~ 対話がひらく新しい関係性 ~

 

 前回はオープンダイアローグの基本的な考え方と、それが傾聴にどのように役立つのかについてお伝えしました。今回は、その実践がどのように広がりつつあるのか、そして私たちの日常や支援の場にどのような変化をもたらすのかについて考えてみたいと思います。

 

 オープンダイアローグは、フィンランドの精神医療の現場で生まれた実践ですが、現在では医療の枠を超え、教育、福祉、司法、地域活動、さらには企業の組織づくりなど、多様な領域に広がっています。

 

 たとえば、2025年6月、犯罪者の刑罰から明治以来の「懲役刑」と「禁錮刑」がなくなり、新たに「拘禁刑」という刑が導入されました。これは受刑者の更生と社会復帰を目指すための見直しであり、刑務作業の要否は受刑者の特性ごとに決定されました。

 

 さらに受刑者の特性に応じたトレーニングや更生プログラムが行われます。刑務所のあり方も大きな転換期を迎えつつあります。

 

 実はこれに先立ち、2023年9月14日に大臣訓令が改正され、全国の刑務所で同年10月1日から「オープンダイアローグ(開かれた対話)」の手法を用いた対話実践が始まっていました。

 

 オープンダイアローグには、「問題を個人の内側に閉じ込めない」という考え方があります。

 

 人の苦しみや葛藤はその人だけの問題ではなく、関係性や環境の中で生まれ、また変化していくものとして捉えられます。この視点の転換は、私たちの「聴き方」にも大きな影響を与えました。

 

従来の傾聴では、相手の気持ちを理解し、受け止めることが重視されています。

 

 もちろんそれは大切な基盤ですが、オープンダイアローグではさらに一歩進み、「その場にいる人たち全員で意味をつくっていく」ことが重視されます。

 

 たとえば、ある人が同じ話を何度も繰り返すとき、私たちはつい「どうしたら気づきを促せるか」「話を整理できるか」と考えがちです。

 

 しかしオープンダイアローグでは、その繰り返し自体を「まだ言葉になっていない大切な何かがそこにある」と捉えます。

 

 そして、急いで結論を出そうとせず、その言葉がどのように響くのかを場の中で丁寧に味わいます。

このような姿勢は、支援の現場に限らず、日常の人間関係にも広がりを見せています。 

 

 家庭の中で、職場で、あるいは地域の中で、「すぐに解決しようとしない対話」が少しずつ大切にされるようになってきています。

 

 これは一見、非効率に思えるかもしれません。しかし、短期的な解決よりも、長期的な信頼関係や安心感を育てるという点で、大きな意味を持っています。

 

また、オープンダイアローグの広がりの中で注目されているのが、「専門家のあり方の変化」です。

 

 従来の支援では、専門家が問題を分析・解釈し、解決策を提示する役割を担うことが一般的でした。

 

 しかしオープンダイアローグでは、専門家も一人の対話の参加者としてその場にいます。わからなさを共有し、ともに考え、揺れ動く存在であることが重視されます。

 

 この変化は、傾聴を学ぶ私たちにとっても重要な示唆を含んでいます。

 

 相手を「理解しよう」とするあまり、自分の中で意味づけを急いでしまうことはないでしょうか。

 

あるいは、「うまく聴けているか」を気にするあまり、その場の自然な流れを止めてしまうことはないでしょうか。

 

 オープンダイアローグは、そうした私たちの姿勢に静かに問いを投げかけます。

「今ここで、何が起きているのか」「この言葉は、どのように響いているのか」

 

答えを出すことよりも、問い続けること。そのプロセスそのものが、対話を豊かにしていきます。

 

 広がりとは、単に実践の場が増えることだけではありません。

それは、一人ひとりの中にある「聴く在り方」が変化していくことでもあります。

 

 誰かの話を聴くとき、そこに正解を求めるのではなく、共に言葉を探していく。

 

 そのような関係性が少しずつ広がっていくとき、私たちの周囲には、これまでとは異なる対話の風景が生まれてくるでしょう。オープンダイアローグの広がりは、特別な場だけのものではありません。

 

 むしろ、日常の中にこそ、その可能性が息づいています。

目の前の一人との対話の中で、すぐに答えを出さず、わからなさの中にとどまる。その小さな実践の積み重ねが、新しい関係性をひらいていくのだと思いましたお願い

 

【参考文献】

斎藤環著・訳『オープンダイアローグとは何か』医学書院