《若き日の記録・9》
7月11日(木) 晴れ
昨日、米谷が将棋クラブにいかず、陶芸クラブにいたと聞く。
確認したところ、先週、斉木がたまたま陶芸クラブをのぞいていたとき、高木さんに、「やってごらん」と言われ、斉木を迎えにきた米谷も「やってごらん」と言われ、二人ともやったところ、それがおもしろく、米谷は、今週、陶芸クラブにいってしまったとのこと。
兼田先生、斎藤先生のところに、謝りにいかせる。
森。松田から「今日の給食ハヤシライスだね」と言われ、相談にくる。森は松田に対して何も言わず。「言わなくても、普通いやなことだとわかるはず」と言う。(森は、ハヤシライスが嫌いだった)
また、「松田くんが私のシャープの芯を勝手に取っていった」と言う。
松田に聞くと「(いいよと)うなずいたように見えたから」と。
森に、松田が芯を取っていくときどうしたの、と聞くと、「どうして私のを取っていくのかなと思った」と。ここでも自分の気持ちを伝えていない。
その後、松田は森に謝り仲直り。
森には、自分の気持ちを相手に伝えることの大切さを話す。
給食終了後、江守、藤原、三木が「金田が、何か怒ってにらんでくる」と。
「なんで怒っているのか聞いてごらん」と話す。
授業後また三人がくる。
「どうなった?」「聞いてない」「どうして?」「だって無視するみたいに……」
「何か心当たりはあるの?」
「20分放課のとき、ハンカチ落としやってて、人数が多かったもんで入れれなくって……」
「それじゃあ、どうもそこから始まりみたいだね」
「それで、金田さんがにらんでくるって言うけど、誰がにらまれると感じているの?」 江守と藤原が、そう感じると言う。
「そうするとあなたたち二人と、金田さんの目があっているんだね。金田さんの気持ちを想像すると、金田さんは二人ににらまれていると感じているかもしれないね」
「いずれにしても、ハンカチ落としのことが原因で、こういう問題が起きたんだから、この問題を解決しなくちゃいけないね。まずは自分たちで考えてやってごらん。もしうまくいかなかったら先生もいろいろやってみるから」
明日の1、2時間目くらいまで様子を見てみよう。
☆子どものトラブルで多いのは、「自分の思い込み」と「普通は当たり前」です。
子どもは一度思い込むとなかなか考えを譲りません。
また、自分の当たり前は普通で、みんな同じ考えであるかのように思うのです。
だから、お互いの気持ちを伝え合うということを訓練していかなければいけません。お互いの気持ちを伝え合うと言うことは、なかなか教育現場では、難しいことです。
国語の物語や、道徳の授業で話し合っても、それは他人事であり、想像の世界でしかありません。
他人事を学習という名の下に、好き勝手に話し合うことはできても、自分事をみんなと話し合うことはとても難しいことです。
だから、気持ちを伝え合う訓練と言っても簡単ではありません。
道徳の授業で、資料を通して話し合ったとしても、そこには自分の感情はありません。でも生活の中で本当の出来事に出会ったときには、怒りや悲しみといった感情を抱えているのです。
授業では、その気持ちを想像しながら進めていきますが、それは想像でしかないのです。お互いが怒っています。とても冷静に解決することは難しいと言えます。
そこで「この問題を解決しなくちゃいけないね。まずは自分たちで考えてやってごらん。」と担任の私が言いました。
これはちょっとひどい指導です。もはや指導とも呼べません。
時は7月です。このクラスになってまだ3ヶ月です。
この3ヶ月で、自分たちで考えられるほどのことを教えてきて、「自分たちで考えて」なのでしょうか。
現在の私の経験からするとそれは無理です。夏休みくらいまでは、いろいろな解決方法を具体的に子どもに教え、いろいろなトラブルに対応できるよう、訓練する時期であり、「まず自分たちで考えて」というのでは手抜き工事もいいところです。
このときの担任は、解決方法が見えていたのでしょうか。疑問です。
「なんで怒っているのか聞いてごらん」
と、話したにもかかわらず、それができていないのだから、この時点で「自分たちで考えて」と言うことは無理なのです。
ここでは、具体的に解決までのイメージを子どもに話し、そのために何が必要かを具体的に示すべきでした。
さあ、このあとどんな展開になっていくのでしょうか。
(これはすべて実話ですが、登場人物は仮名です)