第4章 いじめの温床日本 

 

私たちを取り巻く社会環境を考察する

 

Ⅱ いじめ発生の温床・日本⑧

 

2 差別社会日本⑤

 

 ところが、昭和30年代後半になると、教科書や、いろいろな書物から『らい病』に関することが削除されます。だから、昭和40年代以降の人は『らい病』という言葉すら知らない人がいるのです。

 

 法律で隔離されるほどの、その病気にかかったらまるで犯罪者のように扱われてしまう、それほどのことを知らない人がいるのです。

 なぜでしょう。

 

 つまり、あまり長くこれをやっていると「ちょっとおかしいぞ」と気づく人が出てくるからなのです。人のことなんかかまっていられないときに、強いインパクトをあたえ、生活も落ち着いて、そろそろいろんなことに眼を向けないといけないなというときに、さっと引いていくのです。 

 

 こうした、合法的差別階級の踏み台のうえに、私たちの幸福感が成り立っているということがいじめに非常に大きくかかわっていると私は考えます。

 

 言い換えれば『傍観者の文化』だったのです。いったいだれが一番苦しんでいたのか。らい患者ではないですか。

 

 それを、傍観し、差別してきたのです。

 

 傍観とは“知らん顔”“我関せず”ということです。

 

 熊本県の黒髪小学校では、

 

「らいびょうの子どもといっしょにべんきょうせぬよう学校を休ませましょう」

 

というはり紙が、PTAから出されました。

 

 親がらい病患者だと、その子供は公然と合法的にいじめられたのです。その家族は、その町のなかでは買物すらできなかったのです。現在の“いじめ”の構造そのものではありませんか。

 

 つまり、うつらないのに「うつる」と政府に決め付けられ、法律まで強化され、それを取り巻く観衆、傍観者たちには、「汚い。あっちへいけ」と村八分にされてきたのです。したがって、こうした『差別の文化』が『傍観者の文化』を生み出し、とうとう子どもたちの文化にまで侵入してきてしまったとは言えないでしょうか。

 

(次回:3 モノとカネに覆い隠された人権①)