最近は朝5時になると明るくなってくるので、ついつい一日の始動も早くなりがちだ。目覚ましのようなもので無理やり起こされるのが嫌いなので、自然に起きる時間が起床時間と決めているが、ここ数日は早めに目覚めるので少々寝不足気味になっている。体調は相変わらず。好酸球性多発血管炎性肉芽腫症の主要患部だった胃腸関係は極めて快調。足の痺れはもう常態のように慣れてしまっているので気にならないが、歩き過ぎると夕方から夜にかけては痛みが強くなる。プレドニンの処方が無くなってから出てきた筋肉痛と関節痛は相変わらずだが、特に悪化するでもなくそのまま継続しているような状態だから、つまり良くも悪くもないのだろう。
好酸球性多発血管炎性肉芽腫症という病気になって(私は特別に軽症だったというわけではないと思うのだが)私のように早期にプレドニン投与が切り上げられる例は、やはり少ないようだ。好酸球が悪さをする病気だからプレドニンで好酸球を抑え込んでおけば症状は緩和される。緩和されるというより好酸球による組織の破壊が行われないから、病状自体はストップすることになる。あとは後遺症の治療が残るだけだ。医者としては無理にプレドニンを減らしたりストップしたりして症状がぶり返すことが怖いから、様子を見ながら少しずつプレドニンを減らして行く。プレドニンの長期投与が依存症を招いてしまうことになるのは知っているし副作用も深刻な薬だから、減らしたいしできれば無くしたいのはやまやまだが、無理をして病気がぶり返せば元も子もないし責任問題にもなってしまうから難しい判断なのだと思う。結果的に長期の投与になってしまうことが多いということなのだろう。
それならなぜ私の場合は、1カ月半の入院後わずか4カ月でプレドニンがゼロになったのだろうか。通算しても半年足らずだ。ここからは全くの推測なので確証はないのだが、妻によると国立病院では臨床的なデータを取ることが義務づけられているから、試験的な意味合いもあるのではないかということだ。私の妻は看護士で(現在は幼稚園勤務だが)神奈川県の大手の医療機関に長年勤務していた経験もあるので、医療関係に関してはあながち素人とは言えない。わりと言うことに信憑性があると、私は思っているのだ。国立病院では病気の治療に対するデータを取得するために、様々な治療方法を試みることがある。好酸球性多発血管炎性肉芽腫症は全国でも年間100人程度しか発症しないから、その1人である私がたまたまその病院を訪れたのは、医師からしてみれば貴重な実験材料が舞い込んだに等しい(言い方が悪いが)。実際に私自身、入院生活では随分と特別扱いされて最高の医療が受けられた気になっているのだが、背後にはそのような事情があったのかも知れない。
普通の病院にとっては指定難病というのは面倒な患者・・・治療が難しく責任が重い患者かも知れないが、国立病院にとっては貴重な患者だということはあり得る。だから普通の病院が再発を恐れてプレドニンを長期投与するのに、国立病院ではプレドニンを短期に切り上げて様子を観察するということが行われても不思議ではない。もちろん危険も伴うわけだが、国立の機関であるということは、そういう義務と責任も負っているということなのだ。そのようなデータの蓄積によって、将来的にはこの病気のもっと効率的な治療方法が確立されるかも知れないということを考えれば、仮に治療に際して実験的であることが明かされて承諾を求められたとしても私は承諾しただろうから、特に問題はない。ただひとつ、私がデータにもならない特異体質でないことを願うばかりだ。
私の推測が(ほとんど妻の推測だが)正しければ、来月の診察で好酸球がさらに増えていたとしても、身体症状に危険がなければプレドニンの再投与は行われない。これが実験的(試験的)なものなら、そのまま変化を観察して行かなければ意味がないからだ。できれば、奇跡的に全快しましたという最初のデータになりたいものだ。