北加発:アメリカ合州国、教育、人々、その他、なんでも -52ページ目

釣り模様

行ってまいりました。昨日は朝の7時から正午まで、今日は朝の7時半から9時まででした。釣りをしながら
考えたのですが、私の生活はどうみても堅気のものではありませんね。週日に仕事と用事の合間を縫って
ですがこんな釣りの時間がもてるというのは、普通の生活ではないですね。このような生業をしているから
隠居の用意がなかなかできないのだと言われると返す言葉もありません。

さて昨日は、朝の7時に家をでて、湖のある公園の入り口に到着が7時5分、このキオスクで会員になるため
の手続きをして、仮の証明書をつくってもらって、釣り場に急ぎました。狙っていた釣り場まで早足で15分ぐらい
でした。目的地についたら、残念な事にすでに先客があり、お目当てのスポットはすでに取られてしまっていま
した。あとで話をきくと、彼らは公園の開門の45分前に到着、開門までまっていたそうです。週日の釣り人は
勿論、隠居者が多いのですが、なかには、仕事が午後からという人もいるし、また、怪我の回復中でまだ100
%の完治ではないが、運動もかねて釣りに来るという人たちもいます。

昨日は秋の天気としては、大変暖かく75度にまであがり、T-シャツでちょうどいいくらいでした。風も無くまったく
の凪で、どうも悪い予感がしていたのですが、その予感道理に日本語での「坊主」英語で”Skunked out”という
仕儀でした。私も入れてその場所には5人の釣り人がいましたが、当たりもなしといった状況でした。しかし面白い
ものを見る事が出来ました。この湖には小さなMinnowというめだかより少しおおきな小魚が沢山います。それを
めがけて、鵜やペリカンがやってきます。昨日みたのは、鵜が50羽ばかり、沖の方から広がってこの小魚の群れを湾の奥に追い詰めて大供宴にあづかるというものでした、浅瀬においつめられた、Minnowは行き場がないので
ジャンプをして水面は大騒ぎでした。私は海でいわしが鱸の群れに追われて空中のジャンプする姿は何度か
目にしていますが、鵜が群として協力しあって、漁をするのは初めて見ました。

さて、昨日の今日でしたので、逡巡はあったものの、「エイ、行ってやれ。」と思い切り今朝も出かけました。今朝は
あまり時間がないので、駐車場から近場での釣りでした。見た感じでは、陸からのスロープがきつく、水深は昨日
の場所よりある感じでした。さて、一投目"Power Worm(green)とPower Egg(Yello)のコンビで餌をなげた
ところ、来ました。かなり、思い切った当たりで、どうも餌は飲み込まれたようで、竿がしなっていました。これが
待っていた一匹目、0と1の違いは永遠の違い、暗い顔から微笑みの違いです。すこし引きがつよく、大型で
あるようので、慎重に10分ほどかけて取り込みました。体長16インチ、2Lbsです。この魚を釣り上げたあとは
もう時間切れすこし後ろ髪を惹かれる思い出釣り場をあとにしました。

やはり、釣りも時間とお金をかけた修行が必要なようで、今は修行代がかさむのですが、この苦労がいつかは
報われると信じているのは、やはり楽天性のせいでしょうか?

GONE FISHING!!

ご期待??を。

Norman Mailer氏のこと

Norman Mailer氏の訃報に接しました。年を聞いてみて、享年84歳であったという事でした。私は35年前
になりますが、一度彼と会って話をしたことがありました。そのころ、私はアルバイトであるテレビ局の海外
取材番組の手伝いをしていて、そのときの取材のため取材班と一緒にワシントンDCまで、彼に会いにいった
わけです。

X月のX日にGeorgetown Universityで講演をするので、そのときに時間がとれる、という話であったので
ロスから飛んでいったのを覚えています。中肉中背の中年の男でしたが、目に光があることと、頭脳が明晰
であること、この二つが彼から得た私の印象でした。テレビの取材にも慣れているようで、話にもよどみがなく
良いインタビューが取れたことも記憶しています。

じつは、私は彼の本は、食わず嫌いのせいか、あまり読んだ事はありませんが、行動する作家としての評判
は日本に居る時から聞いていました。フランスのサルトル、アメリカのメイラー、日本の小田実といった人たちが
反戦運動の立役者であった時代のお話です。

釣支度

これから、真っ盛りのシーズンに入る虹鱒釣りの支度に追われています。あたらしい釣竿2本はガイドをつけて、仕上げをして出動の態勢にあります。すこし長めのSpinning Rodで7.5’、4-8Lbsの糸で、1/8-3/8 oz,の錘をつかうことが出来ます。糸はそれぞれ、4Lbsと6Lbsを巻いています。錘は6Lbsが3/8 oz, 4Lbsは1/4 ozをつかっています。ハリスは水の状態によって違いますが、2Lbsか4Lbsの糸です。私の近くの湖は、ときどき遠投する必要があり軽い錘で遠投するため、このような竿を使おうと新作したわけです。

カリフォルニアの釣の免許は、年間$37だったと思いますが、このほかに$12払うと、淡水で竿を2本同時につかえる許可を買う事もできます。したがって、一本でえさ釣りをしながら、もう一本でFlyを投げたり、Lureをつかったりして釣りをすることが可能です。この許可もあるので2本の竿を持っていきます。

この湖は、他に数箇所ある湖とおなじ公園区に属していて、私の家から45分以内に4箇所の虹鱒の釣れる湖があります。この虹鱒は、放流されているため大きな釣堀のようなものですが、放流される魚のサイズは比較的大きくて5キロクラスのものも多くいます。私の今までの記録は10Lbsのマスでしたが、これは強力2Lbsの糸で網なしてとりあげました。1キロ、2キロクラスは両手の指の数よりすこし多いくらいです。一番多いのは0.5キロぐらいのですが。

私が釣を始めた30年まえには、釣り人も今よりも沢山いましたし、その頃の免許は年間$5でした。虹鱒もその頃は小さいのが多くて長さ6”-8”という魚もいっぱいいて、5匹の漁獲制限を1時間以内で済ますということもけっこうありました。しかし、鵜が放流した小さい虹鱒を一のみで食べてしまい、釣り人から苦情がでたために、長さ12”-14”の0.5キロの固体を放流するという事になりました。放流の単位は重さですから、1000Lbsの放流があると、昔は2000匹以上の魚がいたわけですが、今は700-800匹といった具合で、制限数の5匹を吊り上げるには、時間がかかるようになりました。

川でも虹鱒は釣れますが、これには、シーズンがあり4月から11月までで、冬はお休みです。この場合にもほとんどの川では、やはり放流された魚を釣ります。私に家から車で15分くらいのところに放流がある川があるので
来年の春にはそこも久しぶりに試してみようかと心積もりしています。

実は、この虹鱒つりも、私の釣り計画の序章で、ここで、勘をとりもどして、この冬あるいは来年の春にPerch 
Fishingに戻る事が最終の目的です。この「海タナゴ釣り」は砂浜からの投げ釣りですが、早朝あるいは、日暮れ時が食いがいいので、この頃を狙っていきます。また、Wader(特長靴)を履いて砂浜を数キロあるいたりします
から、体力のつりでもあります。私が「釣りをまた始めるぞ。」と言ったら、ワイフが「いつPerchがたべられる?」
と聞いていました。

まずは手始めに、この公園区のメンバーになるつもりです、$50で会員になると、駐車料金(1回、$5)が
一年間免除されます。あとは、公園区のFishing Permitが一日$4が経費です。安い遊びですね。

釣りは、行く前に用意を整えたりしながら、今度はあそこを試そうとか、あのFlyで攻めてみようとか、創造力
と想像力に止めがありません。釣りの最中、頭のなかは解決のない、限りなき分析の連続です。
「なぜ、釣れないのか。」

釣りは結構、頭の体操にもなるかも、、、、





抗議行動

先週のなかば、Pomona College で学生会の主催する入国管理に関するパネルディスカッションがあり、
参加者として、Minutemanの代表者Liberitalianの代表が出席しました。Minutemanという団体は、民間
の自警組織のようなもので、メキシコとの国境の警戒にあたっています。不法移民というものが、存在する
原因を考えずに、その取締りだけをすればいいというのは、9.11からの対テロ政策とおなじような性格が
あるように、私には思えます。経済の仕組みとして、お金がその国にとどまらない制度をアメリカは作っておいて
食い詰めたその国民がアメリカにやってきて生計を立てるのは違法だというのは、元のところで大きな間違い
があるように、私には思えます。古くからの格言に「メキシコの悲劇は神よりあまりに遠く、アメリカにあまりに
近すぎること」だというものがあります。

一説では1300万ともいわれる、不法滞在の移民がこの国にくらしているといわれます。これだけの人数が
住み込んでしまえるというのは、やはり、国境での取り締まりといった次元の問題ではないように、思います。

さて、Pomonaでの抗議行動ですが、この会場で、60人あまりの学生達が開会時に立ち上がり、パネラー
に背中をむけ、その背に書かれていたスローガンを無言で表明したそうです。Hate is not for debate.と
言うものもありました。この抗議行動は20人あまりの教官たちも、学長や主催者に抗議文を提出して、学生
たちの行動に賛同しています。かれら、教官たちは、会場ででもし抗議した学生が排除jされた時には、その
排除に立会い、それぞれの学生の行動が「市民的不服従」の域をでていないと後日もし処分の評定があれば、
その場で証言するという任を負っていたそうです。この講演会の1時間半あまり、無言で立ち尽くすながら、
反対を表明する学生達も最後はスローガンの唱和をして、一般参加の学生も唱和に加わり終りを迎えました。

民主主義の大事なことは、政策決定の制度としての多数決と、その政策が決定してもその政策に参加をしない
というこの市民的な不服従が対になっていることであると私は思います。また、その政策にたいして、反対を
表明する場が保証されるのが公共の福祉であるという認識も大事な事のように思います。この点では日本は大変おくれています。デモがあると、そのデモ隊が怪我をしないように、交通の規制をするのが、アメリカの警官
の仕事ですが、日本では、車の交通の妨げにならないように、デモ隊の規制をするのが機動隊の仕事です。

おそらく、ご想像のようにこの60人の抗議者のなかに息子がいました。私に電話をしてきて、この抗議行動の
話をしたので、私が学生の頃だったら、このような会場の警備は体育会系がしきっていたから、こっちは殴り
こみだったろうといったら、そういう野蛮なことはしないと言われてしまいました。

まずは、この抗議行動、排除もされず無事すんだようです。たまたま、ローカルテレビ局が取材にきていて
ニュースとなりました。そのクリップは以下で。

http://cbs2.com/video/?id=52274@kcbs.dayport.com

息子は自分なりに考えて、あるいは、下手をすると大学の罰則処分に引っかかるかもしれないと思いつつの
参加であったようです。しかし、もし処分にあったら、親父は大丈夫だろうけど、母親がなんというか、これが
気がかりであったようでした。しかし、この件を息子が電話で話したときに、ワイフはこう言いました。
「あなたが良心にしたがって行動したことは、たいへん誇りに思っているわ。」 と、、、、

やはり、2匹の蛙の子は蛙という事なのでしょうか?



Don't worry, there is a college just for you.

時々、USN&WRのCollege Rankingの功罪について、批判をこの場でしたりしていますが、雑誌のほうは
教育、大学、大学出願などについて、結構いい記事があるようです。この雑誌のサイトにたずねて、検索欄に
College Admissionと記入したら、沢山の過去の記事がありました。最近のものでは、Admission Dean’s
Tips To Get in といったものもあります。また、自分のところで出している、Best CollegeのRankingを
高校生がどのように評価をしているのか,といった記事もあり、その中で、実際は高校生たちは、参考程度に
つかっていて、これに頼っているわけではないといった調査結果がのべられていたりします。

さて、以前にExodusさんのところで、大学選びは靴を選ぶようなものと、私は主張した事がありましたが、
このUSN&WRの過去の記事j”Don’t worry, there is a college just for you.”のなかで、
全く同じような主張をしている人に出会い、心の中でその通りと手をたたきました。この人は大学選びは
服や靴を買うようなものですから、Fitしなくてはいけませんと言っていました。ちなみにこの人はHarvard
のAdmission Directorだそうです。

記事の骨子は、少数の「名門」大学に大勢の受験生が詰め掛けているけれども、必ずしも誰もがその環境
で大成するわけではない。全大学の受け入れ可能総数は、受験生総数の70%あるから、悲観する
ことでもない。やはり、Fitが大事ということです。

www.usnews.com

の検索欄で、College Admissionをいれると、この記事のほかにも、沢山の大学関連の記事が読めます。
また、Education と検索すれば、大学以前のK-12についてのものも沢山あり、情報源として使いでが
あるように、思います。お試しを。

カリフォルニア二分論

歴史的に北カリフォルニアと南カリフォルニアは、産業も気風もちがい補完しあう部分もありながら、静かな
反目もあるという状況が続いています。北のサンフランシスコ ベイエリアは全国のなかでももっとも進歩的
開放的な地域の一つといわれています。Berkeleyなどは、あれは、アメリカではないと主張する中西部の
人たちもいるくらいです。ロスアンジェルスを中心とする南は民主党に傾きながらも北よりも右よりとみられて
います。有名なゴールデンブリッジの建設資金はサンフランシスコの北にある、マリン、ソノマ郡の農家や
牧場主たちが、自分達の土地を担保にして造ったくらいに、自立心にも富んでいます。

北の人たちの不満は、州の予算の配分が一番大きいのでしょうが、もう一つの問題は水です。南カリフォルニア
の大都市は北カリフォルニアのサンフランシスコ湾にそそぐ川の水をその水資源にしているのは、よく知られて
いることです。南カリフォルニアの芝生を緑にするために、湾の奥の河口ちかくから、えんえん500マイルの
運河で水は南に運ばれます。もともと砂漠であったところに人工的につくったロスアンジェルスなどは、この
運河の水がとまれば、干上がってしまいます。南の人口が増えるごとに、採水量がふえていったわけですが、
ついに、最近の裁判所の判断でこの運河への採水量を30%ほどけずるという処置がとられることとなりまし
た。この判決はこの湾にいるある魚を守るためといわれています。

日本でいうと、近畿地方の大都市の水を盛岡の北上川からもってくるというだけではなく、この途中の
関東地方の農業地帯もこの水をつかうというわけで、アメリカの野菜のNo.1の生産地であるCentral
Valleyの地帯もこの運河に頼っています。水不足の影響はここでも大です。

これから、温暖化の影響で山の積雪が減少すると予想されているようですから、この川の源流を造る積雪
からの水資源は将来へっていくものとみられています。このダブルパンチにサンディエゴでは自主的な
節水をすでに呼びかけ始めたようです。

民主主義というのは、数の横暴という欠陥があり、そのために人口がすくない、議員数のすくない地区は
損をするという憂き目を見る事もあります。そのために上院があるのでしょうが、これがいつも地域の利害
を超えて機能するとは限りません。したがって、今後また、北と南で水争いの議論が沸騰するのではない
かと予想します。そうなると、北は伝家の宝刀で「じゃあ、カリフォルニアやーめた」と言う脅しをちらつかせる
可能性もあるのでは、と思うことありの昨今です。

北カリフォルニアの水は井戸からくみあげるのと、サンフランシスコのように、ヨセミテ公園のなかにダムを
つくりそこから、水を引いてきていることこがあります。私の住んでいる町では、このサンフランシスコの
水と井戸水のカクテルをつくり供給しています。

ハリケーンカタリナの時にニューオリンズの堤防が決壊して大変な災害になりましたが、もしこのサンフランシスコ
湾の奥にあるデルタとよばれる地区の堤防が決壊すると、ロスでは海水が蛇口からでることになります。しかも
この堤防は昨日までに修理を完了していなければいけなかったといったボロボロの状態です。

80年の半ばに水不足をこちらで経験しました。あの経験をおもうと、せっかく張った芝は人工芝にかえたほうが
いいかとも思っています。


Pomona Collegeの寮で強盗事件

まずこのようなことはない安全なところだと、皆が思っていたのですが、強盗事件が最近ありました。この事件
には、息子も少し関りがあったようです。 ある日息子の部屋のドアをノックした人がいたので、ドアをあけたら
学生よりずーと年上の男が二人立っていて、部屋をまちがえたということなので、息子は学生の家族だと思い
気にも懸けもしなかったのですが、その数日後に同じ寮の建物の中の女子学生がノックがあるのでドアをあけ
たら、ピストルをちらつかせた2人組が目の前にいて、クレジットカードを巻き上げられたそうです。危害はくわえ
られなかったので、その点では不幸中の幸いでした。

この大学の寮の建物は外に通じる全てのドアに電子ロックがあり、身分証明のカードの磁気テープの部分
をロックに通さなければ開錠できません。しかもその開錠の記録もリアルタイムでありますから、部外者の
立ち入りはまず、不可能です。しかし、これは、ドアの常に施錠されているのが前提です。この事件後に
わかったことはこの強盗事件のあった寮のドアは住んでいる学生の意向で施錠されていずにいた、いつも
開けっ放しであったということでした。これだと、誰でも出入りできますね。この大学は安全だといわれてい
ます。学生もそのように思い安心感があったので、ドアを開けっ放しにしておいたのでしょう。しかし、大学と
「外界」の物理的な境界がない以上、その安全も安心も「侵入者」がいない限りという制限つきのものでしか
ありません。そこのところが判断できないのは、まだKidsだからでしょうか。

この強盗の姿かたちがどうも、息子のドアをノックした2人と同人物であるということになり、息子は警察の
人相の説明を詳しく話したといいます。

多分、いま全国で一番安全な大学の寮はPomona Collegeの寮だと思います。






UCが敗訴、学生たちに賠償金の支払いに?

最近このような記事を目にしました。それは、UC BerkeleyやUCLAの専門職学校の卒業生にUCは
30億円相当の賠償金を支払えという控訴審の結果が出たというものでした。そもそもの発端は1999-2000
年に入学した学生にたいして、学費の据え置き保証をうたった印刷物をUCが配布した事で、この明記された
Fee(実際には授業料)$6000であったものの、州の財政の困窮から卒業時には$9300に値上げされてい
たということでした。そこで、この時期に入学した学生達がUCを相手取って、訴訟を起こしたわけです。
裁判所は州の財政の困難は明記された金額保証の値上げの正当性をもたらさないとしてこの判決となった
そうです。

この訴訟をおこしたのは、UC BerkeleyのLaw Schoolの卒業者達ですから、これは、成功裏に裁判を
進めるJDの教育をBerkeleyは施したともいえるわけで、読みながら笑ってしまいました。まさに市民社会
の教育らしい現象だと思いました。ある意味では出藍の誉れかもしれませんね。

この判決をうけて、UC側は再度控訴するかどうか、検討中とのことです。私としては、野次馬根性で
この先行きを注目しています。

GRE

息子のPractice Testの結果がでました。Quantitative,(数学)Verbalのの計で1400点弱でした。あまり
良い点数ではないので、ちょっとこのテスト向けの準備が必要かもしれません。彼が受験後に言ったコメント
の通りの難易度にそった点数の分布でした。Esseyの部分については、あまり心配しなくてもよいように思います。数学もしかり、しかしVerbalについては、少し準備作業が必要かもしれません。

これは、テストの回答の仕方のテクニックもあると思いますので、練習すれば、その勘は戻ってくるとは感じ
ています。今回のテストの目的は、その結果から自己評価をして、弱点を浮き彫りにして対策をたてるとい
うことですから、まずはその目的は達成されたのだと思います。このテストはPrinceton Reviewによる
もので、ちゃんと採点をしてEsseyにはコメントもついて返送されてきました。これは、学生にはただであっ
たのですが、この採点の経費などは、誰が払ったのでしょう。大学かもしれません。今回の受験者数は
20人ほどで、そのほとんどはSeniorでJuniorで受けたのは4人だけであったと言います。

来年の春には、Melbourneに行っていますので、その間にGREをうけるか、その準備をどうするかといった
実務的な問題もあるように感じています。ついこの間、大学に入ったとおもったら、もう3年次も4分の1が終り
ました。あっという間に卒業となってしまうのでしょうね。

あと2週間ほどで、息子はThanksgivingのために帰省してきます。ほんの5日間の休みですが、顔をみるのが
楽しみです。