息子の言葉 | 五十路は人生半ばなり

五十路は人生半ばなり

2014年7月に好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(アレルギー性肉芽腫性血管炎、チャーグ・ストラウス症候群)という難病を発症。
退院後4カ月でプレドニンの処方も0mgになり、現在はほぼ健康人と同じ生活。あたふたと再起のための仕事の準備を進めている。

夕食の準備に台所に立っている時に限って、急に動悸が激しくなることがある。最初の頃は不安になって料理を中断して体を休めたりしていたが、息子と一緒にゲームなどしているとエキサイトしても全く症状は起らないので「都合が良過ぎるんじゃないか」と疑問に思うようになった。一応、突然危険な状態になったり死んだりしたら家族が慌ててしまうから「気のせいかも知れないけど」と前置きをして、このような症状があるということを伝えておいた。私が患っている病気では心臓に障害が出ることもあるから、全くの杞憂というわけでもないからだ。

でも「都合が良過ぎると思うんだよ」と話すと、息子が「食事の支度するのが嫌だっていう気持ちがあるのかな」などと言う。いや、食事の支度を嫌だとは思ってないんだけどね・・等、私が話すと「頭ではそう思ってても体は嫌がってるのかも」と・・・中学一年とは思えないお言葉。ちょっと待てよ、私が教えたんだっけ・・それとも自分で考えたのか?などと私の思考は別の方向に流れていってしまった。さらりと出てくるセリフとしては、中々のものだと。親馬鹿かな。

不整脈は有るのだろうけれど病院の検査では心電図まで全て調べたのに何も言われていないし、年齢的には別に不思議なことでもない。問題はそれをどう感じるかということで、わずかな心拍の乱れが死にそうな異変に感じることもあれば、ちょっと走って心臓がドキドキしているくらいにしか感じないこと、全く気が付かないことだってあるかも知れない。同じ症状に対しても、受け止め方で大きな違いが出てしまうのだ。だから取り敢えずは私自身が心理的に症状を悪化させてしまわないように、動悸に関しては気にしないことに決めた。今まで何十回も同じような動悸、心拍の乱れはあったが、まだ一度も死んだことはないのだから。それでも症状がエスカレートしていくようなら、来月の検診日に医師に相談すれば良いことだ。

息子は今日からスキー教室で、妻は朝早くからお弁当作りだ。普段は余り料理をしない妻だが、息子のお弁当だけは自分で作りたがる。妻なりの何かそういう気持ちがあるのだろう。一昨日だったか夕食の時に「○○(息子の名前)がいないと詰まらないな」と私が言うと、息子が「3日だけだから」と私を慰めるような言い方をした。良いことだなと思う。少なくとも息子は自分が必要とされていることを理解している。

子供にとって何が大切かと聞かれたら、私は躊躇なく「親から愛されている自信」だと答える。私自身が実感として、それを知っているからだ。私には私以外の子供たちがなぜこんなに堂々と、生き生きとしているのかが解らなかった。自分が大人になり、子供を持ってようやく自分と他の子供たちの違いに気付いた。子供は親から愛されていることを実感しているから、安心して伸び伸びと生きられるのだ。親からの愛を実感できない子供は、いつもびくびくと脅えたような態度を取るようになってしまう。自分の身の置き所が見付からないから。安心できる場所は、自分以外の人がいない場所だけだからだ。

私は子育てについて聞かれると、ただ子供を愛してあげれば良いと答える。子供は愛されれば真っすぐに伸びるから。親が伸ばすんじゃない。子供は勝手に真っすぐ伸びようとするものだ。それを歪めてしまう力が有るとすれば、それは親に責任があるのではないだろうか。