治ったなんて勝手に決めつけては危険だが、体調が極めて良好で好酸球が暴れている気配が感じられない。もっとも入院前に好酸球が暴走していた時だって、強いアレルギー症状が出ているのに全く病気のせいだなんて思わなかったくらいだから、私の勘など当てにはならない。前の時は消化管に障害が出たが、次はどこに出るか解らないのだし・・。心臓や脳だと嫌だなと思うけれど、嫌がっても出ないものでもないから嫌がるだけ無駄なことだ。取り敢えずは前に強く症状が出た消化器系統は、今のところ大丈夫なようだ。
ちょっと思い出していたのだが、その時には解らなかったことが今になると面白い。地元の総合病院に入院して1週間。これは駄目だというので隣りの市の国立病院に転院を決めた時・・・全く治療が行われなかったから体調が最悪で車イスで苦痛をこらえながらという有り様だったので、気にしている余裕もなかったのだが・・。国立病院に行くために車イスでナースステーションの前を通りかかると、看護士さんたちがバラバラと駆け寄ってきて「良かったですね、良かったですね」と口々に言ってくれる。何が良かったのかって国立病院に転院できることになったことが・・なのだが、その時は気にもしないで「おかげさまで」なんて答えていたが、今になって考えると・・あの病院の看護士さんたちって自分の病院の医者を信頼していないのかな、など思えて可笑しくなった。
考えてみると転院の切っ掛けになった私のクレームを医師に伝えてくれたのも看護士だし(ま、それは当たり前のことだけど)、クレームを聞いた医師が私のところに来た時にも看護士が3人も付いてきて、私の言葉を都度補足して医師に伝えてくれた。だから国立病院に転院が決まった時の「良かったですね」は、彼女たちの本心からの言葉だったのかも知れないなあ・・・などと。看護師が内心で「この病院にいたら、この人は治らない」とか思っていたとしたら怖いなと思った。看護士は自分だけの言葉としては、医師に物申すことはできないのだろうから。
実際に私がその病院で色々な検査をされて、白血球が2万越えという異常な数値なのは解ったのだけれど、最初はその原因が消化器のどこかにあるのだろうという推測で徹底的な消化器の検査が行われたが原因は全く解らなかった。ひと通り検査を終えて尚「来週からまた消化器のもっと詳しい検査を行います」なんて言われたものだから「ちょっと待て」とクレームになったのだ。それで初めて一般内科の方で血液検査をして、好酸球が50%を越えていることが解った。その時の医師の解釈が「好酸球はアレルギーに反応する白血球です。しかし寄生虫にも反応することが解っています」ということで、私の病気の原因は「寄生虫を疑っています」と告げられた。海外に旅行しなかったか、動物は飼っていないか、最近動物などに触れるような場所にいったことはないかなど根掘り葉掘り聞かれたものの、答えは全てNO。最後には「もしかすると珍しい病気かも知れません」とは言っていたので、好酸球性多発血管炎性肉芽腫症にたどり着きそうだったのか全然違う方向だったのかは、転院してしまった後となっては解らない。
しかし曲がりなりにも医師が、好酸球が異常に増えていることを知りつつ、それでもなかなかたどり着かない病気だということは解った。そうなるとたった1日の検査(1日で10以上の検査を行ったが)で病気の方向性を突き止めた隣町の国立病院は、それほど優秀だったということになるのだろうか。病気の「方向性」というのは、最初は血管炎性ニューロパチーという見立てだったということがリハビリトレーナーさんの言葉から解ったからだ。もっとも好酸球との因果関係が1日の検査ではハッキリ解らなかっただけで、血管炎性の末梢神経障害(ニューロパチー)という見立ては正鵠を射ている。
ときどき思うが、あのとき大人しく素直に(かつ愚かにも)地元病院で続けて消化器科の検査を受け続けていたら、私はどうなっただろうか。内視鏡やら何やらの辛い検査を連日やられながらも病状は日に日に進行するから、もしかするとさらに重症化して初めて「これは胃腸関係の病気じゃない!」と馬鹿な医者もようやく気付いたかも知れない。・・・それでも気付かなかったら怖いが。今こうして、のうのうとブログなど書いているような、こんな状態にはなれなかったかも知れない。プレドニンを投与するまでは好酸球は血管や神経組織の破壊を続けるのだ。私の担当医によると、破壊された神経は復活しない(別の神経が代用されることはある)から、一生杖なしでは歩けなくなっていたことも考えられる。
運が良かったんだなあと・・・もう運でしかないんだろうなと思っている。