の続きです!!大長編シリーズですみません![]()
大師堂にあった虚空菩薩座像はもと
白山中居神社 にあったそうです。
次はその神社に向かいました
神社もまだなき、縄文時代のころ
イザナギ・イザナミが天降りされ、
長龍川・短龍川の間にある森にこられた
「これ 清々しき 舟岡山 中居」
と申され、磐座~磐境(いわさか)~にお鎮まりになった。
その後、イザナギとイザナミが
千引岩にて隔てられ
黄泉平坂の許等度(ことど・・・お別れの式)には
この地、舟岡山のあたりには
一筋の白雲がたなびいた・・・・
神様は
「これ いとしろ(石度白)し」
と申された。
石=千引岩
度=許等度
白=白雲
のちにこのあたりが
神の息吹がかかる村
石徹白(いとしろ)と呼ばれるようになった所以なのでしょう。
珍しい3本仕立ての鳥居です
ご祭神である
イザナギ・イザナミ と菊理媛神(ククリヒメ)を思わせます。
神社 後ろの正面は白山・・・・
白い太陽と黒い太陽と
白山連邦のたもとには松の木にカモフラージュした黒龍が描かれています。
これ、すべて真実のもと描かれております。
小路では湧水が流れるせせらぎを見つけました。
あまりにも驚愕の地なので ホッと癒されます。
ダンナと息子。
この大木の規模が伝わりますか?
4本の大木が合体した木
鉄の成分が染み出しているのでしょうか
変色した急な石階段を下ります
白山を源流とする川を渡ります。
伊勢・五十鈴川の川上が浮かんできました。
写真はこの先一切撮る気になりませんでした
別HPに画像見つけました→ココ (白山文化資料集様)
イザナギとイザナミの別れを意味する
石徹白の地に
総てをくくりあわされる菊理姫神をお祭りしているのですね。
運よく普段は閉じているこの菊理姫のお社の中に
ナギと2人で入ることができて
(だんなと息子は飽きて先に帰っちゃった
)
ゆっくと菊理姫神や黒龍や巫女舞の絵画をみることができました。
さらに、
スサノオをお祭りしてある場所もたまたま開けておられたようで
ここでもちゃっかりお参りさせていただくことができました!
感激♪
後に
石徹白出身の母とする泰澄大師
が白山を開山し、ここの本殿を建て替えた時
☆永平寺大工棟梁 玄之源左衛門が建築を担当
☆京都御所の御門彫刻の
立川和四郎二代目冨昌が彫刻を担当したそうです。
彼の最後の立川彫刻「粟穂に鶉(うずら)」となったのが
ここの本殿でした。
うずらの優しく強い家族愛を表現したとされています。
イザナギとイザナミ、そして日本書紀に1度しか名が出ず
現在も謎とされる菊理姫神が
本当は家族であった秘密を彼は知っていたのでしょうか。
素晴らしい作品です。
そして素晴らしい地です。
菊理姫神の
和をもって尊しとする
温かい感覚に包まれると
本当の神名がおのずと分かります。
次はもっとおっきい大杉に会いに行きます!!










・息子
は平静な顔を装いつつも
で悶絶してましたが(笑))
、一揆
、打ち壊し、火災
、盗難

です。

丸ごとテーブルに用意されているので
プリプリ
のご飯
を息子は5杯もお代わりしていました。


超ヒマ
を持て余している感じが伝わるでしょうか(笑)



だったようです。




