病院の朝(Feb. 17, 2023) | 微睡のブログ〜八ヶ岳南麓から〜

微睡のブログ〜八ヶ岳南麓から〜

八ヶ岳南麓、北杜市長坂町小荒間に在住。ときどき仕事をしながら、読書、音楽鑑賞、カメラ撮影、オートバイツーリングなどの趣味を楽しんでいます。

2月17日金曜日。いつ眠りにつき、いつ目覚めたのかわからないが、夜中、長い間目覚めていた。ほとんど何も考えず薄暗闇の横たわっていた。6時トイレに行く。体がふらつく。首筋が痛く、頭も重い。薬の影響か。カーテンを少し開けて外を見ると湖は暗く下諏訪のまちの灯りを映している。6時20分点滴を取り付ける。昼ぐらいまでかかるという。看護師がカーテンを開けると夜が明けている。坂口安吾「特攻隊に捧ぐ」寺田寅彦「病院の夜明けの音」を読む。寺田寅彦を読むと、病院の夜明けの物音は昔と今ではちがう。ぼくの耳が悪いこともあるが、今の病院は静かだ。隣のベッドの老人の痰がからまったうめき声がたまに聞こえるのと、遠くから看護師がカートを押すような音がかすかに聞こえるだけだ。しかし寺田寅彦が聴くのはもっと神秘的な音だ。単なるボイラーの音が深い命のささやきに聞こえている。きっと晩年の文章だろう。6時40分、別の看護師が血糖値を計りにきた。人差し指にぽちんと針を刺して血を絞り出すと、仁丹より小さな血豆ができ、それに携帯ぐらいの機材の先についたiPhoneのライトニングのようなのを近づけると、血が一筋の線になって吸い込まれる。看護師が眠れましたかと聞いてくる。昨夜隣の老人の声で眠れないかもしれないといったので気にしてくれていたのだ。思ったよりも気にならなかった。むしろ病室内の温度が家よりもだいぶ高いので寝苦しかったと話す。血圧106-74、体温35.8。血圧は問題になったことはない。体温は最近いつも低目だ。朝食の時間は7時だと思っていたが、この病棟は遠いので運ばれてくるのが遅く、7時40分ぐらいになるのではないかという。大丈夫ですかと聞かれ、別に早く食べたいわけではないんです、時間を知りたかっただけなんですと答える。時間があるので寺田寅彦「病院風景」を読む。昭和8年とある。亡くなったのが10年だから、これも晩年の文章だ。病室の窓からの風景が「ある日」と書き出される。風景が記憶を呼び覚ます。長く入院生活をしていたにちがいない。でなければ書けない文章だ。また、病室は2階3階ぐらいにあったにちがいない。仕事をしている人、電柱の雀たちが活写されているからだ。現在ぼくがいる8階の窓から湖畔をジョギングしている人や散歩している人、通勤の車の列は見えるが、寺田寅彦のように細かく書けない。しかし、それよりも何よりも長い病院生活の無聊が物事を明確に見ることを可能にしているのだ。よいエッセイの条件だ。7時45分看護師が預けていた薬を持ってきた。数分後朝食が運ばれる。カロリー制限1700、白飯160g、卵豆腐、キャベツのツナ和、A筑前煮、味付けのり、牛乳、味噌汁と印字された髪がトレイに添えられている。食事が終われば、点滴が終わる昼までは何もすることはない。眠るか、読書するか、音楽か朗読を聴くか、さてどうしよう。