私が好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(チャーグ・ストラウス症候群、アレルギー性肉芽腫性血管炎)で入院したのは(入院した時点では病名は解らなかったのだが)住居地の隣町にある国立病院だった。近場の総合病院に1週間ばかり入院していたのだが見当違いの検査ばかりで一向に治療を始めてくれないために、転院を申し出てのことだ。この国立病院は父が最も気に入っていた病院であり、父が亡くなった病院でもあった。前立腺癌だった。医師から病気のことと余命を知らされる時は私も同席したが、その後は父が亡くなるまで一度も病院を訪れなかった。嫌いな父であったし、上手く説明できないが死ぬということが許せない気持ちだった。最後に変なことを言われちゃ困るという気持ちも有っただろう。そういう父だったのだ。
だからその病院に自分も入院してベッドに横になっていると、ついつい父のことが思い出される。私が病院を訪れた時に「ありがとう、ありがとう」と何度も言ったのは、私に対する何かしらの気持ちが有ったからだろうか。死ぬまで一度も訪れなかった私を待っただろうか、恨んだだろうか、等々。電気が消えた病室でそんなことを考えながら、眠りに付くことも多かった。そんなある夜のこと・・入院して1週間が過ぎた頃だっただろうか・・寝られもせず暗闇の中でベッドに横たわってぼんやり物思いにふけっていた私は、ふと視界の片隅に何かが見えていることに気が付いた。何も動きがない病室の中で、それだけがわずかに動いたから目に留まったものだと思う。空間のゆがみのようなもの、色があるわけでもなくハッキリした形があるのでもないが大きさと存在感は感じられるもの。ちょうど人の背丈くらいのそれはベッドの床面と同じくらいの高さに浮かんで、スムーズに床面と平行に移動していた。死神かな・・と考えた私の幼稚さを笑っていただくのは構わないが、その時はまだ正体が判らない病気に対する恐怖もあったし、不可思議なものや現象を頭ごなしに「有り得ない」と決めつける性格でもないのだ。
それを死神かと考えたのは、それが少しずつ私のベッドの方に近付いてきていたからだと思う。私は何とはなくそれの動きを目で追いながらも、不思議に恐怖は湧いてこなかった。今考えると恐怖心が起らなかった理由として、それが私に関心を示しているような感じがしなかったことが上げられるように思う。私が見ている内にそれはスーッと私のベッドを素通りして廊下の方へ移動し、そのまま見えなくなった。あっちは女性患者が入ってる病室だったなと・・そのときまで私はそれを死神ではないかと考えていたのだ。
それが消えてしばらくして、私はそれがいわゆる霊なのではないかということに思い当たった。そうか、病院だもの。あるだろうなと妙に腑に落ちたのを覚えている。怖いとかそういう気持ちは全くなくて、むしろ共感のような気持ちがあった。私の病気自体、得体が知れなかったから「死ぬこともあるんだろうな」くらいに考えていたので、精神的に割と霊と近しい場所にいたのかも知れない。死ねば私もお仲間だというくらいの感じだろうか。
その時のことはノートに書いたと記憶していたのだが、後でいくら探してもその記述が見付からない。さてそうなるともう一つの可能性として、目の端に霊のようなものが見えたところからノートに書いたところまでの一連が、全て夢だったという説が浮上してくる。夢から目覚めた時に継続して夢の中で考えていたことを考え続けたとしたら、夢と現実の境は明確に解らなくなる。そして本来は目覚めとともに急速に失われるはずの夢の中の記憶は、目覚めた後も考え続けられたことによって現実の記憶として定着しまう・・・ということも有るかも知れない。
このことに関しては今となっては本当に起ったことか夢だったのか解らない。ただ、怖くなかったのは夢だったからと説明されれば、そんなような気もする。