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五十路は人生半ばなり

2014年7月に好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(アレルギー性肉芽腫性血管炎、チャーグ・ストラウス症候群)という難病を発症。
退院後4カ月でプレドニンの処方も0mgになり、現在はほぼ健康人と同じ生活。あたふたと再起のための仕事の準備を進めている。

私が子供の頃から不思議に思っていて絶対に回答を見出せず、他の人に問いかけても「そんなの当り前」的に相手にされなくて、私がおかしいだけなのかと思って一人で密かに抱え続けてきた問題が、十七世紀頃からすでに多くの哲学者や心理学者によって論じ続けられてきたということを、つい最近知った。「なんだ」という安堵のような失望のような複雑な思いと、それでも未だに正答と呼べる解答が存在しないことに対する安心感のような気持ちが有る。それが「〈私〉の問題」だ。自分はなぜ自分なのかということ。

 

身近で起こる死やそれに類することは、どうしても自分の死という連想と結び付いてしまう。死を知るには生を知らねばならず、生を考えるためには未だ私という個の生が存在しなかったときのことを思う必要がある(ように思う)。私はあるとき突如として私であったのだ。その前には私は存在しなかったのだろうか。私は無から突然生じ、死ぬとまた無になるのだろうか。生命が物理で語れるとは思わないが、それは物理的に有り得ないように思えるのだ。ならば・・・ということ。

 

私の命が尽きたとき・・あるいは時空に影響されないのかも知れないが、私はまたどこかで突如として誰かであることを見出すのではないだろうか。とか、クーラーの利いた快適な部屋で、アホなことを考えております。

夏のような夏になり切らないような梅雨で、これでもまだ梅雨と言い張るのかと思うときもあれば「やっぱり梅雨なんだな」と思うときもある、今日この頃。風が強い日が多くて洗濯物が早く乾くのはいいけど、風通しが良過ぎる我が家では強風の日は窓を開けられず、気持ちの良い気候でも窓を閉ざしてエアコンを付けなければならない。不経済なことだなあと思いつつ。

 

今月は4日が通院日で、今回は血液検査が有ったので朝9:30から病院へ。さて好酸球はと結果を見ると、なんと好酸球の測定をしていない。しばし心の中で問答を(瞬時に)した末に、「まあいいか」と性格的なものでは有るのだけど、今が調子よいのに好酸球の数値ばかりに神経質になっても仕方なかろうと自己解決に至った。プレドニンをやめている身としては心配では有るのだけど、好酸球値を知りたいというのは安心したいというだけのことで、じゃあ好酸球値が上ったからプレドニンを再開しますかということになれば「いや別に調子悪くないし」ということになるのは解っている。ならば「いいじゃないか」という流れなのだ。医師の現在の興味は、好酸球値よりも尿酸値と悪玉コレステロールに向いているようだ。こんな病気でもなければ病院にも通っていないだろうから、有り難いことではある。

 

昨年末に母が突然亡くなり、バタバタしてやっと落ち着いた頃に今度は妻方の母が亡くなった。妻の実家の青森まで日帰りで往復したり、忙しいには忙しかったが息子と一緒の行動なので、申し訳ないが少し楽しかった。死というものが身近に起こるとつい考えてしまうが、死は生きているから辛いもの。死んだ人は辛くも何ともないんだよねと、心から「お疲れさま」ゆっくり休んでくださいという気持ちになる。妻はお盆にはまた長く実家に戻るという。さて息子と二人でどう過ごすかな。

夏かと思うような暑い日があったと思うと、寒くて上着が必要だったりと天気に翻弄されつつも、確実に季節は夏に向かっている実感。ああそうだ。その前に必ずやって来る梅雨という季節。君を忘れちゃいかんのだよ、なんて毎年同じようなことを考えるものだ。沖縄は梅雨入りしたのだとか。

 

昨年の11月にプレドニンが0mgになってから、早くも半年になる。今のところおかしな徴候は全く見られないが、前に(もう4年前になるのか)プレドニンが0mgになったときも、半年目のブログに「健康人と変わらない」なんて書いてるから、まだまだ想定内といったところだ。8ヶ月目のブログに「咳が治まらない」という記述があって、そのあと10ヶ月目に内科受診してプレドニンが再開になった経緯がある。その経験から考えれば、夏の終わりから秋にかけてが勝負どころということになるだろう。

 

もっともその前の6月に受診日があって血液検査をすることになっているので、好酸球値などに変動があればその時に見付かるはずだ。前回のプレドニン0mgでは3ヶ月目に既に好酸球値が10%を超えていたから、それが低い値に抑えられていたら前回より良い結果が期待できるというものだ。

 

今日は天気予報では日中も20度そこそこのはずだが、既に日差しが暑い。蝉の声が聞こえるような気がするが、常に耳鳴りがしている私には良く聞き取ることができない。耳鳴りは好酸球性多発血管炎性肉芽腫症とは関わりなく、もう8年も前に発症したラムゼイ・ハント症候群の後遺症だ。