寄る辺ない身は伊豆半島で行き暮れる。(Jun. 19, 2022) | 微睡のブログ〜八ヶ岳南麓から〜

微睡のブログ〜八ヶ岳南麓から〜

八ヶ岳南麓、北杜市長坂町小荒間に在住。ときどき仕事をしながら、読書、音楽鑑賞、カメラ撮影、オートバイツーリングなどの趣味を楽しんでいます。

 庭に陽だまりができている。快晴。9時の気温21度。暑くなりそうだ。

 

 

 遅い朝食をウッドデッキですませた後は読書である。半透明のビニール屋根にはシートや簾を敷いてあるが太陽の熱が伝わってきて暑い。ときどき風が吹き抜けると涼しいが、いよいよ早朝と夕方ぐらいしか快適に過ごせない季節になった。

 若山牧水の「樹木とその葉32 伊豆西海岸の湯」、「樹木とその葉33 海辺八月」を読む。どちらも伊豆西海岸についての文章で、ぼくにとっても伊豆半島といえば西海岸なので楽しく懐かしく読んだ。

 伊豆西海岸へは、息子が小さい頃、戸田へ毎夏のように行った。八王子から車で行ったが、まだ沼津からのアクセスは道路事情が悪くて、海を見ながらのドライブは楽しかったものの、時間がかかるしなかなか大変だった。

 オートバイツーリングでも年に2、3回は訪れていた。オートバイのときには、西海岸へは沼津方面から行くことも多かったが、八王子から平塚へ出て、西湘バイパスで小田原まで行き、そこから伊豆東海岸を南下して南伊豆、そして西伊豆というルートを好んだ。とくにオートバイを買い替えたときの慣らし運転はいつもこのルートだった。ほぼ1日で慣らし運転に必要な距離を走れたからだ。

 朝8時に八王子の家を出て、慣らし運転なのでのんびり走っているものだから、下田に着く頃にはもう午後も3時を過ぎている。初冬の頃であれば、空はまだ明るいが陽は山の向こうに隠れて風景はわびしく、もう夕暮れも近いのにまだ西海岸に到達していない、まだまだ先が長いなあと心細くなる。行き暮れてしまいそうだ。

 南伊豆の人家が少なく、人影もない海岸を行くと、ようやく西海岸だ。運がよければ、海に沈む日没と、黄金色に煌めく海が見られる。しかし、日暮れてからの西海岸を走るのが楽しかった。行き交う車はもうほとんどない。道路はすてきなワインディングロードだ。とくにスピードを出しているわけではないが、暗くなり視野が狭くなったのでスピード感がある。休むことなく西海岸を走り抜け、それからもほとんど休むことなく夜の8時に家に着く。

 ルートは細分化すれば無数のヴァリエーションがあるわけだが、もう一つ挙げておけば、箱根大観山展望台から伊豆半島の尾根筋を走る定番のルートだ。半島を南下して、途中、東海岸にも西海岸にも下ることができるが、断然戸田あたりの西海岸に下る方が面白い。どのルートを選んでも、西海岸が好ましいのは東海岸にはない荒涼とした景観だろう。

 ところで東海岸の海岸線をトレースして西海岸へは向かう途中、下田を過ぎたあたりで日が暮れかかり、何度も行き暮れたという、心細く不安な感覚を味わった。この感覚は、旅に出て見知らぬ土地で宿も決めてないのに日が暮れかかったときに、しばしば襲われる感覚だが、人はときどき行き暮れる必要があると思う。というのも、ぼくは幸いにも寄る辺がある、両親はすでにないが、家族や兄弟がいて、3匹の猫がいて、住む家もあるが、行き暮れたときは覚える寄る辺なさは家族などに対する感謝の気持ちが新たになるからだ。しかし、もっと深い話をすれば、われわれは寄る辺ない存在であり、そのことは生の現実として知っておくべきなのだ。

 

 

 午後3時雷鳴が轟く。スーッと庭が暗くなり、冷たい風が吹き抜ける。それからパラパラと雨が降り始めた。しばらくすると雨音がしなくなり、庭が明るくなった。

 

 

 読書を続ける。『井伏鱒二自選全集第八巻』所収の、太平洋戦争時に徴用で昭南(シンガポール)にいたときの日記などを読む。続いてプラトンの『国家』第四巻をときどき居眠りしながら読む。雨が降ったので爽快な午後になった。

 

 嫁がコーヒーを贈ってきた。父の日と誕生日のプレゼントである。

 

 

 夕食後は映画『幻の女』(1944年)を観る。この時代のミステリー映画、フィルムノワールは面白い。井伏鱒二が甲府に疎開していた頃(たぶんj)アメリカではこんな映画が作られ見られていたわけだ。