラシを渡した。 別に意地悪もされないが、同情もされなかった。 猫を飼っている人がいないのだろうかとさえ思った。

 

後に猫の保護活動をするようになってから思い知ったことだが、この町は野良猫に冷たい町だ。 ぽつぽつと大豪邸もあるが、野良猫に情をかける人などいやしない。 当然対策もしない。

そういえばうちのマンションも、散歩にいく犬を見ると、ほぼ全部ペットショップで買ってきたブランド犬種のように見えた。 そういう人が多い町は、自分のペットにだけ愛情を持ち、野良猫野良犬には関心がない人が多いものだ。 私たちが捕獲器にかかる猫を避妊去勢させていることにも全く関心もなさそうだった。 

 

そんなことを思い始めていた捜索3日目の夜、10時半、私が捜索に出かけた外を歩いていたところ、うちのマンションの階下の住人が道路に飛び出してきて、私にこう言った。 

 

「昨夜はうるさくて眠れなかったのよ炎。 うちの子、具合悪くして今日学校休んじゃったのよハッ。 うちはね、10時に寝るのよ、だから(捜索を)10時までにして!!」 とガーンガーン

 

すごい剣幕だった爆弾。 

私はびっくりして返す言葉が思いつかずショボーン

まず、昨夜を思い出す・・・と、そうだ、2日前にベランダから飛び降りて脱走してしまった龍馬が、昨夜の夜遅くにベランダの下から見上げて悲しそうに鳴いたので、

ベランダの上から龍馬に呼びかけたり、何とか飛び上がってきてくれるよう上から紐や籠などを吊るしたり、1階のこの住人に謝りながら電話をかけて龍馬を見なかったか聞いたり・・・また、深夜に譲渡主のSさんが捕獲器を持ってきてくれたので、

それで設置場所を考えたり・・・

と確かに1時近くまで騒々しかったことは事実だ。

 

しかし前日にこの人には事情を説明してあった。 家族の危機に瀕した私のその行動が、たった一日でそんなに責められるべきことなのだろうかプンプン。 

 

しかも、この人、子供同士が同級生だったので、私にしてみれば口をきく人も少ないマンション内では数少ない知り合いだったはず。 それにおとなしめの常識的な人だと思っていたのに、そんなことで怒鳴り込んでくるとは、本当に驚きだった。

 

しかも、自分の子供が10時に寝るから、いなくなったうちの子の捜索を10時に打ち切れと??  猫とはいえ家族だ。 どういう理屈?

この人、自分の子供がいなくなっても、近所迷惑を考えて捜索を10時に止めるのだろうか?

 

結局、この人は、意地悪で冷淡で自己中な人だったのか? いや、そうとも限らない。 その時はわからなかったが、猫ボランティアをするようになった今、わかったことがある。

それは犬猫のことでは人が変わるということだ。

人に対して常識的な優しい人間が犬猫に対しては残虐ことを平気でする。 精神異常の虐待犯だけではなく、普通の人が平気で子猫を捨てたり、殺処分してくれと保健所に持ち込んだりするのだから。 

世界的には、親切で正直で思いやりがある人種だと思われている日本で、捨て犬猫や殺処分が多い状況がそれを物語っている。

 

私の高校時代の仲良しの友人も、ある日その子の娘のわがままを聞き、ペットショップで犬を買ってきたところ、娘はろくに面倒も見ず、そのうち脱走させてしまったのに、家族誰も探しにも行かなかったという。

友人は私には親切で良い人なのに、動物には情がないのだろう。 

私はどうしてもその犬の事だけは許せないでいる。 


きっとこの1階の住人も動物が嫌いだったのだろう。 

のちにこの人がとった行動でそれがはっきりとわかった。 

この人がいかに動物が嫌いでも、私には家族だ。

 ペットを家族としてその命を尊ぶ気持ちを理解されれば、龍馬は早くに見つかったのにと思う事件があった。 

それはまたあとで説明する。


一階の住人に怒鳴られた私は、その瞬間びっくりしすぎて、とにかくその場で謝り捜索を中断することしか思いつかなかった。 

 

すっかり萎縮し、翌日から捕獲器を設置する時間を早め、その家に通常の近所への心づけよりもはるかに高い金額の物を商品券と共に届けるなど、できる対策は講じたが、

猫は夜動くのだから10時に捜索をやめることだけはできず、遠慮しながら継続するしかなかった。

 

これも失敗だった。 確かに迷惑はいけないが、どれほどの迷惑だったろう。 暴走族ほどの大きな音をさせるわけでもない。 夜中の酔っぱらいの大声ほどでもない。 猫を呼ぶ声、一緒に探す家族や協力者のボランティアさんと話す声くを遠慮しながら出しているだけだ。 迷惑だったとしても、後で謝まれば住む程度の迷惑だったのではないかと今振り返れば思うのだ。  そこで遠慮せず思い切り探し、さっさと捕まえて、あとで謝った方がよかったと後で思った。 

 

実はあとで考えたら、龍馬はその時はまだ、1階の住居の周辺にいたのだ。 その時にこの人が協力してくれ、何とかして捕まえていれば、あんなに壮絶なことにはならなかったのだ。 

 

実際、迷惑だと言ってきたのはこの人だけだった。 マンションの周辺の人達は、遠慮せずにしっかり探してね、と言ってくれたり、自宅の庭に自由に入ってよいと言ってくれたり、ポスターを自宅の壁に貼ってくれたり、目撃情報をくれ、一緒に現場まで探しに行ってくれる人も沢山いた。 それらは皆 見ず知らずの人だった。 

 

自分とは知り合いで仲が良くても、動物に対する情を共有できない人は多い。 最近よく思う事だが、「友達は猫友ならず」。 

自分の友達だからと言って、猫に対して私と同じ気持ちを共有できるわけではない。 

友達と猫の話をするときは気を付けるようにしている。

 

龍馬の話に戻るが、結局、そこから延々と見つからない日々が続く。

時は20113年6月。

龍馬が脱走してからDAY3.(脱走経緯は第5話脱走当日から参照)
前話の第7話で紹介した通り、龍馬を譲渡してくれた譲渡主のSさんに持っても来てもらった捕獲器を夜仕掛け、早朝に確認すると、龍馬ではなく野良猫が2匹入っていたので、Sさんの地元の動物病院で避妊去勢手術をするために片道車で一時間かけて連れて行ってくれた。 そして手術を終えたらその猫をまたうちの近所まで連れてきて、元いたところに猫を放していってくれた。

 

今振り返ってみたら、本当にSさんには大変な思いをさせたと思う。

自分の不注意で譲り受けた猫を脱走させ、その手伝いに何度も遠くから通わせてしまったのだから。

 

これをすべてSさんはボランティアでやってくれている。 うちの龍馬がもともとはSさんが保護して大切に育て、そして里親募集をして私のところに来たのだから、Sさんとしても自分の子同然なので、心配で気になって、知らぬ存ぜぬとはとても言えないだろうとは思うが、

そもそもベテラン猫ボランティアとして猫救済活動をしているSさんは、やらねばならないことはうちの龍馬の捜索だけではなかったはず。 

 

近所で見かけた未手術の猫を捕獲し、また、猫を見かけた人からの連絡、相談を受け、代わりに捕獲、保護して譲渡してあげるという活動もされていたであろう。 

 

野良猫のうちすべての猫が飼いネコになれるわけではないし、なれたとしても見かけた野良猫すべてを保護していたら、ボランティアの家が多頭飼育崩壊してしまう。 だから人慣れできない猫は当然だが、子猫や病気ではなく、外で何とか生きていけそうな猫は、避妊去勢手術を済ませたら元の場所に返すのである。

その活動のことをTNRと呼ぶのだそうだ。 TとはTRAP(捕獲る)、NとはNEUTER(避妊去勢手術をする)、RとはRETURN(もとに戻す)またはRELEASE(開放する)の頭文字を取った略語である。

避妊去勢手術を終えた猫は、手術済の証として耳カットをしてから外に放すのだ。 そうでないと、外にいる野良猫は手術していないと思われ、何度も捕獲され手術されてしまったら可哀想なので。

 

参考までに、TNRの説明と 写真を掲載しよう。

>>TNRとさくらねこの参考情報はこちら (どうぶつ基金さんのHPより )

 【凛子の耳】

 


8.りんの耳

【しまじろうの耳】
8.しまじろう耳

 

 

さて、龍馬の捜索に話を戻そう。

 

私自身も龍馬を見つけるために捕獲器を設置しながらも、野良猫が捕まったら避妊去勢手術をすることになってしまったので、期せずしてTNRをすることになってしまっていたのだが、もちろん自分では当時は、ボランティア活動ができるほどの時間の余裕はなかったので、そんなつもりは当然なかった。 その展開はまた後程。

 

3日目の捜索内容をご紹介しよう。 

 

当時の私は多忙でネットもあまりやっていなかったし、スマホもなかった。 今のようにFBやツイッターがもっと発達していれば、いろんな人から体験談を聞きもっと早くに解決したであろうにと思う。 

 

ネットもあまり見ていなかったので、まずはSさんやその他猫歴長い友人に助言を得る。

まずは、龍馬が飛び降りたベランダの真下のメンテナンススペースに出入りできるように管理人さんに許可を得て、そこに龍馬の匂いのついたトイレの猫砂を撒き、ついでにフードのついたトイレまで置かせてもらった。 雨が降ったら雨除けにしてくれたらと思ったのだ。

そして、龍馬が遠くに行かないように周囲に餌を撒き、Sさんから貸してもらった捕獲器を設置。 

 

そしてポスターを作成しあちこちに貼ったり、ポスティングをして、情報提供を呼び掛けるようにともいわれた。 ちなみに、電柱に貼り付けるのは、現行犯ならば、軽犯罪法違反でお咎めがあるそうなので要注意キョロキョロ  あくまで現行犯ならばだ(笑) ニヤリ

 

あとは、朝夕の犬の散歩や毎日のジョギングをしている人が見かけていないかの聞き込み調査。

 

前日夜、ベランダの下で見かけた龍馬が2階を見上げて帰りたいと悲しそうな声で鳴いていた姿が頭から離れない。 龍馬は1階の地面から窓のひさしを伝って、2階に上がろうとして途中まで上がって来ていた。

 

龍馬は2階のあの部屋のベランダが自分の家だということは認識している。 昨夜はそこで焦って、2階から長いものやしがみつけそうなものを垂らしてみたり、龍馬の姿を見ようと懐中電灯で照らしてみたりしたことで警戒させてしまい、結局見失ってしまったのだ。

 

しかし、そこに龍馬はまだいるはずだ。 脱走してから2週間は半径50メートルの範囲にいると聞いた。 

何か工夫したら龍馬が誰も見ていない時間にこっそり自力で2階のベランダに帰って来れるのではないかと私は素人ながらに考えた。

 

そこで思いついたのがハンモックだビックリマーク

 2階のベランダの手すりと1階の龍馬がいるメンテナンスエリアを囲むフェンスか植えてある桜の木をつないだらどうだろうかと考え、仕事の帰りにアウトドアグッズ売り場へ行ってみた。 

店員さんも奇想天外な使途に驚きながらも親身になってくれた。  しかし距離が短すぎて、ハンモックをつなぐとほぼ60度くらいの傾斜になる。布生地でできたハンモックをその角度で上って来れるのは昆虫くらいのものだろうと気づきがっかり。ショボーン

 

意気消沈して帰宅。 あきらめきれず策を考える。

そうだビックリマーク

では距離がぴったり合う梯子か、木の板を地面から2階のベランダの手すりまで斜めに立てかけて、龍馬が登ってこれるようにしたらどうだろうかと。 どこかで大工さんを探して作ってもらおうと。 もうお金がいくらかかるかなど気にしていられなかった。 龍馬がもう脱走から48時間以上飲まず食わずで彷徨っているのかと思うと、私は発狂しそうになっていた。 

 

そういえば近所に材木屋さんがあったキラキラ。 店先に長い材木の板がたてかけてあったのをいつも見ている。

 

image

 

その板を、ちょうどよい角度になるように切ってベランダに立てかけてもらえば、龍馬は自力で登ってベランダの中に戻ってこれないだろうか? ベランダの中には、ご飯と、龍馬の匂いのするベッドど、捕獲器を置いておくというのはどうだろうか? そして、毎晩ベランダから龍馬を呼び、仲良しの凛子の鳴き声も聞かせたら戻ってこないだろうか?音譜
 

まずその案を管理人さんに話し、許可をもらわねばならない。

管理人さんは、目を丸くしびっくり、景観上、防犯上認められないと言ったが、それでも家族の命が!!と食い下がり、例外的に認めてもらった。チョキ

材木屋さんは、こんな依頼は初めてだという顔をしながらも了解してくれた。 大工さんを頼まなくても材木屋さんが、地面とベランダの距離を測ってそれに合わせて木を切り、ベランダの手すりにくくり付けてくれた。 材木一本と安い出張費だけで引き受けてくれたニコニコ。 

敷地が狭いので、設置してみたらかなり急勾配になったが、龍馬がどうしても帰りたいなら恐怖に打ち勝って登ってくるだろうと思った。

 

しかし、それもド素人の考えだった。

のちにそれが大きな仇となったことを知るアセアセ

 

続く

 

 

んにちは。前回の更新から随分時間が経過してしまいましてすみません m(__)m

うちの龍馬の脱走事件簿 その3をお届けします。
 
SNSを見ていても、飼い猫脱走事件は後を絶ちません。 
うちの子は臆病だから絶対外に出ないとか、出てしまってもそのうち帰ってくるだろうなどと軽く考えないで、脱走防止対策を講じ、万が一脱走させてしまったら絶対に探し出してあげてほしいです。 
大切な家族ですからニコ
私のブログが少しでもその参考になるように願って書き綴っていきます。
ギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザ
時は2013年5月末。 
2011年2月に里親として龍馬と凛子を迎え、暫くは平和に過ぎていた猫との日々が、自分の不注意から龍馬を脱走させてしまい、その日から一変して壮絶な捜索の日々が始まった。 脱走についての詳しい経緯はこのブログの第5話からどうぞ。
 
さて、龍馬脱走のDAY2
            (Day1は第6話をどうぞ)
脱走後24時間ぶりに龍馬の姿をちらりと発見したものの一瞬でまた見失い意気消沈しているところに、龍馬を譲渡してくれたベテラン猫ボランティアのSさんが深夜にも関わらず捕獲器を3台持ってうちに来てくれた。

捕獲器とは要するに罠である。
野良猫の不妊手術をする為にボランティアさんが使うものだ。 
私もその時初めて捕獲器と言うものを見た。 
野良猫の不妊手術を自費でやっているボランティアさんがいることも知らなかった。  野良猫は手で捕まえるのは不可能なので、この罠をしかけ、中に猫が好きそうな匂いのする餌を入れて、猫が入ってくるのを待つのだ。 
 
勿論、これは野良猫がさらに不幸な命を産まない為に行っていることである。 野良猫が嫌いだという理由で捕獲して他の場所に移動させることは遺棄行為に相当し、犯罪となる。 
捕獲器が犯罪目的で使用されないように注意せねばならないので、仕掛けたらずっと見張っているか、誰も勝手に触らない安全な場所でなければならない。 
決して道路や公園に仕掛けたまま放置せず、近所の人の自宅敷地内に置かせてもらうのが良いだろうとSさんに言われた。 
 
Sさんによると、捕獲器を猫ごと盗む人もいるらしいムキー。 
恐らく猫嫌いで虐待する目的だとか。 または身勝手な理由で避妊去勢手術反対し、捕獲された猫を逃がしてしまったり、捕獲器を壊されたりすることもあるのだそうだびっくり。 
(後に自分が捕獲をするようになってから、猫嫌いや避妊去勢反対派による妨害には悩まされた。 詳しくはまた後日)

また、善意で捕獲器を使用する場合でも、使い方を間違えると猫が怪我をするとSさんに言われ、緊張しながら設置法を習った。

Sさんの指示に従い、まずは龍馬が飛び降りた場所に1台設置。
もう一台はマンション内の草木が茂っている緑地帯。 いかにも猫がかくれそうな場所だ。 もう一台はうちのマンションの向かい側に空き家があり、そこに置かせてもらった。
Sさんはボランティア歴も長いので、色んな猫の脱走事例を知っていて、どこに潜んでいそうかわかるらしい。 大抵はすぐ近くに隠れていると言う。

警戒心が強く頭が良い龍馬の場合、よほどお腹が空かないと捕獲器には入らないだろうが、捕獲器以外では絶対に捕まらないとSさんに念を押されていた。 見つけてもパニックしているので手で捕まえることはできないだろうと。
 
捕獲器を設置したらSさんは帰っていった。 私は、眠れぬまま、朝5時、ドキドキしながら捕獲器の確認に行く。DAY3だ。
 
すると何とびっくり
何と3台の捕獲器の内2台に猫が入ってる!!
2匹とも龍馬と同じキジトラだった。
風貌は違うが、念のため娘を起こし一緒に威嚇しまくる野良猫を確認するが、龍馬ではなかった。 がっかり。
 
参考までに、その時捕獲器に入った猫の写真を紹介しよう。 
捕まった猫はパニックして大暴れするので、捕獲器にはカバーをかけてある。 暴れて顔を怪我したり、爪が剥がれてしまう子もいる。
外から見えないようにカバーで覆えば、怯えてはいるが暴れはしなくなる。  カバーを外してみたところの写真である。 耳がぺったんこで、怯えている証拠だ。

第7話 龍馬脱走事件 その3
 
さて、この捕まえた猫だが、龍馬ではなかったことにがっかりして、野良猫をそのまま放してはいけないのだ。 まず、耳をチェックする。
耳カットがなければ避妊去勢手術はしていないという印だ。
 
猫の繁殖力はすさまじく、1年で2~3回、一度に5~6匹産むこともある。 このペースでいくと1年後には10倍、20倍になることもあり得る。
ボランティアのSさんには、不妊手術をしていない野良猫が捕まったら手術してほしいと言われた。 Sさんの地域には行政からの助成金もあり、ボランティアの為に安く手術してくれる病院にSさんが搬送するので、私には手術代を出してほしいと。 


空腹に耐えかねて捕獲器に入った情けなさそうな野良猫の姿を見ると、外での野良生活が幸せとはとても思えない。不幸な命を増やさないことには賛同するので、私は手術費用を出すことを了解した。


Sさんの地域では野良猫の手術は6000円でできると言われ、手術代を渡すと、Sさんは遠方から猫を迎えてに来て、病院に連れて行き、手術を受けさせ、またその猫を連れて来てくれ、元いた場所に放してくれた。

猫の避妊去勢手術って何万円もかかると思っていたので、何と安くやってもらえるのだろうと驚いたが、当時の私はそれがどういう仕組みなのか知ろうとする余裕はなかった(ボランティアの見方で安く手術をしてくれる獣医さんがいるということ、野良猫の手術には行政の助成金があるということを後に知る)。

 

うちの地域にも行政からの助成金や、それに加えてボランティアの味方で病院からの割引をしてくれる動物病院もおそらくあったのだろうが、当時の私は知らなかった。 Sさんが遠方から駆けつけなくてもこの近隣にも猫ボランティアはいて、割引してくれる病院もおそらく知っていただろうが、私はボランティアの存在も知らなかった。

 

その後も龍馬が見つかるまで、毎日捕獲器を仕掛け、入った野良猫の避妊去勢手術をさせる日々。 

 

その時はそんなつもりはなかったが、それがきっかけとなってのちに私自身が猫ボランティアを始めることになったのだった。
 

続く。

 

夢なら覚めてと祈ってみたがやはり現実だったお願いえーん 

 夜11時近く。

いつもならまったりくつろいでいる頃なのにそこに龍馬はいないえーん

どんなに探しても龍馬は室内に居ない。

ということは・・

ビビりの龍馬にとってはあり得ないはずだったが・・・龍馬は脱走したのだえーん


ちょっとだけ開いてしまっていたベランダの窓から龍馬はベランダに出て、塀を上り、マンション2階のベランダから下に飛び降りてしまった。

あの子がそんなことをするなんて、信じられない。

 

しかし、それは一体だれのせい。。。はてなマーク

そのベランダの窓を開けっぱなしにしたのは、誰でもない私です、ハイ

ショボーン


ベランダから外の真っ暗闇に向かって呼びかけても返事はない。

どんな探し方をしたらよいのかもわからず、取り急ぎマンションの1階の住人に電話して、1階のベランダに龍馬が迷い込んでないかどうか確認してもらったが、いないとショボーン

本当は家に入れてもらって自分の目で確認したかったが、さすがにそういう話には持っていけなかった。 階下の住人は、敷地の中の塀をよじ登って乗り越えれば、1階の住戸のベランダの外側にたどり着けると教えてくれた。 

 

事情を知らない人に見られたら通報されそうな姿だったが、深夜に雑草生い茂るその通路に侵入した。
しかし龍馬の姿は見えなかったガーン

 

そして龍馬の譲渡主のSさんに連絡。 

Sさんはベテラン猫ボランティア。 沢山の猫を保護し譲渡し、脱走の事例も多く知っている。


その時の私には理解できていなかったが、自分でも保護猫の里親募集をするようになった今思う事は、

私のような不注意な里親は大迷惑、こんな里親には譲渡したくないと心から思うムカムカ。 

忙しい毎日なのに、不注意な里親を助けに行く暇など本当はなく、自分の不始末は自分で何とかしろと言いたいところだろうに、そうすると猫が心配。 猫に罪はない、どころか猫は被害者だ。 だから助けに行かざるを得ない。

 

そういう自分の大失態もあり、自分が里親探しをする時は、何かあったらすぐにかけつけられるように、自分の家から近い里親さんを選び、自宅を見せてもらい、脱走対策を十分にとってもらうことを譲渡条件に入れており、脱走対策が完了するまでは猫を連れて行かないことにしている。 

 

周囲のボランティア仲間に話を聞くと、本当に脱走させる里親さんが多くて困るとのこと。 そうです、私も逃がしたのだからショボーン

最悪のケースは、譲渡し猫を連れて行ったその日に逃がした里親さんがいると。 慣れるまでケージから出さないでという指示を直後に破ったのだそうだムカムカ。 当然、すぐに猫を返してもらったそうだ。

 

他にも、脱走させても真剣に探さない里親さんもいたとか。 ちょろっと周囲を見回って「見つかりませんでした」で終わらせようとした人もいたとかムキー。 

そもそもそんな冷酷な人かどうかは譲渡前に見極めねばならないと思うが。。

 

話を龍馬に戻そう。

Sさんに電話したのは夜11時過ぎていた。 優しいSさんは私の愚かなうっかりにも怒りもせず、車で片道1時間弱なのに、予定をキャンセルして明後日に近いうちに来てくれることになった。 

 

とりあえずのSさんのアドバイスは以下の通りだった。

  丸レッド龍馬の性格だと飼い主が呼んでもパニックして出てこない。

    しばらくは飛び降りた付近にじっとしている。

  丸レッドとにかく遠くへ行ってしまわないように、餌と自分の匂いのつい      たトイレ砂を自宅周囲にばらまき、時々名前を呼びかけて飼い主の声を聞かせる。  (餌まきは野良猫を集めてしまうので近隣への説明が必要)

   丸レッド近所で移動している可能性もあるので目撃情報を収集する。  至急ポスター貼り、チラシ配布とポスティング、聞き込みをする。

   丸レッド手で捕まえようとしない。そもそも抱っこが嫌いな子なので、捕まえて抱きかかえようとすると、そこから自宅に連れて帰るまでの間に爪でひっかいてでも確実にまた逃げ、どこへ行ったかわからなくなる。

  丸レッド捕獲器で捕まえること。 龍馬は、最初に捕獲器で捕まえられて保護されたので、二度と簡単には捕獲器入らないが、お腹が空けば必ず入るから長期戦で考えること。

 

キラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラ

 

眠れないまま翌日になる。 明るくなって周囲を見ても、全く猫の気配なし。 夕べ撒いておいた餌は減っていた。龍馬が食べたのか、ほかの野良猫なのかわからず。

とりあえず、迷子猫ということで警察、保健所、愛護センターに届け出る。 今のところは該当する猫は届いていないと。

 

龍馬が飛び降りた場所はマンションのメンテナンスエリアで人間が普段はカギが掛かっていて入れないため、管理人さんに事情を話し、しばらく出入りできるようにカギを貸してもらっておいた。

そこは1階の住戸のベランダがある。 ベランダの下に猫なら入れそうな隙間があった。 そして周囲を低木が植えられ、藪のようになっていて外の道路からは見えないようになっていた。

このあたりに龍馬が潜んでいる可能性は高そうだったが、昼間は全く姿が見えなかった。 Sさんの助言に従い、そのあたりに餌と龍馬のにおいの付いたトイレ砂を撒いておいた。

 

その日は午後から夜遅くまで仕事。 龍馬のことが頭から離れず。

夜遅く帰宅後ベランダから覗くと、「にゃお」。龍馬だ!!!!

暗闇で顔は良く見えないが、キラリと光る眼が二つ。

1階の住居の窓のひさしの上まで上って、2階のうちのベランダを見上げて細い声で鳴いていた。そこからジャンプして2階に帰ってくることができないのは、私にも龍馬にも明白だった。


「りょうちゃん、待ってて。すぐに助けてあげるからどこへも行かないでールンルン」と、ロミオとジュリエットさながら、ベランダから途中まで上がってきている龍馬に手を差し伸べてみたものの、届く距離ではない。


何か紐でもたらせばよじ登れるか?

いやいや、オランウータンじゃないんだし猿
ザルを紐でつり下げる? ミカンの量り売りみたいに。

しかし、そこに入れば2階から引き揚げてもらえると、どうやって龍馬に伝える?動かした途端パニックして飛び降りてしまいそうだ。


色々な物を取り出し、あーでもない、こーでもないと検討したり、龍馬の姿を確認したくて懐中電灯で照らしたりしていたら、龍馬は怯えて隠れてしまい、それから何度呼んでも出て来なくなってしまったえーん


泣きそうになりながらSさんに電話し、「龍馬いたんです。ベランダの下から見上げて鳴いていました。でもまた見えなくなりました。」と言うと、
「りょうちゃん、帰りたいんだわ。今から捕獲器を持って行きます。」と言ってくれた。 もう夜10時半過ぎ。 車で一時間もかかる距離なのに。。。 本当に申し訳ないショボーン

 

Sさんを待つ間、私は1階に降りて龍馬のいるところに行こうとしたが、

真暗で何も見えず。 道路から藪の中を目を凝らしてみると、猫の目のような光が薄く見えたが、懐中電灯を照らすとすぐに光は消えてしまった。  そこにいたであろうが確認できなかった。

 

1階の住戸のベランダ内に入り込んでいるのではないかと思い、夜遅くではあったが、家族同然の龍馬の命がかかっているのだから、非常識を詫びながら1階の住人に再度電話し、猫が1階にいた話をした。

何か気づいてくれていないか聞いてみたが、知らないとのことだった。


そしてその後、龍馬だと確信できる猫の姿を見かけることはなくなったのだったえーん。 


続く。

 

 

 

私が猫ボラを始めるに至った経緯を時系列で綴っています。

まずは自分が猫を飼い始めた経緯から書いています。

第一話からどうぞ。

キラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラ

 

龍馬を里親に迎えたら、何故か凛子がおまけで付いてきた(第4話)が、猫を飼うと言う念願は果たされた。 

私の猫ライフのスタートは想定外にトホホ(第2話)であったもののえーん、その後は猫に癒される平和な日々だった。キョロキョロ
2匹とも臆病で知らない人が苦手なので他人には託せず、家族全員での旅行は諦め、誰かが家に残る日々。 猫のご飯までには誰かが急いで帰宅するという不便はあっても、猫達は、「うざい」としか言わなくなった子供達に代わり、おかえりと言って(?)私の帰りを待っていてくれるのだキョロキョロ
当然とっくに私の携帯の待ち受けは息子から猫に変わっていた。 脱走にはくれぐれも気を付けるようにと、龍馬を譲渡してくれた譲渡主のSさんから注意されていた。

 

脱走するケースとしては、
丸レッド飼い主の不注意で玄関や窓を開け放し外へ出てしまう、
丸レッド宅配や業者が来た時に足元をすり抜けて出てしまう、
丸レッド網戸を閉めていても網戸を破って出て行ってしまう、
丸レッド頭の良い子は窓の鍵まで開けて出て行ってしまう、
丸レッドドライブや散歩、旅行、実家への帰省に連れて行かれ、環境の変化から警戒し逃げ出してしまう、
丸レッド洗濯物を取りにベランダに出た隙に一緒に出て3階からでも下に降りてしまう、
丸レッドまた、男の子がいる家は特に、親が留守にその子の友達が複数遊びに来て、玄関でお行儀悪くポーンと脱ぎ散らかした靴がドアに挟まってしまい、その隙間から出て行ってしまう、
など色んなパターンがあると聞いた。

 

私はふんふんと注意事項を聞いていたが、うちの2匹は他人が来るとドアを開けた瞬間に隠れてしまうので、玄関ドアから出ていくことはないし、窓のカギを開けたり網戸を破ってまでして出ていくこともないと思っていたが、それでも用心に用心を重ねていたつもりだった。


例えば、帰ってくる時はピンポン鳴らしてからドアを開ける、窓を開けて網戸だけにするのは短時間にし、外に出る時は、たとえ1分でも窓を閉め施錠するようにする、お風呂に落ちて溺れないよう蓋もドアも必ず閉め風呂場に猫を入れない、またクローゼットやトイレに閉じ込めてしまわないよう、出かける前には必ず2匹の姿を確認するようにもしていた。
私と娘は神経質な程に猫の安全には気を使うが、怪しいのは息子だ。


脱走させるな、閉じ込めるな、窓や玄関を開けっ放しにするな、風呂場の蓋を閉めろ、生ごみを食べさせるな、誤飲しない様に小さいものは置くな、と毎日毎日うるさく息子に注意してきた。

ひやひや未遂事件は時々あったものの無事に1年半過ぎた。

 

当時の私はそれで十分だと思っていた。
 
しかし、人間と言うものは「気を付けます」ではダメな生き物なのだ、ということを実証する事件が起こった。ドクロ

 

【外を見る龍馬】 (窓は閉まってます)
外を見る龍馬

 

5月末の爽やかなある日、風を通すため家中の窓を網戸にして、私は自分の部屋に籠って仕事をしていた。

普通は自宅にいても、窓を開けたら、時々猫を見回るのだが、猫達は昼寝していたので安心して仕事に熱中してしまった。

そんなに長い時間でもなかった。せいぜい2時間程度。


その日は夕方から夜遅くまで仕事の予定だったので、出かける前に猫に夕飯をやろうと台所へ。 普通は私が台所へ行くと猫は皆すっ飛んでくるのに、やってきたのは凛子だけだった。

あれ? 龍馬が来ない。ガーン


いやな予感がし、家中の窓を確認しに行くと、娘の部屋のベランダへ出るサッシ窓と網戸まで開いている!
うそドクロドクロ、サッシ窓は開けたが網戸まで開けた覚えは全くない。
窓を開けた時に一緒に網戸までくっついて開いてしまったか?

顔から血の気が引く滝汗滝汗
もう一度台所でフードの袋をバリバリしてみる。やはり龍馬は来ない。
凛子は薄情にも龍馬のことは意に介さず自分のごはんまだ?という顔で見ている。


龍馬、まさかベランダから出た?ガーン
うちはマンションの2階。臆病者の龍馬が外にでるとは到底思えなかった。
これまでご飯になっても寄って来ない時は、クローゼットに入って出られなくなっていることが多かった。一度首輪に手が入り、たすき掛けになって身動きとれない態勢になっていたり、入ったは良いが出られなかったり。。。

ざっと見たところ居ない滝汗
そのまま仕事に行く時間となってしまい、ゆっくり探せないまま、後ろ髪ひかれる思いで出かける。

仕事が手につかなかった事は言うまでもないショボーン

 

どうかひょっこり出てきますようにと願いながら夜遅くに帰宅するも、やっぱり龍馬はいなかったガーン
確実にベランダから外へ出たのだびっくり
臆病な龍馬に限って脱走はないだろうと思ったのは間違いだったショボーン。やっぱり猫だ。怖くても好奇心はある。

 

脱走させてしまったんだ、私の不注意で叫び
散々息子に怒鳴り散らして注意してきたのに、犯人は私だドクロ
降りることはできても、下からジャンプして2階のベランダに戻ってくることは不可能。うちのベランダの下はメンテ用の狭い通路で人間は外から入れない。

外に出たこともない猫がマンション敷地内をぐるりと回って階段を上がり、見たことがない廊下を通って自宅を嗅ぎ分け玄関から戻ってくるなどあり得ないえーん。 

 

どうしようえーん
泣きそうになりながら、ベランダから真っ暗な外に向かって「りょうちゃん、りょうちゃん」と呼びかけても返事はなく、どうしたら良いのか途方に暮れるばかりだったえーん

 

 

 

 

 

 

 

続く。

 

 

 

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時は2011年3月のこと。。。だったと思う。

龍馬の里親になって1か月ほどした頃...だったと思う。

龍馬の譲渡主のSさんから電話電話


「その後龍馬くん、どうですか?正式譲渡ということでいいですか?]

 とSさん。

通常は猫を里子に迎えたら暫くお試し飼育のトライアル期間と言うものがある。 

自分が譲渡するようになった今も、必ず設けている期間だ。

里親,さんとしては、終生飼育を誓ったものの、

実際に猫を家に入れてみて想定外のことはないのか、

また、先住猫と相性はどうかを見極め、

保護主もその里親が猫の生涯に渡り信頼に足る飼い主となり得るのか、お互いに評価する期間である。 

 

龍馬の時も当然その期間はあったはずである。 

しかし、当時の私は、譲渡のプロセスもよくわかっておらず、

実はトライアル期間があったことも今は思い出せない。ショボーン 

Sさんから連絡があって、正式譲渡にするかどうかを聞かれたことは覚えているが、

トライアル期間だったという意識をしたことを覚えていないのだショボーン。 

最初トライアルだと言われたかなあ。

 言われたからSさんから確認の電話があったんだろうけど、本当に覚えていない。

Sさんから、龍馬を正式に迎えますかと連絡があったことは覚えているが、その時、正式に迎えないと言う選択肢があるという意識もなかった。  

 

確かに龍馬は想定とは違った。  

布団に入ってくれないし、友達や親類が来ても隠れて出て来ない幻の猫であったし、決して思い通りの猫にはなっていなかったが、

もっと慣れてくれれば願いも叶うだろうと私は楽天的にとらえていた。

なんたって私はどんな猫にも愛されるはずだという何の根拠もない自信があったのだからニコニコ

 

「このまま迎え入れます」と答えた。

いくら返してもいい期間だと言われても、1か月もうちに居る龍馬に、やっぱり出て行ってなどと言えやしない。

逆に返しますなど、言える人がいるのだろうか、と思う。

 

今、自分が譲渡する立場に立ち、トライアル期間が終了すると、里親さんに「どうしますか?」と聞くが、

返しますなどと言われる事など全く想定していない。 

先住猫との相性が悪い場合は仕方ないと思うが、

それ以外の理由でよもや返そうなどと言うかもしれない人は、最初から私は選んでいないだろう。 

恐らくトライアルまで行きつけていないであろうと思う。 

 

逆に、里親の方も審査されその審判が下る日でもある。

里親としての私は、というと、初日から恐ろしい失敗をしているし、

私が譲渡主だったら、初日から速攻でキャンセルだわな、的な落第点の里親だったと思うショボーン

それでも、一度は家族になろうと受け入れた子である。 それをやっぱり出て行けなどと可哀想で言えるわけもない。

最初は自己中なミーハーの猫好きだった私が、1カ月一緒に暮らしたら、すっかり行き場のない保護猫に情を持つ「立派な里親」に成長していたてへぺろ・・・だろうと思う。

 

ベテランボランティアのSさんは私がそうなるであろうことを見抜いていたのか、驚くようなコメントを発した。

「ありがとうございます。では龍馬ちゃんをよろしく。 

ところで、龍馬ちゃんと仲良かった凛ちゃんというメス猫がいるんですが、その子も一緒にもらってくれませんか?」

 

は? いやいや、一匹しか飼えないって言ったはず。 

仕事も忙しいし、
無理、無理、無理、むりーっ!!ムカムカムカムカムカムカ

と主張するも、

「いや、一匹も二匹も変わらない。 それに龍馬ちゃんのためにも遊び相手がいた方がいいし、

そこのケージは大きいから一緒に入れて大丈夫。」 とSさんに食い下がられる。

そんなあ。欲しいなんて言ってないのにいゲッソリ


「何かあったらいつでも引き取ります。」とSさん。
え? 終生飼育が条件じゃなかったの? ガーン

終生飼育は譲渡契約書にも記載されている絶対条件のはず。

今から考えれば、私は絶対返さないと読まれてしまっていたのかもしれない。
最後はお願い、お願い、お願いと、拝み倒されてしまい、 渋々引き受けることに。

 

間もなくして凛ちゃんがやってきた。
龍馬は私が選んだだけあって、顔もスタイルも抜群だったが、

選ばず連れてこられた凜ちゃんは、

足も短く食いしん坊で太めでまるで狸。

げ、不細工キョロキョロ

容姿端麗、頭脳明晰の龍馬とは全然似てないじゃん、不合格!というのが正直な第一印象。


凜ちゃんは、1か月離れていただけで龍馬には忘れられたのか、シャーシャー威嚇され、

龍馬のケージに居候してすみませんとばかり小さくなっていた。


受け入れを渋った私が、凜ちゃん用にピンクのベッドもちゃんと用意していたのを見て、

Sさんは安心した様子で二匹を置いて行った。

 

私が譲渡する立場だったら、そんな渋々引き受けるような人には怖くて猫を渡せない。 

可愛がってくれなかったらどうするんだろう。

そして、のちに年取って猫が返されたらどうするんだろう、と、思うが、

10年経っても2匹仲良く暮らしているのだから、

Sさんの作戦は成功したと言えるだろう。

 

【凛子】

 

龍馬と比べて頭も悪く、鈍くてドンくさい凜子。
他人が来ると、一目散に逃げ隠れする龍馬と共に隠れようとするものの、あたふた隠れる場所を見つけられず、

来客者と鉢合わせしてしまい大パニック。 走ろうとしてつまずくショボーン

 

外猫時代にひもじい思いをしたのか、つまみ食いが激しい。

 従ってデブ DEBU爆笑


しかも、猫には食べられないだろうというような、キャベツの芯やりんごまで咥えて逃げる。

食べられるときに何でも食べておこうという野良猫時代の習性だろうか。
それもテーブルや流し台に上がったら怒られることを理解している賢い龍馬と違って、トロい凛子は必ず見つかって怒られる。

いるんだなあ、猫にもこういうダサい子が。

段々不憫になり、おそらく他に貰い手はなかったであろう凛子は、私のところに来て正解だったのだろうと思い始めた。

 

それに本当に二匹は仲が良いラブラブ
凜子はいつも龍馬の後をついて歩く。

仲良しの二匹を一緒にしてみて、楽しそうに追いかけっこをしたり、グルーミングしあったり、狭い箱に一緒に入って寝たり。

猫には猫の世界があるんだとよくわかった。

自分の都合だけで仲良しを引き離そうと思ってしまい、猫に申し訳ないことをしたと思った。

 

今、私が譲渡する時に、最初は一匹からと言われる里親さんは多い。

仲良し兄弟姉妹を二匹セットでもらってほしいと言っても、どうしても一匹だけと言われ、ご縁に結び付かないこともある。
私も昔はそうだったからその気持ちはよくわかる。

でも実際、後になって猫の視点で見たら、仲良し二匹にしてやって本当によかったと思った。
時間差ででも良いので、仲の良い子は二匹で検討してやってほしいと思う。

人間がいくら可愛がってやっても、人間は猫ではない。猫同志でないとできないこともある。

(勿論一匹飼いが適した猫もいるので保護主と要相談)

 

かくして猫を飼い始めて1か月で、既に状況は想定外の二匹に。
じわじわと多頭を抱える典型的な猫ボランティアへの道のりはこの時から既に始まっていたのかも。

 

【龍馬(右)と凛子(左)】
3龍馬(右)と凛子(左) (1)

 

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前号でご紹介したとおり、私の里親初日は散々トホホだったショボーン

 

その後は、譲渡主のSさんの言いつけを守り、絶対にケージから出さないよう見守った。

しかし、龍馬は手ごわく、2日はハンストだった。 

 

3日目は私が仕事で地方へ出張で、日帰りを試みたが、早朝から夜遅くまで留守になった。

留守番していた息子に朝から何回も、龍馬の様子を実況中継させた。

全く親と口をきかなくなっていた反抗期真っただ中の息子であったが、珍しく仕事中の私に電話して来た。

何かと思えば、「食った」 それだけ言って電話を切るショボーン

主語も目的語も無い連絡ではあったが、龍馬がご飯を食べたということだと瞬時に理解した。

さすがに、ハンストも3日は辛かろう。 よかったよかった爆笑

 

ご飯を食べたら、次は、ケージから出せるように、触れるようにならなければならない。

譲渡主のSさんからの助言では、毎日触ってやってくれと。

ビビってケージの隅っこからあまり動かない龍馬ではあったが、シャーシャーするタイプではなかった。

噛まれるわけではないから、こっちから積極的に手を伸ばして触れるようにならなければならない。

 

だんだんとコツをつかみ、撫でるとゴロゴロ言うように。

 

その後、いつ、ケージから出したらよいのかがまだ迷うところ。

 

ケージはリビングに置いてあり、人間はそれぞれの部屋で寝ていたが、夜、ケージの扉を開けると、龍馬がのそのそと部屋に出てくるようになった。 人間が近づくとまた急いでケージに戻り、ベッドの中に隠れる。

昼間、留守にする時は心配なので、ケージの中でお留守番してもらっていた。

 

ある夜、私は龍馬の夜中の行動を見たくて、リビングに寝ることにした。

ケージの扉を開け、そっと、ソファに寝転ぶと、龍馬が出て来て、リビングを一回り。 

やっぱりオスの本能なのか、部屋の中をパトロールしているようにも見えた。 

 

そのうち、私の足元にスリスリしてくるようになり、手を出しても逃げなくなり、

本当にゆっくりゆっくり慣れていき、完全に部屋にフリーにできたのは、うちに来てから1カ月経過したころだった。

 

しかし、ビビりはビビりだ。 どんなに家族には慣れても、他人は一切だめ。

そして、龍馬はすこぶる頭が良い。

玄関のピンポンが鳴ると、誰かが来る、ということを瞬時に学んでしまった。 

ピンポンがなると一目散に隠れる。 

それがこのコラムを書いている2020年、つまりほぼ10歳になった今でも、続いている。

親せきが来ても姿を見せない幻の猫となった。

 

生後半年くらいの時に畑で保護されたと譲渡主さんに聞いたが、

その6か月の間によほど怖い思いをしたのだろう。

三つ子の魂百までなんだな。

でも家族には超ゴロスリ。

特に私が大好き。ラブラブ

その後すぐに、私のベッドで寝る猫になった。

しかし、そこは龍馬三毛猫。 絶対に布団の中には入らないし、枕元には来ない。

私の足元で寝る。 

それから10年経過してもそう。 

それがどうしてなのか、いつでも戦闘態勢に入れるようにしているのか、

是非本心を聞いてみたいと思う。

 

それから暫くして、譲渡主のSさんから連絡があった。

続く

 

 

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2011年のこと。

第1話で紹介したように、やっと長年の懸案であった猫の里親になることになり、 大型のケージ、トイレ、おもちゃ、猫ベッド、フード、などなど準備万端に整えて、あとは猫が来るのを待つばかりだった。

平日は仕事で留守がちな我が家。  猫が来ていきなり長時間のお留守番とならないように、金曜日の夕方に自宅に届けてもらい、土日はゆっくり猫と過ごすつもりでいた。

龍馬と譲渡主Sさん到着。ニコニコ

マンション玄関まで迎えに降りる。 

Sさんは車を駐車しに行き、私はキャリーに入っている龍馬を受け取り、一足先に自宅へ。
キャリーの外から龍馬を覗いてみる。 ドキドキ。


臆病だと言われた通り、龍馬は固まって微動だにしない。

 

私は、猫と触れ合うのは数十年ぶりなのにに、子供の頃から野良猫には思い入れが強く、私は絶対に猫の気持ちは誰よりも理解できるという根拠なき自信を持っていて、どんな猫も私には気を許すはずだと信じて疑わなかった。 

 

キャリーで固まっている龍馬も私にはすぐ懐くはず、と何とも無知でおめでたいことを考え、こともあろうにキャリーの蓋を開け、顔をつっこんで中を覗いてしまった。ゲッソリ

 

す    る     と、

 

しばらく恐怖を我慢していた龍馬が大パニックを起こし、キャリーから猛烈なスピードで飛び出してしまったのだガーン

 

びっくりした私がのけぞっている間に、龍馬はリビングからキッチン、隣の和室まで走り回り、壁を縦に駆け上がり、カーテンに爪をたてて上り下り、隠れる所を探して、目にもとまらぬマッハ級の速さでぐるぐる走り回った。 

まるでパチンコの玉ガーン

 

え? これ猫? 

 

こんな猫 見たことがなかったガーン

 

龍馬が壁を駆け上がった瞬間に、空から霧が降ってきたゲッソリ

 

何これ?  ちょっと臭い?

 

げ、もしかして、おしっこ?ガーン

恐怖のあまり失禁してしまったようだ。

 

私が大パニックしているとSさんが車を駐車して我が家に到着。


私が事の次第を説明すると、ベテラン猫ボランティアのSさん、愚かなことをした私を怒りもせず、 

私たちを部屋から出し、タオル一枚で龍馬を捕まえてケージに入れた。

 

私は、もう唖然ぐすん

 

何と自分は猫の事を知らないのかを思い知らされたショックと

猫を迎えてから思い知る愚かさへの恥ずかしさと、

そして、何でSさんはあの天井まで駆け巡る龍馬を捕まえることができたのかの尊敬と、

これからこの子と一緒に暮らしていけるのかの自信のなさと、

いろいろな感情が重なり合って、ただただ茫然として青ざめた顔をしていた私に、

 

Sさんは、怒りもせず、慌てもせず、譲渡取りやめるなどと言いだしもせず、


「慣れるまでケージから出さないでね、出したら隠れて出て来なくなり、そのまま家庭内野良になるかもしれないから。 ケージの中で毎日名前呼んで触ってあげたら、そのうち慣れるから。」
と言って、

不安な顔をしている私を尻目にSさんは帰って行った。


え、いや、そんな、まだ帰らないでえー。 

 

というのが龍馬と二人きりになった私の最初の感想だった。


なんとショッキングな初日。

しかし龍馬の方はもっとショックだったはず。
恨めしそうな顔をしてケージの奥にうずくまっていた。
すぐにでも抱っこして一緒に寝られることを夢見ていた私は、初日早々すっかり自信を無くしていた。

 

いま、思いだしたが、当時の私は、田舎の病気の親の介護に頻繁に帰省しなくてはならなかったのだが、猫を連れていけるものだと思っていた。 

「実家に連れていけないですね。」と 譲渡主のSさんに確認した時、

さすがにSさんは私の無知ぶりに驚いただろうと思う。 

完全室内飼いとは言われていたが、それが、実家に連れていけないとは思っていなかった。 (完全室内飼いとは、病院以外どこにも連れて行ってはいけないということです! 詳しくは後日)

 

私が猫を飼っていた昭和の時代は、祖母宅の猫を自宅に連れて帰ることもあった。  それ以来、猫を飼っていないのだから、私には昭和の感覚から進化する機会がなかったのだろう。

さすがに昭和の飼い方である味噌汁ご飯を食べさせることはしなかったが。 

 

今、こんな人が申し込んで来たらお説教ものだ。 自慢じゃないけど、譲渡する側の今の私の譲渡条件はすこぶる厳しい。 譲渡契約書もぎょっとされるかなと思うほど長い。

その条件をすべて満たした人のみに譲渡するので、私の里親さんはみんな優秀だ。

当時の私みたいなお馬鹿なことをする人は誰もいない。

もし、私が私の譲渡主だったら、こんな里親は即刻クビだわ。ショボーン

 

私は自分のこんな経験も踏まえ、自分が譲渡する際には、猫飼育歴ありと言われても、それがいつのことなのか詳しく聞くようにしている。

私のように子供の頃、昭和の飼い方しか知らない人には、今の飼い方との違いを事細かく説明する。

 

何故、こんなに昔と今とで違うのか、というと、一つの理由としては、昔はその辺に落ちている猫を一般の人が「拾ってくる」ということが普通に行われていた。 つまり、家猫になった野良猫というのは、誰にでも手で捕まえられる人馴れした猫だけだった。 だから、人馴れしていない猫を飼うと言う発想もなく、見ることも触ることもなかったのだろう。 龍馬みたいに、パニックして壁を駆け上がる猫がいるなど、知る由もなかった。

それに対して今の保護猫は、昔のように手で捕まえた猫ばかりではない。 ボランティア活動をする人は、外にいる野良猫の避妊去勢手術をするのがメインの活動であることが多い。 放置したらどんどん増えるからだ。 外猫は人間に怖い思いをさせられているので警戒して簡単には捕まらない。 捕獲器という罠を使って捕まえるのだ。 罠で捕まえ(TRAP)、避妊去勢手術をし(NEUTER), 元の場所に戻す(RETURN)活動をTNRと言うが、その現場で見かけた子猫や、人馴れしそうな猫を捕獲器で捕まえ、人馴れさせてから譲渡しているのだ。

だから、すぐに手で捕まる猫とはわけが違う。

こんな猫が脱走したら捕まえるのは大変だ。

だから脱走させないよう、柵を付けるなどの対策を講じることも、今ではほとんどの譲渡主が譲渡条件にも入れている。

 

そういうことは、今、里親になりたいと申し込んでくれる人の中にも知らない人は多いので、しっかりと説明するようにしている。

 

こうやって無知で愚かだった私でも、外の猫を保護し、譲渡をする側になり、偉そうに里親さんに猫との暮らしについてあれこれアドバイスしている照れ。 

飼い主も猫と共に成長するのだ。 私が良い例だ(笑)。

 

保護猫を初めて迎えるにあたり、不安になる人もいるかもしれないが、

私でもこうやって立派に成長したのだから、里親になり、譲渡主のアドバイスを受ければ、大丈夫、ちゃんと楽しい猫ライフは送れるはずだ。

是非、里親になり、行くところのない可哀想な猫を救ってほしい。

 

次号ではその後龍馬がどうなったのか御披露しよう。

 

【龍馬】

 

 

 

 


 

 

猫ボラ奮闘記始まり始まり拍手

 

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まずは猫を飼い始めた経緯から説明しますラブラブ  

 

それは2011年2月のことだった。

 

私も子供の頃から無類の猫好き。  祖母の家ではずっと猫がおり、記憶しているだけでも一匹づつ3代の猫がいたという記憶。

ということは、子供の頃から私が自宅を出て都会に出て来るまでずっといたのだろうなあ。 

いわゆる昭和の出入り自由の飼い方だったので、それぞれの猫がいついなくなったのかの記憶もにゃい。

(今思えば酷い飼い方だった。あの頃はショボーン

 

子供の頃、祖母宅で過ごす時間が長かった私は猫とは長時間接触していたものの、

それでも自分の自宅の近所でも見かけた野良猫を拾って来ては、うちでも飼いたいと親に直訴。

仕事をしていた母に、うちでは飼えないと叱られ、泣きながら元の場所に戻しに行ったことが何度あったことかえーん

 

悔しくてたまらなかった私は、

よーし、大人になったら好きなだけ猫飼うぞ! ついでに野良猫協会の会長になってやる!

と訳の分からない大いなる夢を持ったものの。。。

 

それから数十年、忙しさにかまけて野良猫協会の会長はともかく、猫を飼うということすら実現しないまま。

しばらくは猫の事を忘れていた、というより、全く猫を見かけない日々だった。

 

(ああ、そういえば、一度 娘が生まれる前に突然自宅前に現れた三毛猫を、夜だけ自宅に入れてやり、仕事に行く時間にはまた外に出していたことがあった。 それも今から思えばとんでもないお世話の仕方だったショボーン  それも30年近く前の話。

当時は子供の頃の昭和の飼い方から全く知識も経験も進歩してなかったので、それが当たり前だと思っていた。 この話はまた後日)

 

その後、娘が生まれ、やはり娘も動物好きに育ち。

娘も小さい頃からずっと犬を飼いたいと言っていたものの、自分で面倒見ると言ってもどうせ最初だけだろう、仕事が忙しく子供のご飯すらまともに作れていない私が犬の散歩までするのはぜーったい無理、

しかも下の息子が手のかかる子だったので、息子がサルから人間になったらね猿、と 娘に言い、頑として承諾せず。

 

それから10年、娘は大学の獣医学に入学。 

さすがにペットを飼ったことがない獣医学生は可哀想だと思い、娘の願い通り犬を迎えることも検討。 

マンションなので小型犬をネットの里親募集サイトで探してみる。 

しかしなあ、絶対に夜何時になっても自分が散歩に行くから!という娘の言い分をやはり信用できず、

そして、何より私自身が犬になじみがなく自信もなくショボーン。 

それで犬の里親の申し込みボタンを押す勇気がどうしても出なかった。ショボーン

 

そして考えた挙句、やはり、猫に考えが移っていくことに。

猫の里親募集の記事を探してみると、 犬を探した時もそう思ったけれど、余りの数の多さに愕然びっくり

こんなにも行き場のない猫が沢山いるのか・・・と。

 

飼い主を探して待っている多くの子達に同情の気持ちはあるし、

そしてその子たちを助ける活動をしている保護主さん達には感謝と称賛の気持ちもある。

そして、私自身、自分は子供の時から猫と共に暮らしてきた、野良猫の面倒も見てきた、私ほど猫の気持ちがわかる人間はいないだろうくらいの猫好きの自負もあったのに・・・・。

 

しかし、それでも、当時の私は、今の私から振り返ってみると、ど素人。 

猫を救いたいと思いながらも、無意識に自分の都合中心で猫を選んでしまっていた。

好みの顔の猫を探し、自分の生活を最優先に考え、留守が長いから生後6か月くらいの猫一匹のみ、そして、反抗期に入った息子の代わりに猫可愛がりしたいので、オスと決定!

そして、里親募集サイトで目を引いたイケニャン発見! でも、その子の居場所はうちから1時間半以上。

うーん、会いにいくのも遠いなあ、 やっぱり他の子にしよーっと・・・(って自己中ですね)

そして、また里親募集サイトを物色する。 

 

右矢印右矢印 しかし、なぜかまたその子が目に留まる。

忘れもしない当時の仮名は マイケル君。

なんでだろう、何度も見てもこの子が目に留まる。 ふつーのキジトラ、特に目立った特徴はないのに。

 

しかし遠いなあと思い、しばらく申し込みを入れるのを躊躇していたところ、

どういうわけか、その時、仕事でそのマイケル君のいる場所のすぐそばに行く予定が入ってきた。

 

こうなると勝手に運命論。 

御縁だわ!と。

 

かくして勝手に御縁を感じた私は、里親募集サイトに申し込みを入れる。 

電話番号を掲載されていた保護主Sさんに電話を入れると、

いくつかうちの家庭の事情を口頭で質問されたあと、猫に会いに来てくださいと言われ、

私は丁度仕事が入っていた日に娘を連れて、猫とお見合いしにSさん宅へ。

 

当時は保護活動とか、猫ボラさんというものがどのような活動をし、どのような生活をしているのか全く知らず、

リビングに通され、まず5-6匹ぞろぞろと出てきた猫にびっくり!。

何匹居るんですか?と聞いたら、「恥ずかしくて言えない」との返事。

え? びっくり

リビングにも、人馴れせずソファーの下に隠れている子があと2-3匹いて、各々の部屋に同じ位いると。びっくり

 

びっくりびっくり 3階の一戸建てで、パッと見て、あと3つくらい部屋がありそう。

そして、更にアパートも借りて保護しているとびっくり

簡単な算数をしてみる。

えっと、一部屋に8匹位はいそうで、4部屋はありそうで・・・そしてアパートにもいる、、、、

ってことは 40は超えている?ガーン

 

言葉を失うほど驚いたけれど、その時の私はまだ、そっち側の人になるなどと想像だにしていなかったので、

自分が会いに来たマイケル君の事しか考えられず、ただ驚いて終わりだった。

 

目指したイケニャンのマイケル君は、私と娘が部屋に入るとケージで固まっていて、触ることもできず。  

Sさんは「この子は臆病なんですよ。 でも慣れたら抱っこもできますよ」と言い、

私は何も疑わず、ふーん、そんなものかと思うだけだった。

 

そして、その時他の牛模様のメスが私にスリスリしてきた。 愛想は良いがお世辞にも美猫とは言えなかったショボーン。 

Sさんは、「この子はどうですか、慣れてますよ」と言ったが、

当時の私は単なるミーハーだったのだろう、とにかくイケニャンが良かったので、その牛模様を冷たくも断わってしまった。 

その時の事はずっと心にひっかかっている。ショボーン 

今の私が里親だったら、顔の良い子はほかにも貰い手があるので、一番売れ残りそうなぶちゃ子を選ぶだろう。

あの時私が選ばなかった牛模様が今でも売れ残ってるとするなら、本当に申し訳ないことをしたと思う。

 

そういう反省もずっと後になって思ったことだ。

当時はとにかく、イケニャンでも固まってるキジトラをそのうち慣れますよ、というSさんの言葉を信じ、譲渡してもらうことにした。

当時大河ドラマで坂本龍馬を演じていた福山雅治のイメージから、龍馬と名付けた。

 

とまあ、ボランティアするようになった今、当時を振り返ってみると、

自分の都合と好みを優先して選ぶなんて、当時の私は随分志の低い、超素人でミーハーな里親だったと反省しきりである。

今、譲渡する側に立ち、譲渡会やネットで、顔のかわいい子や子猫に群がる人を見ると、 ちょっとムッとしてしまう。

大人になった猫やハンディのある猫に目を向けてくれる優しい飼い主さんはいないものかと思ってしまうのだが、

私だって最初はそうだったのだから、それだけですぐに譲渡を拒否してはならないと、自分に言い聞かせ、

じっくり話をし、私のように慈悲の心が育っていってくれる素質を持っている人かどうか、見極めるようにしている。

 

ただ、10年前のその私への譲渡に関し、今思いだしても恐ろしいと思う事がある。

よくまあ、Sさんは、当時の私のように、猫歴長いと言う自己申告があっても、大昔実家で飼っていたくらい(私の場合は実家でもなく祖母の家)の素人に、譲渡したなあ、

そしてまた、当時の私も、なんて何も知らなかったんだろう、そして、よくそんな抱っこも出来ない子を迎えると言ったよなあ、

今の私は、人馴れしていない猫は心配で譲渡できないのに。。

と、

10年前の出来事をこのコラムを書きながら、当時を思いだし再度驚いている。

 

実際、初心者同然の私が、人馴れ不十分の龍馬を迎え、その後とても大変な経験をすることになってしまった。 

(詳しくは次号以降に)

 

しかし、その結果について、10年経過した今、思う事は、

普通の初心者なら諦めてしまったかもしれない難しい猫を、きっと私だから幸せにできたのだろう。

当時、牛模様には申し訳ないことをしたとも思ったが、その後の自分の経験から、ゴロスリならばどんな不細工でも里親さんは見つかる。 

だからきっと牛模様は私でなくても幸せにしてくれる人に出会えたであろう、 龍馬は私でないと幸せにできなかった、私のところにくる運命だったのだろう、本当に「御縁」だったのかもしれない、と勝手に思っている。

 

保護活動をする人達のところには、「御縁」を待っている行き場のない猫達が沢山いる。 これまで私が譲渡してきた猫は、みんな「運命の赤い糸」の人だと思える里親さんの元へ迎えられている。

 

殺処分も終わっていないし、捨て猫の話もどんどん入ってくる。 外を歩けば猫を見ない日はない。 猫を迎えたいと思っている人、どうか、命を大量生産するペットショップやブリーダーではなく、保護猫を迎えることを検討してほしい。

貴方の「運命の猫」がきっと待っていますピンクハート

 

自信がない人、一歩踏み出せない人は、私みたいな「わかったつもり」の初心者でも、里親になることから始めて、色んな事件に巻き込まれ、ながらも、今では立派に成長し(?) 保護し里親を探す立場にまでなっている

 

その事件簿をこのブログに書き綴る予定なので、私の失敗談を笑いながら読んで共感し、是非、行き場のない命を救う側の人になってほしいと思います。お願い

 

 

 
 

 

 

 

 

 

 

はじめまして。ふんわりリボン

私は猫ボランティアとして不幸な猫を救う活動を小規模に個人で行っており、またその活動体験をコラムやブログに書きお伝えすることで猫の幸福のための啓蒙活動をしておりますCandyと申しますルンルン

 

このブログでは、私のそんな活動を、私が猫を飼い始めたところから時系列で書き綴っていきます。

 

実は、これまで2016年から4年以上にわたり、あるペットアプリの企業さんのお誘いを受け、

そのサイトの中で猫ボラ奮闘記としてコラムを寄稿させていただいてきましたが、

第161話まで進んだところで、企画が変更となったとのことで、そのサイト内でのコラムは途中で中断される事になってしまいました。 今後は別のサイトで新たな企画を検討されているとのことです。 

 

そのコラムは2011年に私が猫を迎えたところから第1話が始まり、161話まで書き進みましたが、2016年の出来事までしか進んでいません。 

その後も現在に至るまで沢山のネタが溜まっております。 続きを楽しみにしてくださっている読者の方もいらっしゃるようでとても有難い限りです。 

 

折角途中まで書いた体験記ですから、最後まで書き続けたく、こちらのアメブロでご紹介していくことにいたしました。 

 

途中から話を始めるのもおかしいので、

これまでの活動記を第1話から編集してこちらのブログに書きなおすことにしました

 

私の活動を書き綴ったものなので、ストーリー展開はこれまでのコラムと被るところも多いですが、時間の経過と共に私の考え方も変わった事もありますし、事実が記憶違いだったということもありましたし、また、 既に解決したはずの事件が、実はその後にまた新たな展開があったということもありますので、

前のコラムをお読みになった方も、新たなストーリーとして是非、最初からまた読んで頂ければと思います。

 

4年前はまだまだ新米ボランティアで無知だったために、素人のようなアドバイスにしかなっておりませんでしたが、

それからまた経験を積み、新たな洞察を得ております。 皆さまにお役に立てていただきたいと思っております。

 

こちらのブログにおいては tale of tails (しっぽ達のお話)というタイトルでお届けします。

 

 

 どうぞよろしくお願いします。ウインク

 

Candy

 

 

今の保護ねこたち。 

 

 

 

 

 

 

 

 

では私が猫を飼い始めたところからスタートです。