早いもので、ふと気が付くと退院して6ヵ月が過ぎていた。杖を付きながら必死の思いで階段を上ったのも過ぎたこと。今では手すりにも掴まらずに、重い荷物を持って4階までの階段を一気に上れるまでになっている。たぶんこの病気にしては回復が早い方なのだと思う。私は何でもそうだったから・・体が基本的に強いのだろう。
若い頃から見た目は一見ひ弱そうなので、他の人に気づかわれたりすることが多かったが、その実は頑丈で健康診断などでも異常があることはなかった。車に乗らないで歩いてばかりいるせいか(免許を持っていないので)足腰も頑丈で、長い距離を歩き通しても大して疲れないのが普通だった。この病気になって歩けなくなってしまったときはショックというか・・・人生にはこんなこともあるのだなあと妙な感慨にふけったものだが、今また歩けるようになると悪い癖で「もっと速く」とつい急ぎ過ぎて疲れてしまう。特に最近は少々腰の関節に来ているようで、姿勢に注意しないと腰が痛くなる。歩いているよりはじっと立っている方が苦手のようだ。
足の痺れはなくならないものの、さすがに半年も付き合っていれば慣れるもので時々ビリッと電気が走るように痛むのでさえ、気付かない風にやり過ごすことができるようになった。一日の疲れが出るのだろう、夕方以降には足(土踏まずから指先にかけて)が痛むことが多いが、それがかえって入浴で足を温めることを楽しみにしてくれる。退院当初は立ったり座ったりが多い風呂場の掃除が非常に苦痛だったが(妻はやらなくていいと言ってくれたが、私がリハビリを兼ねてやることに決めていたのだ)、今は口笛を吹きながらさっさとこなせる。人間進歩するものだ。今またそれが味わえるとは、果報とも言えるのかも知れない。
足がこのままでも、もう不自由はないなと思えるようになった。もっと良くなってくれれば言うことは無いが、このままでも充分だ。どっちみちもう少し歳をとって爺さんになったら、足腰もおぼつかなくなる。贅沢が言える歳じゃないのだ。今は仕事を上手くスタートさせて軌道に乗せて(食えりゃいいと思っている程度だが)息子にひとつの道を示して上げられれば、それで万万歳だ。正直なところ・・そういう生き方を否定はしないが、学校を出て企業に入って定年まで働いて老人になるだけの人生って、自分は選びたくないなと思うとともに息子にもできれば選んで欲しくないなと思っている。安泰が幸せという考え方もあるだろうし、子供を安泰に導いてやるのが親の努めという考え方もあるだろうが・・・私のように生きてきた人が少ないという決定的な事実はあるわけだが、人生ってそれだけじゃないなと私は思うのだ。そりゃお金がなければ苦労するし欲しいものも買えないけれど、だからこそお金を自分で稼ぎだす大切さが解るのだと思う。お金は勝手に毎月決まって入ってくるもんじゃないのだという考えが適度な緊張感を生んで、自分が生きるということ、自分の人生というものを真面目に考えようという気持ちを引き起こしてくれるんじゃないかなと・・ちょっと大げさだが。