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洞窟探検と大師堂

岐阜旅行記1~大滝鍾乳洞~

岐阜旅行記2~魚をさばく~

岐阜旅行記3~古代人のおうち~

岐阜旅行記4~宗祇水と大和路~

岐阜旅行記5~桃源郷 石徹白(いとしろ)~

岐阜旅行記6~念願の大師堂~


の続きです!!大長編シリーズですみません叫び



大師堂にあった虚空菩薩座像はもと

白山中居神社 にあったそうです。


次はその神社に向かいました




神社もまだなき、縄文時代のころ


イザナギ・イザナミが天降りされ、

長龍川・短龍川の間にある森にこられた


「これ 清々しき 舟岡山 中居」

と申され、磐座~磐境(いわさか)~にお鎮まりになった。



その後、イザナギとイザナミが

千引岩にて隔てられ

黄泉平坂の許等度(ことど・・・お別れの式)には

この地、舟岡山のあたりには

一筋の白雲がたなびいた・・・・


神様は

「これ  いとしろ(石度白)し」

と申された。


石=千引岩

度=許等度

白=白雲


のちにこのあたりが


神の息吹がかかる村


石徹白(いとしろ)と呼ばれるようになった所以なのでしょう。




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珍しい3本仕立ての鳥居です


ご祭神である

イザナギ・イザナミ と菊理媛神(ククリヒメ)を思わせます。



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神社 後ろの正面は白山・・・・

白い太陽と黒い太陽と

白山連邦のたもとには松の木にカモフラージュした黒龍が描かれています。


これ、すべて真実のもと描かれております。



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小路では湧水が流れるせせらぎを見つけました。

あまりにも驚愕の地なので ホッと癒されます。



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ダンナと息子。

この大木の規模が伝わりますか?




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4本の大木が合体した木






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鉄の成分が染み出しているのでしょうか

変色した急な石階段を下ります





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白山を源流とする川を渡ります。

伊勢・五十鈴川の川上が浮かんできました。


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写真はこの先一切撮る気になりませんでした


別HPに画像見つけました→ココ (白山文化資料集様)



イザナギとイザナミの別れを意味する

石徹白の地に

総てをくくりあわされる菊理姫神をお祭りしているのですね。


運よく普段は閉じているこの菊理姫のお社の中に

ナギと2人で入ることができて

(だんなと息子は飽きて先に帰っちゃった汗


ゆっくと菊理姫神や黒龍や巫女舞の絵画をみることができました。


さらに、

スサノオをお祭りしてある場所もたまたま開けておられたようで

ここでもちゃっかりお参りさせていただくことができました!しょぼん感激♪






後に

石徹白出身の母とする泰澄大師

が白山を開山し、ここの本殿を建て替えた時


☆永平寺大工棟梁 玄之源左衛門が建築を担当


☆京都御所の御門彫刻の

立川和四郎二代目冨昌が彫刻を担当したそうです。


彼の最後の立川彫刻「粟穂に鶉(うずら)」となったのが

ここの本殿でした。


うずらの優しく強い家族愛を表現したとされています。


イザナギとイザナミ、そして日本書紀に1度しか名が出ず

現在も謎とされる菊理姫神が


本当は家族であった秘密を彼は知っていたのでしょうか。




素晴らしい作品です。

そして素晴らしい地です。


菊理姫神の

和をもって尊しとする

温かい感覚に包まれると


本当の神名がおのずと分かります。



次はもっとおっきい大杉に会いに行きます!!


洞窟探検と大師堂

岐阜旅行記1~大滝鍾乳洞~

岐阜旅行記2~魚をさばく~

岐阜旅行記3~古代人のおうち~

岐阜旅行記4~宗祇水と大和路~

岐阜旅行記5~桃源郷 石徹白(いとしろ)~


の続きです~~


1年前、たまたま見かけた

「白山ガイドブック」の中で目を奪われた仏像



~虚空蔵菩薩像~


そしてここのお堂である写真を見ると

自然に涙が流れてくる・・・


それこそが

「大師堂」でした。


ここのお堂内は一般には入れません。



この話をお宿のおばちゃんに夕食を頂きながらしていると

「大師堂」の講元である上村さんというに連絡して頂けました。



翌日の8時半に上村さんと「大師堂」前に待ち合わせのアポがとれました。


宿から歩いて出かけると、

おじいちゃん、おばあちゃん、おじさん、おばさん、学生、こどもたち


み~~~んなみんな


「おはようございます^^」と

挨拶してくれるのです。

びっくりしました!!!


うれしくなって私も、誰かれ構わず

「おはようございます^^」と先にあいさつするようになっちゃいました。


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この鎮守の森の奥に「大師堂」があります。

恐れ多くて撮れた写真はこの1枚だけです。



上村さんと一緒にこの急な階段を上ります。


まず手前のお堂のカギを開けてもらいました。



ここには

霊峰白山を開山した「泰澄大師」自作の像がありました。

そして


その横には 

石徹白(いとしろ)出身の「泰澄大師」の母の像

もありました。


他にも 

かつて白山登山道に点在していた祠に安置してあった

重要文化財がゴロゴロ沢山保存してあって、


上村さんはとても丁寧に時間をかけて説明してくれました。



(その間正座をして聞いていた

 旦那パパ・息子男の子。・ナギ女の子。平静な顔を装いつつも

あまりのシビレビリビリで悶絶してましたが(笑))



更にこの上にある本堂裏のお堂を開けてもらいました。


他HPに仏像画像あり (東北ブログさん参照)


ここに安置されている虚空蔵菩薩像は、

(重要文化財)

白山を深く信仰していた奥州藤原秀衡が1185年から奉納したもので


かつて白山中居神社のご神体でありました。




奉納するに当たり「上村十二人衆」と称する

選りすぐりの家来が1年かけて旅を続け、

その後も像を守っていたのだそうです。



この地に住み着いた上村十二人衆の子孫の方々は、


その後もこの仏像を


争乱侍、一揆人、打ち壊し、火災消防車(USAはしご)、盗難ドロ


などからずっと守り続けてきました。



明治維新の際の廃仏毀釈 では、

他の多くの仏像と同じく、

この仏像も危うく焼かれるところでしたが、


上村十二人衆の子孫の方々が当局に何度も掛け合い、

やっとのことで廃仏を免れた「願いの結晶」なのですね。


実際、白山中居神社にあった他の仏像のほとんどはもう残っていないそう。


しかし時代の流れによって

神社には置いておけなくなったこの仏像は、


子孫の方々によって、

神社から2kmほど離れた場所に大師堂というお堂を手作りで建て、

今も引き続きこの仏像を大切に守っている。というわけです。


820年間、先祖代々この仏像を守り続けてきたご子孫の1人こそ

上村さんでありました。(彦左衛門さんもその流れの方だそう)


これほどの文化財が、官庁ではなく

地域の人々が管理し、守っているといのは

異例のことだと思います。



・・・私がこの仏像に惹かれ、このお堂写真に涙したのは

おそらくこれらの写真に刻まれた

この土地の人々の熱い思いに同調したからだと思います。




このような歴史に深くかかわる秘仏や宝物、人、、そして白山・・・

本物は、どんな逆境にあっても

このように守り・語り継がれる環境を神様が用意してくれているのです


自然界でも不必要なものは淘汰されます。


しっかりと上村さんはそのお役目を全うされているのだと

感動しました。





さらにこの仏像のそばに


織田信長が奉納した

鰐口(わにぐち)

今でいえば神社でご祈祷の際カランカランとならす大きな鈴です


を見せていただきました。

信長はこの鰐口を奉納した後

比叡山の焼き打ちに 向かったそうです。



叡山延暦寺を一掃するため

決意を誓った場所だともいえます・・・。


白山信仰とは

自然の恵みに感謝し、自然とともに生き、自然を敬い恐れる

信仰です。仏像は崇拝対象ではなく、想いの象徴なのです。


信長は白山信仰に篤い人物でした。




相当簡略化したものの

ややこしくなってすみません。



次回は私の大好きな超ド級大木シリーズです。


洞窟探検と大師堂

岐阜旅行記1~大滝鍾乳洞~

岐阜旅行記2~魚をさばく~

岐阜旅行記3~古代人のおうち~

岐阜旅行記4~宗祇水と大和路~


の続きです~~



岐阜をドンドン、、、ドンドン北上します!!

いよいよ白山にも近くなってきました。


長良川沿いに

山を越え~~高速道路山を越え高速道路


またまた山超え~高速道路山超えてっ!!!高速道路


ちょっと不安になるくらい山奥富士山です。

こんな山の奥に

村があるんだろうか。



山に住んでる私ですら

ひいてまう秘境の村にたどり着きました。



そこは石徹白(イトシロ)という村



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晩には赤いお月さまがぼんやりと光っていました。




到着したのは7時頃だったのですが、

コレ見てください



部屋からみた外の風景・・・

暗すぎて懐中電灯がなければ

一歩も外に出られません。

日中に体験してきた洞窟並みの闇夜です~~


彦左衛門さんのお宿の料理は

川魚・山菜やお味噌をつかった素朴なお料理が盛り沢山コック

嬉しいことに炊飯器炊飯器丸ごとテーブルに用意されているので


1日12合炊く 大飯ぐらいの我が家にはありがたい限り・・・・

ツヤツヤキラキラプリプリキラリのご飯ごはんを息子は5杯もお代わりしていました。


こんよくおんせん。。お風呂はマキで炊いたメラメラ家族風呂。



動画にも映っているお部屋の


ふすま一枚隔てて

釣客が9時には寝てしまったのでぐぅぐぅ

(しかも朝4時起きてはった)


私たちは話すのもヒソヒソ声で、

テレビも見れなくてテレビNG



マヂヒマスヒマ・・・超ヒマseiを持て余している感じが伝わるでしょうか(笑)


アハハと笑えば揺れる窓

1歩あるけばきしむ廊下・・・


話すことも、移動することももはや不可能・・・


ヒマすぎて10時には寝ました(笑)


はやっ!!!


明るい夜・賑やかな音楽・便利な生活・・・・

そんな生活に慣れている私たちにとって


暗くなったら風呂入ってみんなで寝る!!


というあったりまえの自然な姿がいつから不自然になったんやろなぁ・・・。

便利な世の中には、失ってしまったものがたくさんあるね~


何にもないけど・・・・


何にもないから!!!

今日はなんだか、よい気分だねぇ

なんて話ながら床につきました昼寝 昼寝 昼寝 昼寝


・・・・・・・

・・・・・・・





うおおおおおおおお~~~~~ん消防車(ポンプ)DASH!


耳のなかに消防車が入ってきたんちゃうか!!っちゅう大音量

村中に鳴り響くサイレンで飛び起きました・・・。叫び




は??は???何事っ??!!

ガーンジャスト7時やけど・・・


どうやら村レベルの目覚ましサイレンパトランプイナズマだったようです。


朝ごはんのときにも

「みなさん~~○●会館で××が行われます。行きましょうね~」

みたいな放送が辺り一帯に響き渡っていました・・・。


すごい連帯感だ!!



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彦左衛門さんには 会えずです。

旅人のお世話は、婿嫁さんと思われるこのおばちゃんが

されていました。


気さくで優しくて旅人のお母さんのような存在です。



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玄関前にはお食事となるアマゴが泳いでいました。



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空を見上げると トビ?タカ?がゆったり風に乗っていました。



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各お家には それぞれ

田んぼや畑とマキ小屋と・・・・

湧水をためる池と、敷地いっぱいにひろがるお花畑と、


丘に建つ先祖代々のお墓があります。(写真:左上)


自然と人間の関係がここですべて完結しています。



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村のあちこちにあるマキ小屋

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岐阜県で白山連峰に最も近い村


石徹白~いとしろ~


白山の自然や恵みを尊敬し讃える「白山信仰」が盛んだった昔、


「登りで千人・下りで千人・宿にも千人」


といわれるほど


修験者の出入りで栄えた土地であり、


明治まで神に仕える人が住む村として

どの藩にも属さず、年貢免除・名字帯刀 が許された特殊なところです。


ゆえにこの土地独特の文化が形成されました。



この村は、産まれる前から知っていた感覚に陥ります。

なんとも不思議な桃源郷の感覚を呼び覚まさせます。。。。



次回はいよいよメインの大師堂についての日記です。